第3話 難産~回復魔法~そして誕生

第3話 難産~回復魔法~そして誕生



「では、あしたはすとれーじのけんきゅうをしゅるど」


 と思っていたアルビスだったがそうはならなかった。

 その日の夜、いきなりベアトリスが産気づいたのだ。難産だった。


「うおおおっ、まだ回復師はこんのかー」


 コンラートが吠える。

 準男爵領というのは小さい。この町と村が二つ。人口は全部で500人ほどだ。

 一応産婆はいるのだが、前回のことを踏まえ、出産などに対応できる回復魔法士を大きな町から呼ぶ予定になっていた。

 そう、出産予定はもう少し先だったのだ。


 一応産婆もいるし、回復魔法士もいる。

 だが産婆は前回のことを考えると心もとない。そしてこの準男爵領で一番の回復魔法士というのがベアトリス本人だったりする。


 さすがに自分の出産の面倒はなかなか…


「うおおおおおっ」


 吠えるコンラート、男は役立たずである。


「うぐっ、大丈夫、自分で…何とかしますから、アニスさんは補助に回って…それで何とか…」


 アニスというのは産婆さんの名前。村では結構腕のいい産婆と評判のおばちゃんである。

 そのおばちゃんと協力して出産の準備を整えるベアトリス。


 母は強しである。しかし状況は悪い。


(お母ちゃん、苦しそうだ)


 アルビスもさすがに寝てなどいられない。起きてメイドさんに抱っこされていたりする。

 何とかしてやりたいとおもう。知識は豊富なのだ、知識は。だがさすがに出産補助の経験などはない。前世は男なので状況がどう推移しているのか分からないのだ。

 ただ分かる者もいる。


『かなり厳しそうであります。母上殿の精霊がかなり泡食っているようであります』


 そう、ベアトリスも精霊持ちなのだ。そして回復魔法士として活躍しているだけあって、精霊の方もその手の知識は豊富だったりする。

 その精霊から状況がよくないことを聞いてクロノが報告してくれている。


(こ、これは何とか回復魔法を成功させるほかない気がする…)


 アルビスは腹をくくった。

 トコトコと部屋の中に入り込む。

 当然捕まえようとする大人たちがいるわけだが、そこで捕まるほど間抜けじゃない。

 隙を見て大人たちをかいくぐり、母のベッドに近づき、そっとベアトリスの髪を掴んだ。


 ベアトリスは一瞬それを嬉しそうに見て…アルビスの頭をなでる。

 それで大人たちは無理にアルビスを外に出すのはあきらめた。

 アルビスがいる方がベアトリスが心強いのではと考えたのだ。


「うぐうっ」


 ベアトリスの苦鳴が響く。


『うわー、こいつはダメであります。吾輩より成長しているでありますが全然子供であります』


 クロノがそう評したのはベアトリスの精霊のことだった。

 ベースが水属性の精霊で、現在は二属性。精霊は他の人には見えないのでどんな姿をしているのか不明。

 普段はベアトリスのサポートなどして活躍しているのだが、契約者であるベアトリスがこの状態だとおろおろするだけでまともに動けないらしい。


 その話を聞いたアルビスはクロノに指示を出す。


(気合注入!)


『おー、であります』


 指示を受けたクロノがベアトリスの精霊の所に行って尾びれで〝びしっ! ばしっ!〟そして覚醒。

 このやり取りもアルビスにはクロノしか見えていない。

 いないが間にクロノを挟むことで意思の疎通はできる。


『普通はまず部屋の消毒から入るそうであります。しかし今回は陣痛がいきなりだったためにその処置ができてないそうであります』


『ふむ、とすると、かあさまの精霊さんはそれができるのかな?』


 なんとなく念話を覚えたアルビス。


『それは無理でありますな。精霊は独自に〝魔法〟を使うことはできないであります。魔法はあくまで人間のものであります。

 精霊の力は権能、そして魔法の補助であります』


 ちょっと〝あれ?〟と思ううところはあったが後回し。

 出産時の部屋やかかわる人の消毒は大事だ。精霊ができないならアルビスがやるしかない。


 アルビスは考える。


(魔法だ、消毒殺菌の魔法を使うんだ…魔力は万能…できる、出来る。いけ!【殺菌】!!)


 アルビスはイメージする。

 家電によくあるようなプラズマ的なあれを。

 見えない力が部屋中の雑菌細菌を攻撃して電気的に分解していく。そんなイメージ。

 アルビス(元日本人)のイメージなので多分にSF的、宇宙戦争的だったが。


 そしてそのイメージに魔力を流し込む。


 一瞬、弱い静電気のようなものが感じられた。何人かがキョロキョロするが大多数は気にしていないようだった。


(見えないけど…うまくいったような気がする)


『次は体力の回復をするそうであります。普段母上殿は体液治療でそれを成しているそうであります』


 むむむ、とアルビスは唸った。体液治療が分からない。

 当然だ、それは水魔法なのだから。


(だができる、魔法は万能なのだ)


 正直『いやしらんけど』とつけたい気分なのだがここは押し切る。できるのだ。

 そうして回復魔法をイメージする。


『おおっ、注意事項があったであります。強い回復は良くないそうであります、強すぎると体の修復が優先されて赤ちゃんが生まれにくくなってしまうそうであります』


 言われてハッとする。


(なるほど、産道が閉じたりするということか…)


 ではどういうイメージで行くのか。


(うーん、体調を観察しながら必要な回復を適宜投入するような感じかな…治療とか、体力回復とか…あと状態異常の回復とか?)


 アルビスはベアトリスの回復を祈って魔力を流す。魔力が生命力、回復力になって母の体にしみわたり、必要に応じてその力を発揮するイメージだ。

 痛みが強いようならそれを和らげるように、出血があるなら止血をイメージして、状態を監視しつつやんわりと回復をする。


(行け、回復!)


『おお、上手くいっているそうであります。これならいけるであります。

 あとは赤ちゃんが出てくるのを助けるのがいいといっているであります』


(どうやって?)


 魔力で赤ちゃんを引っ張り出すようなイメージが浮かんだが怖くてできないぞっと思う。


『いえ、これはフルクトスがやるといっているであります。普段、権能を使ってやっていることなのでこれならできるそうであります』


 フルクトスというのはベアトリスの精霊の名前だ。

 水属性の精霊の権能は『創水』という能力で、これはイメージ通りの水を作り出すという能力だ。ベアトリスは普段から飲み水などはこれで作っていた。

 だが作れるのは飲み水だけではない。

 例えば回復効果があり、細胞に潤いを与え柔軟性を上げ、潤滑油のような効果を持つ水も作れるのだ。


 ベアトリスは医療活動にも創水をよく利用していた。

 産道が狭く、赤ちゃんが通るのにきつい状態の時などに有効だったりする。

 じつを言えばベアトリス自身もそうで、前回赤子を失ったのもそのせいで難産になったせいであった。


 そして前回、手をこまねいて見ていることしかできなかったフルクトスという名の水の精霊は、忸怩たる思いを抱えていたのだ。だが指示がない状態でどうしたらいいのか。

 しかし今回はクロノとアルビスによって気合が注入された。クジラの尻尾でビシバシと。


 権能なら魔法ではないので精霊でも使える。

 別に禁止もされていない。

 ならあとはやるかどうかだ。


 その結果はすぐに表れた。

 部屋に赤ん坊の泣き声が響くことになったのだ。男の子の誕生だ。


「ほれ、あんたらぐずぐずしない、ポーション持っておいで」


 手伝いに来ていたおばさんのうち年配の人が声を上げる。

 ポーションというのは体の損傷を治す薬だ。魔力を含むもので、即効性があり、けがの治療などによく使われる。

 じつの所ベアトリスは出血していて女たちはそれを見て焦ってしまったのだ。


 慌てて動き出す女たち。


「まだだよ。もう一人いるよ。女の子だよ」


 その時アルビスの声が部屋をつんざいた。

 そう、赤ちゃんは双子。つまりあと一人。ここでポーションを使うともう一人が生まれづらくなってしまってかえって危ない。


 それに出血というのはびっくりするが人間が死ぬためにはかなりの量が流れないといけないのだ。血だまりもできていないような状態ならすぐにどうこうということはない。

 それにアルビスの魔法がやんわりとベアトリスの生命を支えているのだ。まず心配はない。


 再び臨戦態勢の女たちであったが二人目は出産補助水のおかげですぐに生まれ、元気な泣き声を響かせた。

 その子が生まれた段階でアルビスはイメージと魔力を強化してベアトリスの回復を行う。


 後産とかもあるのだが、さすがにそこまでは無理。


 アルビスは母が危険な状態でないことを確認してからぱったりと気を失った。電池切れである。


「ぼっちゃま!」


 その後アルビスは優しく抱きかかえられ、ベアトリスの胸の中に運ばれた。


「アル、ありがとう、アルに助けられたね…」


 ベアトリスはもうだめかと思うほどの苦しみの中でアルビスから不思議な力が流れ込んできたのを感じていた。


「もう大丈夫よ、あとは任せておやすみなさい」


 ベアトリスはあとは自ら指示を飛ばしつつ無事に後産を終えてこの大事業を完遂したのだった。

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