11:道場をやぶろう(初級編)

俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)



さて、道場やぶりの当日早朝。

ちょっと所用で、修行場の山を離れて<翡翠領グリンストン>って街に来ていた俺。


宿の朝食前に、日課の朝鍛錬をしようと思ったんだが。

せっかく爽快フレッシュな朝の気分を、いきなりぶち壊された。


赤毛が、まぶた腫らした目を伏せ、青あざだらけの口元をモゴモゴ動かした。



「だから、その……お、俺が、この野郎に決闘して負けたからって……

 先輩たちが……その、わざわざこんな事しなくても……いいじゃないですか……?」


「ああん、何言ってんだ、テメーっ!」


「テメーが何しでかしてくれたか、まだ解ってねーのか、このガキ!?」



だが、その反対意見で、先輩らしき青年2人が短気を起こす。



「コペール! てめぇ! このグズが!」


「何一丁前に! 俺ら先輩に! 口答えなんて! してんだよ!」



目つきの悪いボウズ男と長髪男が、口々にがなりたてる。

言葉の切れ目のたびに、ゴツンゴツンと赤毛をブン殴り続ける。


多分、2人あわせて10発くらい殴ってる。

しかも、男同士の乱暴コミュニケーションというより、ガチめの折檻せっかん



「よそ者に負けて! 道場の看板! 泥ぬったくせに!」


「このグズ野郎! いっぺん死ね! いやぶっ殺す!」


「すみません……! すみません……! すみません……っ!」



確か『ニアン』とか名乗った赤毛の恵体は、殴られても無抵抗で、ひたすら謝るだけ。

いやもう、すでに何回も殴られすぎて、抵抗する気力が失せているような感じだ。



「ええっ……何コレぇ……」



朝一番、出し抜けの修羅場に、正直ドン引きだ。

朝の新鮮な空気が、どんより暗黒色に代わり、かなり気分が悪い。


顔見知りの赤毛が、殴り倒されてるし。

うずくまった所を、長髪に蹴られるし。

ボウズ男は、その上にツバ吐くし。


なんかもう、見てるだけで気分最悪だ。



「── いや、事情は知らんけど、そこまでやらんでも……」



確かに事情は知らんが、何となく予想はつく。


赤毛のニアンが、なんか魔剣士だの道場だの、言ってたし。

多分この青年2人は、通ってる魔剣士道場の先輩だか師範だかなんだろう。


昨日の今日で、しかも朝一番に俺に会いに来たのも、ロクでもない理由だろうし。



「ハァ、いまさら何ビビってんだ、この道場やぶりがぁ ──

 ── って、ホントにコイツ、女みてーだなっ!?」


「うわー、マジだぁ!

 こんな見た目でホントに男かよ? 気色ワリー……」



俺を凝視して、なんか勢いが削がれる、赤毛ニアンの先輩2人。

その隙に、倒れてる赤毛の様子を見る。


この女顔もたまには役に立つな、と苦笑い。



「おい、生きてるか……?」



恵体を横向きに寝かせて、紫に腫れた唇を開かせ、口に<回復薬ポーション>を注いでおく。



「ギャッハッハッハ!

 いとしのオカマちゃんに介護してもらって、よかったなぁっ 色男!?」


「ヒイィッヒッヒッヒッ、なんだオメーら2人、デキてんのかぁ?

 図体だけのグズと、気色ワリー女装野郎で、ケツの掘り合いかよ!?」


「バカ、お前っ 気色悪い事いうなって! 想像しちまっただろ!!」


「『オカマちゃん……っ』『ニアンさまぁ……』って!? 」


「ギャハハハッ ── ゲホゲホッ だから、やめろってぇっ!」


「ヒヒヒッ、すまんすまんっ」



不愉快な声が、せっかくの朝のすがすがしさを、台無しにする。


倒れたままの赤毛が、パンパンに腫れた目蓋から、じんわり涙とか流す。



「すまん、ロック……」


「………………」



本当に。

色んな物が、台無しだ。





▲ ▽ ▲ ▽



赤毛の近くにしゃがみ込み、黙ったままの俺。


ニアンの先輩2人は、俺が『怯えている』と勘違いしたのだろう。

調子に乗って、ピーチクパーチク鳥みたいにさえずりまくる。



「ウチの道場にケンカ売ってくれたんだ、簡単に済むと思うなよ、このオカマ!」

「何、いまさらブルってんの? バーカ、絶対ゆるさねーよ!」

「泣いても、謝っても、手遅れだ!」



いや、いまさら謝らんけどな。

俺も、そこまで穏和でも、日和見でもないし。



「顔が解らねえくらいボコボコにして、城壁の外に捨ててやる」

「ピーピー泣きながら魔物に食われな。キレイさっぱりと骨までな」

「コイツが本当に女だったら、その前に、色々あそべたのになあ。残念」

「試しにケツ穴つかってみろよ、意外といいかもしんねえぜ?」

「ちょっと、そんなの冗談でもやめろよ、気持ちワリー」



それって、殺人なんじゃね?

コイツラ、ほかにも色々犯罪みたいな事言ってね?



「魔物っていえば、こいつ『ラピス山地に住んでる』とか色々フカしてたらしいな?」

「ハハハッ、テキトーこいてじゃねえぞ、ガキが!」

「あんなヤベー魔物がウヨウヨしてる所、ヒトが住める訳ねえからな」



いや、実際住んでるわ。

オレとジジイが居着いて、そろそろ10年近いぞ。



「どうせ、麓の ── なんつったか、あの田舎の村まで行った事あるだけだって」

「よくあるハッタリだよな、ベテラン冒険者だって滅多にいかねえ所だってのに」

「周りの村じゃ、入ったら祟りがある、とか言われてるくらいだからな」



むしろ、麓の村の方が行かねえよ。

あそこ行くと、『お尋ね者が来た!』みたいな目で見られるし。


なんかジジイが昔、麓の村でやらかしたんだろうか?



「この図体だけのグズの事だ、そんなハッタリ聞かされて、ブルっちまったんだろ?」

「コイツ、本当に情けねーな! どんだけ根性無しだよ!」

「入ったばかりの時、ブルース先輩みたいになるとか、寝ぼけた事言ってたんだぜ?

 で、ちょっと可愛がってやったら、俺の顔見たら逃げるしよぉ」

「どうせオメー、アレやったんだろ?」



アレがなんか知らんけど。

どうせコイツら、ロクな事をしてねーんだろうな。


しかしコイツら、何で自分の悪事をベラベラしゃべるんだろ?

不良ヤンキーの万引き自慢か?



「出世したい、強くないたい、親衛隊に入りたい ── そんな高いココロザシの後輩を、特別メニューでシゴいてやってるんだ。 俺って後輩おもいだろ?」

「ヒッヒッヒィーッ、お前サイテーだってっ! あの『地獄の八方掛はっぽうがかり』は鬼だってっ!」

「やめろって、『地獄』とか物騒な事言うなよ。 アレは、特・別・訓・練!」

「アレのせいで、何人道場やめてんだよ! オメーそのうち師範にどやされるぞ?」

「大丈夫だって。 密告しチクったヤツもシゴくって脅してるからっ」



コイツら、本当に道場通ってる正式な魔剣士なのか……?

ウチのジジイがこんなのが居ると知ったら、本気でキレそう。

そこまで潔癖でもない俺でも、『ちょっとコイツら……』って思うし。


大きな街の通りの真ん中で、白昼堂々真剣を見せびらかす。

リンチ、暴力、恫喝、殺人みたいな事を大声で叫びまくる。


チンピラかヤクザ者だな。



「ハァ……っ」



俺はようやく、赤毛の容体が大丈夫そうだと判断し、うるさい連中に向き直る。


コイツさっき、殴られて倒れた時に、壁に変な風に頭をぶつけていた。

だから、脳とか神経とか首とかに重傷負ってないか、ちょっと心配だったんだ。


まあ、ケイレンとかイビキとか泡ふくとか、ハデな異常が出てないし。

手持ちで一番高価いい回復薬ポーション>飲ませたし。

多分、このまま寝かせてても大丈夫だろう。


俺は、連中の方に顔を向けて、一言。



「アホか、お前ら……?」



多分、なかなか険しい目つきをしていたんだと思う。

ゲラゲラ下品に笑ってた2人組が、急に眉間にしわを寄せ、歯をむき出しにしたから。



「だ~れ~が~、アホだぁあ! 殺すぞガキぃ!」

「チビのオカマが、なめた目つきしやがってぇ!」



すまんな、目つきが悪いで。

どうも、生まれつきなんだよ、これ。

こっちの世界の故郷でも、大人に『生意気なツラしやがって』とよく殴られてたし。





▲ ▽ ▲ ▽



── ちなみに、俺だって、ここまでは感情をちゃんと制御できていたんだ。





(コイツら、今まで調子にのって、かなりヤバい事してるみたいだし。

 ボコった後は、官憲だか騎士団だかの、警察っぽい所に引き渡した方がいいか?)



この時、俺が思っていたのは、そのくらいの事。



確かに、知り合いを目の前でボコボコにされて、ちょっと気分が悪かった。

だが、部外者の俺がそれに口出しするのは、ちょっとな。


体罰は良くないと思うけど、しかし『武門のならい』みたいな所もある。


特に魔剣士とか、魔物と命がけで戦う仕事だ。

誰か1人がポカやったら、皆の命が危なくなる。

時には、新入りの頭をブン殴って注意しないとダメな事もあるだろう。



そもそも『理不尽な先輩』ごとき・・・に勝てないヤツが、『人食いの怪物マモノ』に勝てるのか?


『魔剣士とか目指すなら、まずは自分の身ひとつくらい守ってみろよ。

 それすらマトモにできないなら、大人しく辞めちまえ』


もし、この後ニアンにかける言葉があるとすれば、それだけ。



(少なくとも俺なら、コイツら2人まとめてボコボコにするくらい、ワケないし……)





── それが、この瞬間までの、俺のスタンス。





だが、次のセリフは、絶対にダメだ。

絶対に、絶対に、絶対に、決して許さん。



「ビビってて、震えてるくらいの可愛げあるなら、手加減してやろうと思ってたけど!」

「もう、テメーが・・・・痛い目みる・・・・・くらいじゃ・・・・・すまねー・・・・からな!」



「── は?」



え、何?

何て言った、コイツら?



「そんなに死にてーなら、ぶっ殺してやんぞっ」

「俺らユニチェリー流は、<帝国八流派>・轟剣の分派だぞっ」



アホが二人、真っ赤な顔で、何か言ってるが、まるで耳に入らない。



── 今さっきの『テメーが・・・・痛い目みる・・・・・くらいじゃ・・・・・すまねー・・・・』ってどういう事?


まさか。


周りの人間を?


例えば、妹弟子アゼリア=ミラーとかを?



そして、連中は、最悪中の最悪を言った。つまり、俺の逆鱗げきりんだ。



「こっちは、帝国全部に伝手があるんだっ! 大陸中どこまでも追い回してやるっ」

テメーの・・・・身内・・だって、見つけ次第ボロボロ・・・・にして・・・やんよぉ・・・・!」



── 俺の可憐でカワイイ妹弟子アゼリアを『ボロボロ・・・・にして・・・やんよぉ・・・・』だとぉ!?


あの子を、とても口にできないようなヒドい目に、あわせるだとぉおおおお!!?



「── あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ~~~ッ!!

 俺の妹に手ぇ出すなら、いますぐ覚悟決めろ!

 もはや、テメーらの一族郎党どころじゃ、絶対にすまさねえぇぇぇ!」



愛剣・ラセツ丸を抜き、叫びながらも魔導の術式を高速・多重起動。

脳みそがぶっ飛びそうな負荷がかかるが、激怒がそれを上回る。



── 貧弱なカス魔剣士ごとき・・・が、のぼせ・・・やがって!

── 世の中には例え冗談でも、言っていけない事があるんだぞっ!



両手の5指全てに指輪をはめたように、<法環リング>を装填。

俺のオリジナル魔法、計10個を待機状態スタンバイ


必殺技【秘剣シリーズ5種】の発動準備ストックが、数秒で完了した。



「── この街の人間ひとり残らず全て!

 陸サメどものエサにしてくれるぅ~~~!!!」



俺の怒号どごうが、<翡翠領グリンストン>の早朝の空に響き渡った。

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