10:決闘は友情の始まり(リアル話)

俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)



赤毛に連れてこられたのは、街の外れの河川敷。

ドブ川の匂いが、ちょっと気になる。

おかげで、散歩している人もいないし、民家も遠いし、荒事にはもってこいの場所だった。


── 決闘らしく一本勝負。


赤毛が、したり顔で宣言してきた。



「ここで強化魔法を使ったら、俺が圧勝だ。

 だから、対等の勝負になるように、ハンデをやる。

 逃げずについてきたモヤシ野郎の勇敢さに免じて、特別に『強化なし』だっ」


「ほほう、あとで吠え面かくなよ……っ」



イラッとした。

歯をむき出しにして、心に決める。



(── こいつ、一撃でぶちのめす!)



思った通りに、一合もなく決着。

もちろん俺の勝ち。


── 赤毛は、前世ニッポンのケンドーみたく、正面の両手構え。

── 俺は、フェンシングみたいに、片手を伸ばした半身の構え。


俺は、開始と同時に、木剣を持ってない方の手を伸ばす。


木剣の先を握られる ── そう感じた赤毛は、とっさに剣を引いた。


そこへ剣で一撃。

完封だ。

完全試合だ。



「勝負にもならなかったな、ナンパ趣味の色男?」



鼻高々と、からかってやる。


だが、赤毛は納得しなかった。



「はぁ、ふざけんな!

 卑怯だ、ノーカンだ、逃げるな、やり直せ!」


「おお、来い来い。

 いくらでもぶちのめしてやるっ」



そうして、尋常の1本勝負が、3本勝負に。

5本勝負、10本勝負、どんどん増える。


最初は勝率95%で、ほぼほぼ俺の勝ち。

10本に1本、ヒヤリとするかどうかという感じ。


30本勝負を超えたあたりから、赤毛も慣れてきて『初見殺し』みたいなトリッキー戦法にひっかからなくなる。


50本超えたあたりから、勝敗が9対1と8対2を、行ったり来たり。

赤毛が上背のパワーと恵体のタフネスを活かした重戦車戦法で、ガンガン間合いを詰めてくる。

鍔迫り合いに持ち込まれたら、俺の負け。


そんなこんなで、約100本の大勝負となった。


── 最後の方なんて、2人とも青あざだらけで、息も切れ切れ。

ビュンビュン風を切っていた木剣だって、ヘロヘロだ。


余計な力が抜けて、お互いの『本当の』剣筋が見えてくる。



(── コイツ、なかなか剣をってるじゃねえか……)



剣術の熟練度じゅくれんど

体力や腕力で誤魔化しのきかない、正しい動作フォーム


俺は、体格に恵まれなかった。

だからこそ、筋力に頼らない剣の動きを、身体に染みつかせている。


赤毛は体格が恵まれている分、力押しの部分が目立つ。


だから俺と比べたら、さすがに二歩三歩くらい劣る。

でも、なかなかな剣技の精度で、ちょっと感心した。



(── だが、剣術だけは負けられねえ……っ

 魔剣士になれなかった俺の、最後のプライドだっ)



最後はもはや、『剣技を競い合う』というよりも『根性だめし』。


痛いし、キツいし、ツラいし。

もういよ、負けてもいいじゃん、みたいな自分の甘えにどれだけ勝てるか。


そういう部分で、お互いの性根の底さえも、さらし合った。



結局どっちが先に膝を突いたかは ──……まあ、微妙なところ。



(まさか不良ヤンキー嫌いな俺が、不良ヤンキーマンガみたいな事するなんて……

 異世界って、何が起こるかわかんねーな)



疲れ切って、冷静になればバカバカしいと笑ってしまう。


決闘という名の、バカな男2人の、くだらない意地の張り合い。

その結果、胸に残ったのは不思議な感情。



── このバカ野郎は、根性だけは一人前。

── だからまあ、ムカつくけど男として認めてやってもいい



なんだか赤毛も、そんな目で俺を見ている気がした。





▲ ▽ ▲ ▽



俺、前世ニッポンで少年マンガやドラマとかを見ていて──



ケンカ勃発

  ↓

河原で殴り合い

  ↓

やるじゃねえか!

  ↓

お前もな!

  ↓

友 情 成 立!



── こういう展開。



(絶対ねーよ!

 殴り合って理解するとか、意味がわからん!

 むしろ、それから後は、二度と口きかねーだろ、普通!)



特に不良ヤンキーマンガにありがち。

あと、格闘マンガでも、倒した強敵がいつの間にか味方になってたり。


まるで共感できなかった。

現実にそんな事があるわけねー。


例え、『マンガなんで』『ファンタジーだから』『そういうお話だし』と言われても納得できなかった。


ネットで、自称・ケンカ慣れした元不良学生が『強いヤツほど、ケンカのあとメシおごってくれる』『連絡先とかちょくちょく交換する』とかの書き込みを見ても、ぜんぜん信用してなかった。



少なくとも前世では、そういう考えだった。





▲ ▽ ▲ ▽




「── 意外と、そういう事が、あるんだなぁ……」



ぽつりと漏れた俺の独り言に、赤毛が疲れ切った顔で振り向いた。



「……今、なんか言ったか……?」


「いや、別に……」



決闘の激闘の果てに、クタクタになっている、俺と赤毛。

お互い、足投げ出した雑な体勢で、河原にすわり込んでいる。


気がついたら、結構暗くなっている。

そもそも、今日は日の落ちない内に家(山小屋)に帰る予定だったのに。



(俺ら、いったい何時間、こんな事やってたんだ……?)



終わってしまえば『我ながら意地になりすぎだろ』、とちょっと呆れちゃう。



(俺、転生者なんだけど……。

 見た目どおりの、15のガキじゃねえんだけど?

 中身、割といいオッサンで、精神年齢とかそろそろ壮年とか初老に入るんじゃね?)



いい歳して、屋台の射的や金魚すくいとかに熱中しちゃった、みたいな気恥ずかしさがある。



(アホくせー……。 我ながら何やってんだか)



呼吸が整わないのに、ヒ・ヒ・ヒッみたいな笑いが漏れて、ちょっと苦しい。


全身、すり傷だらけだし。

汗びしょびしょで、通り雨にあったみたいに、服が濡れて重いし。

肩で息してハアハア言ってて、酸欠で頭が痛いし。

足ガクガクで、歩くことすらおっくうだし。


毎日の自主訓練だって、ここまで追い込まない。

風呂の準備や、夕飯の支度に支障がでるレベル。


だから、今ちょっと、体力回復までグッタリ座り込んでいる。


しばらくして、赤毛が何か言ってくる。



「── しかし、チビのくせにスタミナありすぎだろ、お前……

 最後の連撃でしびれて、まだ握力が戻らないんだけど、俺」


「お前こそ、デカい身体に似合わず、器用な細かい突きしてきやがって。

 ふとももガスガスやられすぎて、まだ足立たねーんだけど」



お互い、褒めているのか、文句言っているのか。

だが、ボロボロの身体に反して、不思議と気分はスッキリ。


ムカつくこと。

イラついたこと。

日常の小さな不満。

あとは理不尽へのガマン。

思春期特有の腹の底から湧き上がる衝動。


そういうのを、一切合切、全部、遠慮無く、木剣に込めて打ち合っていた。

もう体内に、燃え上がる燃料おもいが残ってないのかもしれない。



(まあ、リアちゃんと『こんな事』は、ちょっと出来ねーな……)



可愛い妹弟子だから、どうしてもちょっと気を遣う。

それに対して、知らない野郎が相手なら、木剣で殴るのも手加減しなくていいし。


すると、赤毛がジッとこっちを見ている。



「………………」


「なんだよ、ジロジロ見るな、気色悪いな……」


「……いや、そういう顔すると本当に男みたいだな、って」


「男みたいじゃなくて、男だ、俺はっ」


「らしいな、まだ信じらんねーけど……

 噴水のところでポヤポヤしてた時とか、完全にどっかのお嬢様と思ったんだよ……」



赤毛、残念そうに草をむしって、夕日に向かって投げた。



(くっさい青春ドラマかよ……っ

 ── 『太陽のバカヤロー』みたいな)



ハハハ、と笑いながら腰を上げる。

すると、赤毛も、慌てて立ち上がり ── やっぱりフラついて転んだ。


俺は、少し迷って、結局、手を差し伸べる。



「ほらっ」


「ちぇっ、こんな女みたいなヤツに……っ」



敗北宣言とばかりに、赤毛は俺の手を取った。

全身使って引っ張り上げる。


やっぱ重いな、コイツ。

骨太な恵体だけあるわ。



「ハッハッ、『こんな女みたいなヤツ』は、お前より鍛えてる。

 だから、お前よりチビなのに勝った。

 ── 解りやすい結論だろ?」


「フンっ、次は俺が勝つからっ」


「ああ、楽しみにしてる」


「俺、ニアン。16だ」


「ロックだ、最近15になった」


「俺、年下にボコボコされたのかよ……っ」


「もうちょっと精進しろよ、『先輩』?」



ケラケラと笑い、そのまま分かれた。





▲ ▽ ▲ ▽



考えてみれば、俺にとって初めての他流試合。


1対1の尋常の勝負。

他流派の剣筋、攻め方。

同世代の男子との本気の殴り合い。

ジジイやアゼリア以外との手合わせ。


色々な意味で、いい経験になった。

俺の剣にも、要・修正なところがいっぱいあると気づいただけでも、収穫だ。


鈍痛がする足を引きずりながら、試合の一手一手を思い返す。


荷物を預けていたアゼリアの元に戻ると、とっぷり日が暮れていた。

城壁の閉門の時間なんか、もうとっくに過ぎてる。



── 当然、また宿を取るしかない状況。


翡翠領グリンストン>での滞在予定を、さらに1日オーバー。


宿泊費用も余分にかさむ。

決闘後の、擦り傷治療の<回復薬ポーション>も、決して安くない。

金銭的には、くだらない事に巻き込まれて大赤字。


だが、何となく気分は上々。

シャワーで青あざの所を洗う時も、なぜか笑ってしまう。



「お兄様、やけにご機嫌ですわね。

 どういたしましたの?」


「いや、この<翡翠領グリンストン>にくる楽しみが増えたな、って」


「むー……っ

 あの赤い髪の男の子ですの?

 お兄様がリア以外の人と仲良くするのは、嬉しくありませんのっ」


「リアちゃんも、女の子同士の友だちとか、つくろうな?」



妹ちゃんと定食屋で夕飯を食べながら、そんな他愛のない会話。

宿に戻ると、いつの間にかウツラウツラとしてきた。





▲ ▽ ▲ ▽



翡翠領グリンストン>での滞在3日目の朝。


スッキリ晴れた、良い朝だった。

朝食前の俺が、朝鍛錬のため宿の外に出る。


── と、すぐそこに人影が三つ。



「── おい、コペール!!

 昨日の相手、コイツで間違いないんだろうなぁっ!」


「はい……

 でも先輩、こういうのは良くないって……」


「ああん、何言ってんだ、テメーっ!」


「そうそう。

 誰のせいでこんなになっているのか、まだ解ってねーのかこのガキ?」



ひとりは、昨日の赤毛・ニアン。

アイツが、顔面を青あざだらけにして、赤髪の頭を鷲づかみにされて。

年上の青年2人と、一緒に待ち構えていた。


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