17:道場やぶったったぁ(後始末)

俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)




そんな訳で、<翡翠領グリンストン>で『道場やぶり』したら、ジジイからこんこんと説教された訳だ。


ようやく解放されたけど、なかなか足のシビれがとれない。

さすがに、石畳の上に正座は鬼だと思うよ、ジジイ。



(しかし、今回の一件は、可愛い妹弟子アゼリアを守るため、止むに止まれず。

 ── いわば『必要悪ひつようあく』的な事だと思うんだが……)



俺は、そう割り切ってる。


だが、ジジイ的には『無し』らしい。

割と頭が固いというか、潔癖だからな、うちの『剣帝』さま。


そんな、高潔で高名な魔剣士のジジイが、改めて道場主に深々と頭を下げた。



「── ユニチェリー師範殿。

 このたびは、弟子が大変なご迷惑をかけて、申し訳ございません。

 道理も通さず他流派と決闘騒ぎ。

 しまいには、め事に関係もない生徒がたにまで剣を向ける傍若無人ぼうじゃくぶじんな行い。

 この不始末、誠に何とおびすれば良いものか……」



すると、初老の道場主もペコペコ頭を下げる。



「いえいえ剣帝さま、こちらこそ申し訳ございません。

 子細を確認すれば、決闘を申し込んだのはこちらの弟子からとの事。

 領主様のお耳に入ればことですので、どうかご内密にいただいきたい限り。

 わたしこそ、弟子の監督かんとく不行ふゆとどきと、猛省する所でございますので」



そんな、『こっちが悪かった』『いえいえ、こっちこそ』みたいな、ペコペコ謝罪合戦がしばらく続く。


ヒマになった俺は、道場脇の休憩用ベンチに腰掛け、愛剣の手入れを始める。


すると、丸太(鎧付き)への打込み練習を終えた妹弟子が、小走りに駆け寄ってきて俺の隣りに腰掛けた。

顔を紅潮させ、銀髪を汗でしっとりさせてるリアちゃんに、タオルを渡す。



「ブンブンでしたの! いい汗かきましたわっ」



うんうん、良かったね。

頭を軽くポンポンしてやると、リアちゃんは可愛らしくはにかむ。

そして、ポニーテールにしていた銀髪を解いて、俺の肩に頭を乗せてくる。


妹弟子の身体は、まだ運動の熱気が残ってて、ちょっと熱い。



「お兄様の腕、ひんやりして気持ちいいですの」



兄を冷却剤代わりにするのは、止めなさい。



俺が、さっき変な魔法の使い方をしたので、剣身と柄の接合部分がグラついてないか確認していると、近寄ってくる人影。



「ロック、色々、すまんかった……」



ニアンが、直角90度くらい深く、赤毛頭を下げていた。



「……さっきも言ったが、別にお前が謝る事じゃねーだろ」


「それでも、だ。

 ちゃんとケジメをつけておきたかったんだ」



そんな風に言われると、俺もおなりな対応はできない。

俺は、模造剣ラセツ丸をサメ皮張りの木製さやに戻して、ニアンに向き直った。



「……それじゃあ、一応、謝罪を受け取ろう。

 ── だけど、な。

 お前が、本来ケジメをつけるべき相手は、アイツら2人だろ?」



俺は、道場の入口の方を、親指で差し示す。

ケガの応急処置されて寝かされてる、アホな先輩2人だ。


すると、赤毛は長身の恵体に似合わぬ、弱々しい表情になる。



「それは、そうか……」


「次に会うまでに、あの2人をボコボコにしておけよ?

 『不意討ち』でも『闇討ち』でもいいから……」


「……いや、ロック、それはどうなんだ?」


「魔剣士は、『人食いの怪物マモノ』という理不尽と戦う存在。

 ── 理不尽に泣かされて、そのままで良いと思うような腰抜けは、魔物のエサでしかない。

 ウチのジジイも、そう言ってる」


「そう、なんだな。

 そうか、剣帝さまが……。

 お前の強さの源は、そういう心の ──」



俺の言葉に、ニアンが感銘かんめいを受け、深々と納得をする。

その瞬間に、ジジイが大声で口をはさんできた。



「── いや、待たぬか!

 そこな、ユニチェリー師範殿の生徒の少年よ!

 こやつのおかしな口車に乗ってはいかん!

 そこのバカ弟子、わしは一言もそのような事を、言った覚えはないぞ!」



なんという悪辣あくらつなジジイでしょう!?

かわいい一番弟子を、弱い心につけ込み堕落させる『悪魔』か何かのように!



「ジジイったら、もう、野暮なんだから!

 お子様同士の会話に、大人が口をはさむもんじゃないと思いますよ?」


「わしが一度も口に出しておらぬ事を、さも言ったかのように吹聴ふいちょうされて、たまるものか!

 そもそもお主の言う事、ちょくちょく極端で、過激すぎる!

 わしは、そんな教育をした覚えもない!」


「いや、だってジジイ、考えてみろよ!

 コイツが自信回復して、なおかつトラウマ解消できるんなら、闇討ちだって『ワンチャン有り』だろ?」


「『無し』に決まっとるじゃろうが!

 どこの武門とて、同門同士の闇討ちを推奨すいしょうするものかぁ!?」



ええー。

前世ニッポンの南国にあった『サッツーマ』という修羅の地では、ワンチャン有りだと思うけど。

だてに戦闘民族『薩人サツジンマシーン』とか言われてないだろうし。

戦国時代とか、明治維新前後とか、特に激ヤバだったらしいが。



そんな事を言っている内に、道場かかりつけの治療院の人達が、やってきた。



(さすがは、ファンタジーな異世界!

 道場やぶりに慣れてるなぁ……っ)



テキパキ手際良く負傷者を搬送していく姿に、関心しちゃう。



きっと、こんなの日常にちじょう茶飯事さはんじなんだろうな、異世界人このヒトたちにとって。





▲ ▽ ▲ ▽



「闇討ちは、流石に推奨すいしょうできませんね。

 しかし、ロック殿のおっしゃる通り、事の決着は必要でしょう」



初老の道場主が、苦笑いしながら口を挟んできた。

道場かかりつけの治療院の人達との、打ち合わせというか、口止めが終わったみたいだ。



「コペール君と元凶の2人は、今度あらためて機会を設けます。

 そこで、魔剣士として正しい形で奮起ふんきし、禍根かこんを断ち切る勝負をなさい。

 それで、門下生同士のいさかいは、決着といたしましょうか?」


「はい、お師匠様……っ」



赤毛は、自分の師匠の提案を受け入れ、決意の表情。


俺は思わず不満を口にする。



「……お前、それで良いのかよ?」



すると、ジジイがまた口をはさんでくる。



「なんでお主は、そう不満そうなんじゃ……?」


「だってジジイ。ボコられた分、ボコりたいだろ?」


「── お兄様、お兄様っ

 今度はわたくしも、リアも道場やぶりしたいですの!

 次に行く時は、必ず連れて行ってくださいましっ」


「……そろって、粗暴がすぎる。

 わし、弟子の育て方を間違えたかもしれん……」



ジジイが、ちょっと頭を抱えている。


そうこうして、門派それぞれで師弟のきずなを深めていると、道場主がこっちに向き直った。



「さて、このような状況なので、今日は道場を閉めねばなりません。

 そこで、剣帝さまにお願いが ──」


「うむ、安心されよ、ユニチェリー師範殿。

 道場の経営に差し障りがない額の賠償金ばいしょうきんを用意いたしますぞ」


「いえ、そうではなく ──」


「うん、設備の修繕がご必要か? そちらも、もちろん ──」


「いえ、そうでもなく、ですね剣帝さま。

 金銭の事については、あまり困っていませんので、別の事をお願いできなかと」


「別な事……ふむ。

 わしで出来るつぐないであれば、いかようにもお受けいたそう」


「ええ、そう言っていただけるとありがたいです。

 先ほどもお話したと思いますが ── わたしは道場主ではありますが、あくまでユニチェリー家の婿むこでして。

 その上、魔剣士としてもえなかったので、あまり家庭で立場がないのです」


「ふむ」


「そのため、諦めていた事が一つ。

 しかし完全には諦め切れずに、ずっと思い描いていた事がございます」


「師範殿の、長年の切願せつがんという訳か……

 可能な限り、お応えしよう」



ジジイ、安請け合い。

道場主は、パア……ッ!と表情を輝かせる。



「ありがとうございます!

 婿入むこいりしても、義父にとってわたしは不肖の弟子で、力関係は変わらぬままで、恋女房こいにょうぼの妻にも頭があがらず、毎日まわりの顔色をうかがうばかり!

 思い切れないままに、ずるずると今にいたり、すでに9年。

 今こそ、この小心者が奮起する時と、腹をくくりました!

 ── ぜひ、この機会に一手ご教授をっ!!」


「……うん……?」



ジジイ、意味不明とばかりに、首をひねる。


道場主は、居ても立ってもいられないと、ウキウキと木剣で素振りを始めた。



「── 道場は開店休業の状態!

 弟子は、みんな治療院!

 わたしが何度ここで無様をさらした所で、道場の風評には影響ない!

 しかも、弟子達を負傷させたという負い目から、断られる事もない!!

 なんと素晴らしい!

 なんという僥倖ぎょうこう!!

 ああ、神はたしかに天に御座おわし、この小心な男のささやかな願いを、いままさに聞き届けてくださったのです!

 偉大なる天の恵みの神アーメ=ユージュに、格別の感謝を……っ!」



俺は、こっそりジジイの横に移動し、そっと囁きかける。



「……おい、ジジイ。

 この道場主オッサン、ヤベーぞ?」


「お主が言うな……っ」



ジジイ、また頭が痛そうなポーズ。



「その……オホンッ、ユニチェリー師範殿?

 当方としては、剣の手合わせは別に構わぬが……

 貴殿は、本当にそれが賠償ばいしょうの代わりでよろしいのか?」


「── もちろん!

 もちろんでございます、剣帝さま!

 帝国5番目の『剣号』を得た、かの剣帝さまに ── 歴史に名を残す偉大なる剣豪に、手ずから剣を教わる機会を得れるなんて、これを逃す剣術家が果たしているでしょうか!?

 名門貴族や大商人が伝手つてをつかい、千金を積んでもこんな機会はありえない!

 不詳の弟子たちのケガの一つ二つ程度で、この指南料しなんりょうの対価となるなら安い物です!

 いやむしろ、よくやった、名誉の負傷だとめてやりたいくらいです!

 ついでに、今回の一切を伏せていただけるのであれば、口うるさい義父や妻の耳にも入らないでしょうし、まさに好都合の万々歳ばんばんざい!」



道場主、異様なテンション。

弟子のニアンすら、師匠のルンルンでげなテンションに、ちょっといてる。


俺は口元をひきつらせ、相手側に聞こえないように、ジジイにそっと耳打ちする。



「……おい、ジジイ。

 この道場主オッサン、関わったらいかん人だぞ?」


「お主が言うな……っ」



ひとがせっかく忠告してやったのに、ジジイはスゴい目でにらんでくる。





▲ ▽ ▲ ▽



── 結局、この後。

ジジイは道場主に、夕方まで剣術指南させられたらしい。


腰痛いのに、よく長時間ガンバったな、と宿で腰をもんでやった。

なんか、むちゃくちゃ嫌味言われまくったけど。


俺は、1日中、街中ぶらり。

リアちゃんの甘い物グルメツアーと、カロリー消費として剣の稽古に付き合わされた。



この街<翡翠領グリンストン>に想定外の3泊4日の後、俺たちはようやく家(山小屋)に帰ったのだった。




///////!作者注釈!///////


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