噺家ごっこ

第２４話 ちょっとだけ話してみたけれど

　浦辺さんと榎木さんは方々の店に飲みに行っては、そこに来ているお客を相手に噺の稽古をしているらしいし、武田さんも馴染みのお客に、さわりの部分を聞いて貰って練習をしております。でも佐川さんは依然として、高座にあがる気配はありませんようで。

　ある日、いつも通り佐川さんは遅れて来て、席に座ると扇子と手拭をテーブルに置き、ゆっくりと少しぬるめのお茶を飲み干しました。高座には鬼頭さんが上がっていて皆の気分は沈みがちで、終わるとホッとした顔で皆は力強く拍手をします。しかしそれが自分の芸への賞賛の拍手と受け取っているらしいこの誤解を、早く誰かが気づかせてあげなければ大変だと、思っていたそんな時に、

　「じゃ、次おっさんいってみるか」

　と榎木さんが何気なく言うと、意外にも佐川さんは

　「それじゃぁちょっとやってみるよ」

　と、すんなり立ち上がり高座に上ったので、皆は何だかあっけにとられてしまいました。出囃子で賑々しく送り盛大に拍手をすると、佐川さんは少し照れたような素振りを見せ、それから背筋をピンと伸ばして、両方のこぶしを膝の上に置き、元気な声で喋り出しました。

　元々、色々な会で司会をやったり歌を歌ったりして、人前に出ることには慣れているのだから問題は無いはずで、話しっぷりも決して悪くはありません。声の大きさもいいし、顔の表情だって中々どうしてどうして。これが今まで高座へ上がることを、避けるようにしていた、あの佐川さんなのかと不思議に思える程でありました。

　気分を慣らす為か身の回りの出来事を、面白おかしく喋ってから噺のまくらの部分に入り、それから本題に。

　「それで、どちらさまのお宅でも本当に嬉しいものでしてね、近所の人だってそうでして。ほんと良かったねえ、赤ちゃん生まれたんだってぇ？　で、どっちだったい。オチンチンついていたかいってえと、ううん違うよ、すじだよってんで・・」

　と調子良く喋って、今日の所はここまでと、師匠の得意のひとかじりってぇやつで終わり、すんなりと下りてしまいました。噺はほんの少々でしたが、小噺すらやったことのない佐川さんの、本当に皆が聞いた初めての噺でありました。自己紹介や慣れる為に上がった高座姿は見た事があっても、こうやって噺をする佐川さんの姿を想像した人がいたでしょうか。

　「おっさん中々いいじゃないか。今まで隠してなに勿体ぶってたんだよ」

　と榎木さんに冷やかされると、佐川さんはすっかり照れてしまって、その後はどうなんだいと聞かれても、もっと練習をしてからでないと、と絶対に続けようとはしませんでした。

「ううん違うよ、すじだよ」の所で佐川さんの噺は終わったので、それからずぅっと「すじの続きの、話の筋を聞きたいものだ」と言うのが、皆の口癖となりました。