僕と彼女。そして、昔の僕

それからは大変だった。

夢の世界に行き、こちらの話が聞こえない詩音さんをできるだけ触っては行けない所ら触らないようにしてベンチに運ぶのに四苦八苦した。尚、社員達には給料の脅しを掛けて会場の片付けをさせた。本当にだったら片付けをさせるつもりは無かったが、調子乗っていた為自分が詩音さんを運んでいる間に片付けて貰った。他の社員には後日、感想や次のスケジュールを伝える事を伝えて、先に帰らした。


透社員には南先生の介抱させた。最初は駄々をごねて嫌そうにしていたが、自分が考えた30分で美味しく作れるトンテキ丼のレシピを条件に受けてもらった。元々食べたい言っていたのもコイツが理由だし、コレで誰も不幸にならずWin-Winだろう。

そんな事を考えながら休憩スペースにある長椅子の近くまで詩音さんを運んだが、ここで問題が発生した。


「あの~詩音さん?服から手を離して貰えませんかね?流石にこれはモラル通り越してアウトラインだと思いますのですが……」


詩音さんが服の裾を離してくれないことである。

既に触ってはいけない所を避けるのにいっぱいいっぱいで言葉がおかしくなっている弥登だったが、そんな弥登の声に彼女は反応せず、夢の世界にいた。



「…━………━……━…」

「ワーオ見事な睡眠…………仕方ない……よね?」


1様周りに誰もいないか確認した弥登は詩音さんと上手い具合に体制を入れ替え、決して欲望に負けたのでは無いったら無いのだ。自分が持っている優しさを詩音さんに使っただけなのだ。


「それにしても…、詩音さん、お酒弱いんだな…」

「…………すぅ」

元々の見た目が綺麗、可愛いと言われている、自分を守るために誰にも深く関係を築こうとしない彼女が、自分の目の前で綺麗な寝顔を警戒すること無く自分に晒している。その事に驚いている自分がいたり、少し嬉しく思っている自分がいたりと、様々な感情が駆け巡る。

そんなことを考えてしまうと色々と、邪な事を考えてしまう。例えば、社員達は今この場に誰も居なくて、二人っきりの状況だという事。そこまで考えた思考を理性の鎖で縛り上げる。


「今だったら誰にも邪魔されずに簡単に学校の完璧少女を襲えますよ。ってか?━━はぁ。」


晶星高校の男子なら歓喜するシチュレーションなのだろうが、弥登は歓喜出来なかった。


弥登は知っている。風の噂に調べて貰ったから。弥登さんのその後、彼女の今までを全て知った。詩音さんのプライバシーなどあったものでは無いが、会社を守る為だと自分を正当化させて、罪悪感から逃げた。そして資料を見て、知ってしまった。


『小学校から中学校までの転校回数3回。3回目の転校前に、イジメの被害者であった可能性あり。』


そう書かれていた一文を。


この恩返しが彼女にとって良かったのかは今でも分からない。私利私欲もあったが、それよりも弥登が昔に持っていた人に対する優しさが彼女を見過ごす事が出来ず、社員として雇った。


昔に捨てたはずの誰にでも向けていた優しさは詩音さんに向けて注がれようとしてた。


「(ダメだ!見捨てろ!彼女に知ったかぶりして見捨てろ!じゃないとまた自分が嫌な思いするだけだと学んだだろ!?)」


過去の自分を理性で縛り、底に沈める。いつの間にか荒くなっていた息を戻し、思考を切り替える。ここにおるのは彼女を一人にしてしまい、誰も説明できる人がいないから、彼女を膝枕しているのは詩音さんの綺麗な寝顔をみたいと思った邪な考えがあったから。そう何度も自分に言い聞かせる。その言葉を自分に刷り込むようにゆっくりと。しかし、その考えは固まってしまう。



「…………っ、……っ、」

彼女が、静かに泣いていたからである。





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