いつものホテル

「お疲れ様でした。お飲み物は何にいたしましょう?」


ホテルのラウンジに着いた俺たちはコンシェルジュにアイスコーヒーとアイスティーを頼み、沈み行く夕日を眺められる窓際の席に腰を下ろす。


暇と金を持て余しているのであろう初老の男性が英字新聞を読んでいる。

有名ブランドのポロシャツを着た育ちの良さそうな少年は、昼間に親に買い与えてもらったであろう飛行機の模型を静かに観察している。

ラウンジスタッフはゲストの様子やスナックの補充に目を光らせながら、それでいて忙しなさを感じさせない優雅な立ち振る舞いでフロアを行き来している。


このラウンジの窓から街を見下ろすと、まるで自分が人生の勝ち組になったかのような気分になり、満更でもないのだ。この感覚は、到底こんなフロアに泊まるような家庭環境ではなかった者特有の感覚かもしれない。


研修医になってからというもの、知里と会う時は決まって駅にほど近いホテルの、ラウンジ付き高層フロアに泊まるようにしている。甘味に目がなく、出不精で体力のない知里にとって、1泊2日という短期間であってもホテルステイは最良のデートのようだ。

知里はショーケースに並ぶ色とりどりのケーキやマカロンなどを目を輝かせながら物色している。ラウンジが提供するスイーツは、ホテルの地下にあるお高いケーキ屋の品だとか。


「お姉ちゃんね、大阪のリッツで結婚式を挙げるんだって。」


俺よりも多くのお菓子を取ってきた知里は席に座りそう言った。

私立の歯学部を卒業し、勤務先の大学病院で知り合った心臓血管外科医と結婚した知里の姉は、近く関西では屈指の有名ホテルで盛大な結婚式を挙げるそうだ。

正直、俺には理解できない価値観だ。結婚式なんてものはバレンタインデーなんかと同じで、右に倣えの国民性につけこんだ体の良いビジネスでしかないじゃないか。

一つメリットがあるとすれば、交友関係の再確認ができることだけだ。俺たちの結婚式にも多くの上司や大学のスタッフを呼ぶ必要があるだろう。必要なことと分かりつつも、今から頭が重くて仕方がない。

大好きなお姉ちゃんの結婚式を見た知里は、自分の結婚式も同じようなものを望むのだろうか…。


ラウンジでスイーツとコーヒーを楽しみながら、知里の書いた症例報告の原稿に目を通し、小一時間あれこれと議論した。一通りの議論が終了した時には窓の外はすっかり暗くなり、ラウンジはバータイムに移行しようとしていた。




◆◆◆




俺たちは部屋に戻りシャワーで汗を流し、セックスをした。


俺に跨りながら身体を揺らす知里は、小さく身体を震わせながら果てた。


今も昔も、知里との行為は理性の範疇を越えない。知里はセックスが嫌いな訳ではない、と思う。自分から求めてくることもあるし、小さなオーガズムを感じることもあるようだ。大学時代は、知里という真っ白なキャンバスを自分の色に染め上げていく愉悦もあった。しかし、俺は知里とのセックスで我を忘れるような興奮を覚えたことはない。おそらく知里も。


「幸せになろうね。」


少し顔を上気させた知里が言う。


「うん。」


俺は返事をする。時刻は21時。夜遅くなるかもしれないと思っていたが、杞憂だった。

知里が騎乗位で果てた後は、俺が上になって果てる。この消化試合のような流れにも、もう慣れた。

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