夢
◆◆◆
知里が知らない男と手を繋いで歩いている。
その左手の薬指には真新しい、知里らしい質素なリング。
知里は俺の方を振り返る。少し寂しそうな顔で微笑む。
誰だその男は。お前と一緒に歩くのは俺のはずだろう。
知里のことは誰よりも知っている。お前は俺と似ている。
勤勉で気丈だが、心の奥では常に得体の知れない焦燥に突き動かされていて、立ち止まることが怖いだけなのだろう?
俺なら知里を休ませてやれる。俺が知里の分まで走ってやる。俺も知里も、確実に幸せになれる。俺の親も、知里の家族も、みんなハッピーの大正解のルートだ。
…みんな?
…
本当にそうか?
俺は…
◆◆◆
寒い。
汗で濡れた身体やシーツがエアコンで冷やされたせいで、俺は目を覚ました。隣では美鈴がブランケットにくるまり、こちらに背中を向けて静かに寝息を立てている。
もうあまり覚えていないが、嫌な気分になる夢だった。ここ最近、似たような夢を頻繁に見ている気がする。
時計に目をやると、21時。
美鈴の髪を撫でると、何やら嬉しそうな声を出している。
「ご飯を食べに行こう。」
眠い目を擦りながらこちらを向いた美鈴とまたキスをした。
先ほどのような激しく求め合うキスではなく、互いを確かめ合うようなキス。
「いつものところでいい?」
「うん。」
俺たちはベッドから抜け出し、軽くシャワーを浴びて身なりを整えてから寮を出た。
◆◆◆
病院から歩いて5分ほど、住宅街の中にポツンと佇む夫婦経営の居酒屋、ひまわり。
綺麗な店ではない。床は油でべとついていて、常連たちがタバコの煙を燻らせている。
ひまわりは素晴らしい。今年から年金を貰い始めたという夫婦が作る料理はどれも安くて気取らない味で、日付を跨ぐまで料理を提供してくれる。生ビールの大ジョッキが頼めるのも最高だ。最初の一杯なんて一口でほぼ飲み切ってしまうのだから。
仕事で消耗した日、一人でよくここを訪れる。一度だけ池崎を連れてきたことがあったが、二度目はなかった。開業医の坊ちゃんには少々雰囲気がアングラだったらしい。
暖簾をくぐって店主に挨拶をし、カウンターに腰掛けた。
矢継ぎ早に注文すると、凍りついた大ジョッキと、美鈴のレモンサワーを置かれた。提供が早くてありがたい。
「お疲れ様。」
いつものように美鈴と乾杯する。
2つのジョッキはあっという間に半分ほどその中身を失った。
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