第23話  面白くない創作 

 新年会での皆の決意からか、今年こそはちゃんとした噺をやろうと、意欲に燃えて練習が始まりました。大埜さんもやっと、「ねずみ」を復活させたし、鍋さんと鬼頭さんは又新作に取り掛かっています。

 

 一月の練習日は新年会でしたが、二月三月は真面目に練習に取り組みました。浦辺さんは大切な用があったり旅行に行ったりと、三度続けて休んだけれど、五月の練習日には誰よりも早く会場に着いて、すっかりテーブルも座布団も用意して待っておりました。


 浦辺さんの休んでいる間に榎木さんは、暮れに師匠から貰った落語全集のコピーから、「疝気の虫」という噺を選んで猛練習。武田さんは「たらちね」を勧められたけれど、登場人物の名前が余りにも長くて覚えられないと断念し、小噺「桃太郎」をもっともっと面白くさせることに決定。この頃では皆も積極的に高座に上がって話すようになって来ておりました。



 何人かが順番に噺をやっていくと、浦辺さんが緊張した面持ちで、

 「私も『目黒のさんま』をやります」と言って高座に上がり、初めてにしてはまあまあ上手くやってみせたのでありました。

 「おい、おっさん。休んでいたのは皆を驚かせようと、猛特訓する為だったのか」

 「いやそう言う訳でもないんだけど、確かに休んでいる間に練習はしたよ。ワイフと娘に五千円ずつ払って聞いてもらって・・」


 なかなか良い心がけになって来たもので、暫く前の皆からは大部の進歩であります。

 「ねえ師匠、この二人、スナックでさ『疝気の虫』と『目黒のさんま』をね、お姉ちゃん達集めてさぁ聞け、聞けってうるさいんだって。ママにぼやかれちゃったよ。」

 「そんでもう一軒のフィリピンパブでもね、同じ事やってるから女の子が、それも日本に来たばっかの子でもね、『えー、毎度がばかばかしのお話よ』って言うんだって。」

 「俺の友達がこの間行ったら、『疝気の虫はいませんね、ダイジョーブダイジョーブ』って言ったんだってよ」

  


 「私、武田さんに『たらちね』お勧めしたんだけど名前が長いって」

 「だってさ、あんな長いのよう覚えられんのよ」

 「だったら桃太郎の話にもっと色々付け加えて、『新作桃太郎』を作ったらどうかしら」


 私は武田さんにテレビで見た話をしました。

 「浦島太郎がね、子供達がカメをいじめるので、そんなにぶちたかったら私をぶちなさいと言って助けてあげると、それじゃぁって皆は太郎をぶつのね。あんまり痛いのでよく見ると、一生懸命に叩いていたのはカメだったって」


 皆がどっと笑ったので、私は調子に乗って続けました。

 「それでね、面白いから私も考えたの。童話をもじってね。例えば今の浦島太郎なんかで。カメがお礼に竜宮城へ連れて行こうとするんだけど絶対に行けないの。どう我慢したって息は四五分しかもたなくって、無理して連れて行ったら溺死したので、乙姫さまなんて見た事もありません。」


 「それから「マッチ売りの少女」。マッチ売りの少女をかわいそうに思った親切なお爺さんが、少女を家に連れ帰って大切に大切に育ててあげました。ある日少女が『温かい家庭で温かい愛情いっぱいで育ててくれてありがとう。私も温かくしてお返しを・・』と言って売れ残りのマッチで、家に火をつけて温めてあげようとしましたが、お爺さんに烈火の如く怒られました。」


 「それから「鶴の恩返し」なんかも。広原さんがバードウオッチングに出かけ、死にかかっている小鳥を見つけました。連れ帰って手厚く看病をすると小鳥はすっかり元気になりました。毎晩お客が帰った後、残った焼き鳥でこっそり晩酌をしている内に、小鳥は鶴ほどに大きくなりました。こんなに大きく育ててくれてありがとう。このお礼に・・」

 「嫌だよ、火イつけられたんじゃぁ」

 「そんな悪い事は致しません。信じて。このお礼に私、鶴子が広原さんのお店の看板娘になりますわと言って、『陽気屋』の看板に止まって毎晩お客の呼び込みをし、大層繁盛しましたと」

 「うんうん、それならいいね」

 

こんな馬鹿なことを話していると、鬼頭さんが目玉をグリグリさせて言いました。

 「いやいや童話なんてぇものはその程度の下らないものなんだよ。世の中の母親達は皆、良い子になって欲しいと思って読んで聞かせるものが実はね、あれは誰かがハッピーエンドにしてるものが多くてだねえ、本来そうじゃぁないものがたくさんあるんだよ。」


 「君達、グリムの童話を読んだ事がおありかね、いやいや、ごく小さな子供に読み聞かすんじゃあなくって大人向けのものさね。あれ見てみるとこんな結末だったのか、って思える事がたくさんあるからねえ。本当はえらく残酷なものなんだよ」

 「舌きりスズメなんかもベロ切っちゃうから残酷だし、かちかち山の狸も背中に大やけどするし、さるカニ合戦のカニなんか死んじゃうしねえ」

 と弦巻さんが誇らしげに言うと、


 「君ィ、僕はグリムの童話って言ったんだよ、日本昔話なんかじゃぁないんだよ。」

 「君は色々と知ってる割には、ほんと話し通じない人だねえ。そもそも童話なんてえものは、情操教育だ道徳だのって押し付けがましいもんであってだねえ、君ィ」

 浦辺さんや榎木さんの意気込みから、私のでしゃばりに移ったばかりに、鬼頭さんの独演会になってしまいました。


 頃合を見計らって佐川さんが切り上げようとすると、鬼頭さんはムッとして、

 「ところで君は噺、やらんのかね」

 とギョロっと目をむくように言ったので、佐川さんはとてもすまなそうに頷くと、すっかり黙ってしまいました。

 それで今日も佐川さんの高座に上がった姿を、誰も見ずに終わってしまったのでありました。

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