Round 1/勝利演出:帝都への手紙

18:親愛なる叔父様へ

『親愛なる叔父様へ。

 叔母様や従姉妹のカイ様は、お元気でしょうか。

 アゼリアは、日々健康に過ごしております』



そんな手紙の書き出しを読んで、わたしクルス=ミラーは目を細めた。


すると、通りがかった妻が横から覗き込んでくる。



「なにをニヤニヤしているんです?

 あら、アゼリアちゃんからの、手紙ですか?」


「ああ、毎月の修行の報告だ。

 当主様にお渡しする前に、内容をあらためようと思ったが……。

 ── いつの間にか、あの野生児のようだったアゼリアが、こんな礼儀正しい手紙を送ってくるようになったのだな」


「野生児というか、もう野良犬みたいでしたからね……」



妻は、懐かしむような、消化した悲しみを思い出すような、複雑な声でつぶやく。



「ああ、少し感慨深い物があるな……」



── わが姪アゼリアは、不幸な生い立ちの娘だった。


その母は ── わが姉ギルダは ── 帝国御三家のひとつ、封剣流の総本山ミラー家直系に産まれながら、魔剣士としての才能がなかった。

『才能がないせいで実父から愛されない』と思い詰め、どんどん自暴自棄になっていった。

いつしか姉は、武術も学問も放り出して、放蕩や浪費を繰り返すばかりで、自分の人生を無為むいついやすようになった。


一族の期待を背負う、優秀な兄や妹。

一流には届かぬとも、曲がりなりにも魔剣士の才能のある、弟の自分。

そんな兄弟姉妹の説得の言葉は、姉に届かぬばかりか、さらなる反発の原因となった。



── 結局、姉は成人と共に家を飛び出してしまった。

風の噂で『どこか遠くの港町で歳の離れた恋人と暮らしている』とは聞いていた。


その様子を見に行こうと思い立ったのは、我が娘が6歳になり、正式に本家道場に通うようになった頃だったか。

その少しませた・・・姿に、物心がついたばかりのわたしの手を引いて道場に連れて行ってくれていた、幼い日の姉の姿を重ね見た。


いわゆる『虫の知らせ』という物なのかもしれない。



── 件の港町を探しても、どこにも姉の姿はない。

やがて、路上生活児童ストーリーチルドレンに混じってゴミあさりをしている、姉の面影のある女児だけが見つかった。

母に捨てられ、周囲の人々の善意でかろうじて命をつないでいる、哀れな幼子。

物心がつく頃から親がいないため、『メシ』『くれ』『さむい』のような簡単な言葉しか話せないという有り様。


姉さん、貴女はなんという、むごい事を……。



『── うるさい、だまれ!

 兄さんや、生まれつき才能のあるお前達なんかに!

 父さんに愛されなかった私の、親に愛されなかった子どもの気持ちが、わかるはずないでしょ!?』



あの日、そう言って飛び出して行ったのは、貴女のはずだ。

そんな貴女が、我が子に何の愛情も与えないどころか、どうしてこんな仕打ちを。


初めて会う姪を、涙ながらに抱きしめたら、激しく暴れられた。

体中に擦り傷やアザがあり、人に触れられる事を極端に嫌う子だった ──





▲ ▽ ▲ ▽



「そんな話を聞かせると、彼は本当に、激しく怒ったな……」



あの少年が、顔を真っ赤にして、歯ぎしりをし、握り拳をプルプルと震わす姿を思い返す。

ついでに、過保護なくらいに我が姪アゼリアを可愛がる姿を思い返し、少し笑ってしまう。



「彼というのは、剣帝の一番弟子さん?」



そうだ、と妻の問いにうなづく。

かの『剣帝』の正式継承者という格別の地位を、あっさりと妹弟子アゼリアに譲ってしまった、一番弟子の少年。


運命とは解らない物だ。

姪にとって、生涯の競争相手ライバルとなるはずの兄弟子あいてこそが、彼女の幸福を第一に考える存在になるなんて。



「アゼリアに大変よくしてくれている。

 あの子も、彼を本当の兄のように慕っている」


「フフフ、でもカイにはあまり言わないで下さいね。

 かわいい妹分が取られたって、また嫉妬して大騒ぎして、大変ですもの」



妻はそうクスクス笑いながら告げると、中断した家事を再開するため背を向けた。



「わかっているよ」



わたしは妻の背中へとささやきかける。


そして、手紙の続きに目を通す。



『昨日は久しぶりに、お師匠様に手合わせしていただきました。

 夢中で頑張りましたので、夕飯のサメ鍋は3杯もお代わりしました!

 もっと食べたかったのですが、お兄様に「フカヒレがもうないよ」と言われて、寂しい気持ちで残り汁にパンをつけて食べました。』



「── ふむ、彼の辛味サメ鍋か……。

 思い出すと、あのからさが恋しくなるな」



確か、『山椒さんしょ』という山地の生薬しょうやくをふんだんに使った、からみの強い鍋だ。

初めてごちそうになった時は、丁度、姪アゼリアを『剣帝』ルドルフ老師の弟子として認めてもらった日の晩だったか。


当主命令を達成する事への緊張が過度の精神負荷となって、しばらく腹具合を悪くしていたため、最初は固辞こじしていた。


だが彼に強くすすめられて、最初は礼儀としてひと口だけのつもりが、ふた口、み口、と続き、あれよあれよと平らげてしまった。

香辛料がビリビリと唇や舌を刺激して、汗もたっぷりかいていた。

そんな強い刺激の料理に、翌日の腹具合を心配したが、逆に胃腸の調子が良いくらい。


あとあと聞けば、整腸や胃もたれに薬効のある香辛料スパイスを使っていてくれたらしい。



武術に精通すれば、相手の立ち姿で、大まかな実力が知れるようになってくる。

その感覚を磨きあげれば、敵の心の動きすら読み当てるようになる。

さらなる先鋭化の果てに、当人も気づかぬような身体の不調を当てられるようになる。



(あの頃で、すでにその領域に足を踏み入れているとは、やはり凄まじい剣才……)



しかし自分は、どうか。

そんな気遣いのもてなしをしてくれた相手を、しかも姪とかわらぬ歳の子どもを、口汚くののしり、とても酷い態度を取っていた。


後々、自分の狭量きょうりょうさに深くじ入ったものである。



(── 全くもって、あの頃の事を思い返すと、顔から火が出そうになる……)



当時、当主におさまったばかりの実父に言われ、才能ある姪アゼリアを『剣帝』の後継者候補として送り込まなければならなかった。

なんとしても『剣帝』ルドルフ=ノヴモートを懐柔かいじゅうしなければならなかった。


我が封剣流とたもとかったとはいえ、元は『剣帝』も門下生なのだから、他流派に出し抜かれるような事があってはならない。

必ずや、新鋭の身体強化魔法『五行剣ごぎょうけん』を、我が流派にもたらさなければならない。


それが、当主から命じられた最重要任務。

その重責と焦りばかりに心を捕らわれ、あまりに周りが見えていなかった。


その内容も、あまり仁義にのっとるとは言い難い ── いわば『遠い親族の遺産を狙う』かのような厚顔無恥なもので ── 心情的に苦しい任務だった。



(そんなストレスのあまり、大人として、大変みっともない事をしてしまった……)



剣技で劣り、心構えで劣れば、もはや大人として立つ瀬がない。


ラピス山地には、半年に一度は赴くのだ。

次に会った際に、きちんとびよう ── そう心に決めた。





▲ ▽ ▲ ▽



「── しかし。

 彼と言えば、やはり、サメ狩りの光景が目に焼き付いているな……」



── もう、あれから5年も経つのか。

しみじみと、思う。


人生が一変するほどの、強烈な出来事だったのだ。

やむを得ないだろう。



『それほど我が弟子の才覚さいかくに疑問があるなら、魔物を狩る姿をみるとよかろう』

あの日、老師がそう言い出した時は、何の冗談かと思ったくらいだ。



魔物だらけの『ラピス山地』に修行場として住んでいる。

それだけでも、正気を疑うくらいなのに。

その上、10歳ほどの幼い子供を陸サメと戦わせる?

もはや、この老人は正気を失っている、としか思えない。



『かの『剣帝』も高齢のため痴呆の気が出始め、正常な判断ができていないのでは?』

最悪の状況を想定し、冷や汗をかきながら、老師の後を追う。



その結果は、逆に己の目を疑うような光景だった。

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