ゲーム代行バイトは見た

刀綱一實

第1話

 私がやっているのは、ゲーム代行のバイト。そう話すと、大体の人は首をかしげる。いったい何をやってお金をもらっているのか、まるで見当がつかないといった様子だ。


 ゲーム代行とは、忙しくてゲームに触る時間がない人のために、代わりにゲームを進めてあげるバイトである。ばらしてしまうとなんてことはない。要は、家事代行と一緒。時間を金で浮かせるというサービスの一つだ。


 そんなのでお金になるの? ともよく聞かれるが、月に数人は依頼がある。特に多いのは新作RPGのレベル上げ。戦っても戦ってもレアアイテムが落ちないから、かわりに落ちるまでやってくれというのも結構ある。


 あとはシミュレーションゲームのステータスを、指定された数値に整えてくれというものもある。なんでも、特定の数値にしないとイベントが起きないのだそうだ。単純作業の戦闘に比べるとやや手間がかかるので、こちらはやや高い報酬で引き受けている。


「ふー……やっと近くなってきた」


 依頼人の部屋の中で、私は大きく伸びをする。今回の依頼は、特に大変だった。


 ゲーム自体はありふれた恋愛シュミレーションなのだが、体力・容姿・気品・勉学・運動・芸術と、六項目ある主人公のステータスを全て指定した値にそろえろ、というものだった。一つや二つなら容易に達成できるのだが、六つとなるとかなりの時間が必要になる。午後一時から三時までゲームをする、という依頼人の提示したスケジュールでは、何日もかかってしまいそうだった。


 私が難色を示したところ、依頼主は通常の倍以上の報酬を示してきた。しかも、部屋の中にあるものは好きに飲食して構わないという。食費まで浮くのなら……と、迷ったあげくに私は引き受けたわけだが。


 部屋に足を踏み入れたその日から、依頼を受けたことを後悔していた。部屋の全てが神経質なまでにきちんと整えられていて、まるでホテルの部屋のようだ。確かにお菓子や炭酸飲料のペットボトルがたくさんあったが、あまりに整然としているので取った量がすぐにわかる。


 無意識に取り過ぎると欲張りと思われそうで、私は毎日気を遣いながら食事をしていた。キッチンも好きに使っていいと言われたが、ぴかぴかの包丁やまな板を見ているとそんな気もなくなった。


 居間にかかっているカレンダーにも予定がびっしり書き込まれている。それ自体は珍しいことではないが、予定が分刻みになっているのが妙に不気味だ。


 ある日、部屋の主の日記帳を発見したのでそれも読んでみた。そこには、すぐに言ったことを翻す上司や部下への苛立ちが切々と綴られていて、読んでいるだけでお腹がいっぱいになってくる。


 少し配達時間が遅れただけで、配達員への苦情をつらつらと書き連ねて、もはや何を書いているのか読めなくなった頁に巡り会ったとき、私はそっと日記帳を閉じた。


 幸い、まだ私に対する不満はなかったが、いつこんな風に不満をぶちまけられるか分かったものではない。


「でも、ようやくこの部屋ともお別れか」


 先ほど、依頼通り完璧なステータスの主人公を作り上げたところだ。何度も指さし確認をしたから間違いない。この状態でセーブして引き渡せば、晴れて依頼完了。難癖をつけられないよう、ゲーム画面の写真も撮影しておく。これで嫌いになった主人公ともお別れだ。


「さて、後はセーブするだけっと……」


 全ての準備を終えてから、画面に向き合う。予定より三十分ほど早かったが、切り上げた分の時間の給料をもらわなければ問題ないだろう。私は身支度をして、依頼人の部屋を出た。




「へえ。あたしより先に着いてたのは、そういうわけだったの」


 依頼人の部屋からほど近いファミレスで待ち合わせていた妹が、ジュースをすすりながらそう言った。現在中学生の妹はいつも小遣いに困っており、なんだかんだと私にたかってくる。本当は甘やかさない方がいいのだが、私も年の離れた彼女には弱い。


「でもお姉ちゃん、無事で良かったね。その変な依頼人に殺されなくて」

「物騒なこと言わないの」


 妹は声が大きいので、私はひやひやする。


「だってさあ、その部屋の感じ聞いても絶対普通じゃないじゃん。異常なきれい好きがわざわざ他人を家に入れて好きにさせるって、その時点で怪しくない?」

「……まあ、それは確かに」

「あたしの推理はこうだね。世の中の何もかもに苛々していたヤツは、いわゆる『誰でもいいから殺したい』状態になっていたわけ。でも、外で適当なヤツを選べば逃げられたり、止められたりする可能性が高い……その点、バイトなら特定の時間は絶対家にいるし、ゲームをしている時なら油断もしてる。背後から襲えば勝てる確率高いよね!」

「でもそれは……」

「あとは『変なヤツが家に上がりこんでた』とでも言って、正当防衛を狙えばいいんだよ。完璧じゃない?」

「どこが。無防備な相手の背中刺しといて、正当防衛もなにもないって」


 周囲の目が痛いので、そろそろ私は妹を止めにかかった。


「依頼のメールも電話の記録も残ってるんだから、無関係を装うのなんて絶対無理。何かあった時のために、依頼人とのやり取りはクラウドに残してるから、警察が絶対に見つける。それにカレンダーにデートの予定が書いてあったから、今のところそう絶望してもないんじゃない」

「くぬおー」


 敗北を悟った妹は身を折って悶えた。かわいい。


「お、お姉ちゃんはなんだと思うのさ。言ってごらんなさいよ」


 妹が机を叩きながらのたまう横で、私はサングラスとマスクを装備して外を見た。そして、無言で窓を指さす。


「……なに? なんか、暴れてる男の人がいるけど……」

「気になるなら見に行ってくれば。ただし、近づき過ぎちゃだめ」


 どうせ止めても行くに決まっているのだから、最初に釘を刺しておいた。案の定、妹は嬉しそうに出て行き、程なくして戻ってくる。


「どうだった?」

「なんか、『俺の女がいなくなった』って騒いでる人がいて、警察来てたよ。大変そうだなあ」

「その騒いでるの、今回の依頼人」

「え?」


 私がそう言うと、妹の顔からさっと血の気が引いた。


「ま、マジで?」

「そう。私のことが好きだったみたい。書いてあったデートの予定、私を誘ってどこかに行くつもりだったんじゃない?」


 依頼人の日記帳には、私に対する悪意はなかった。そのかわり、一方的な好意が書き殴られていたのだ。そして、彼の脳内では完璧なつもりである、告白までのプランも添えられていた。


 正直困った。今から急に仕事をやめても逆上されるかもしれないし、日記を読んだことがばれたらもっとまずい。幸い彼は告白の日だけでなく時間まで決めていたから、その時間までに逃げ出せていれば問題はなかったのだが。


「……たまたま日記が見られて運が良かったね、お姉ちゃん。そうじゃなかったら、面倒なことになってたよ」


 まだ青い顔をしている妹が言った。


「運じゃない。依頼人が会う前から私に好意を持ってたのはすぐ分かったから、自分で部屋の中を調べたんだって。……こういうケースがあると、女性っぽい言葉をメールに入れるのも考え物だなあ」

「え? まだ告白もされてなかったんでしょ? なんで、お姉ちゃんは好かれてるって分かったの」


 本気で不思議そうな顔をしている妹を見て、私はくすっと笑った。


「分かるって。やりこむことになった恋愛ゲームの主人公に、私の名前がつけてあったんだから」

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