第2話 転生~新しい世界~新しい家族 

第1章 第2話 転生~新しい世界~新しい家族



 ベアトリス《ははうえ》はかなり美人な人だった。輝く金の髪を長く伸ばし、でも今は後ろで縛った美女である。


 そしてスタイルは…現状いいとは言えない。なぜならお腹が大きいから。

 つまり赤ちゃんがいるのだ。

 しかもこの大きさだと臨月ではないだろうか?


「かあしゃま」


 アルビスはトコトコと歩み寄ると足に抱き付いた。まだ二歳児だからね、それが限界なのだ。

 ベアトリスは嬉しそうにアルビスを抱き上げようとして…お腹が邪魔になってかなわず一緒のソファーに座ることになった。

 こうなると身長の低さも障害にならない。アルビスはベアトリスの大きなおなかに触って嬉しそうに撫でる。


 というかマジでうれしかった。


 耳とか当てると偶にボコンとけられたりしてそれがうれしくて顔がにやける。


「よかったわ、アルビス、きっといいお兄ちゃんになるよね」


「ええ、きっと、大丈夫です。アルさまはいい子ですから」


 メイドのフェリカがいう。

 昔からこの家の手伝いをしているおばちゃんである。現在ベアトリスに付いて回って彼女のフォローをしている。


 彼女たちのこの反応には当然理由がある。

 それはアルビスが最近まで全くなついてくれなかったからだ。


(うーん、申し訳ない~)


 アルビスは内心で謝ったりする。

 それは当然アルビスが転生者だったからに他ならないのだ。

 さらに言えばベアトリスが本当の母ではなかったからというのもある。


 アルビスの人生は結構波乱万丈だった。二歳児なのに。


 アルビスの母親はベアトリスの友人で、生まれたばかりのアルビスをつれてベアトリスを訪ねる途中で事故にあった。

 結構な距離があり、旅と言って支障がない行程だった。しかもこの世界まだ自動車とかはあまりなく馬車での旅なので大仕事である。

 その結果。かれらの乗っていた馬車は事故に会った。

 はっきり言って大破。アルビスは両親が命がけで庇ってくれたおかげで何とか難を逃れた。


 だが森の中での事故だ。危機的状況は変わらない。

 そう、文明レベルにふさわしく、この世界、大自然が多い。というか強い。

 そんな森なので血のにおいを嗅ぎつけて狼たちが寄ってきたりした。


 危機一髪である。


 そんな状況の中、赤ん坊の生存本能だろうか、はたまた走馬灯のような何かだろうか、あるいは亡くなった両親の祈りか。アルビスは前世の記憶を取り戻した。

 そしてみた。自分を食おうと襲い来る狼の姿を。


(なんにゃー、あたまにつのがあるやんけー)


 しかも口からちろちろ火が漏れていたりする。こんなものは地球にはいないのである。

 もちろん魔物でヘルハウンドさんとおっしゃる。


(となるとここは異世界か。異世界だな。異世界なら魔法があるよな、あるに違いない、あらねばならない。唸れ俺の中の小宇宙!!

 バリア発動!!!)


 口調はふざけているが本人は必死である。

 アルビスは前世ではかなりの読書家で、しかも乱読家だった。学術的なものからラノベまで、デコトラや銃火器にも詳しい。そういうレベル。

 興味の対象がバランバランともいう。


 なのでアルビスは魔力的なものがあることを前提にして魔法をイメージした。無いとデッドエンドなので他に選択肢はなかった。イチかバチかである。

 そしてそれは正しい魔法の使い方であったりするのだ。


 マナは万能の力。万物の根源。魔力の源。

 小宇宙が唸ったかどうかは知らないが、アルビスの思念は魔力を動かし自分の周囲にバリアを展開した。


 魔力で出来た不可視の壁である。


 しかし狼たちはあきらめなかった。野生に『ご飯をあきらめる』という発想はない。自分の命がかかっている時以外は。

 なので執拗にバリアに飛びつき、滑って落ちるを繰り返す。


 そして魔力は無限ではないのだ。

 いったんはほっとしたアルビスだったが魔力切れが近づく、実に数時間バリアを張り続けたのだから驚異的と言っていい。半端な魔法士にはできない芸当だ。

 気力でバリアを維持しつづける。

 この時の経験が『意志で魔力を従える』という真理をアルビスに刻み込んだのだから塞翁が馬である。


 そしてもう限界が…というその時に一人の男が二名の騎士を従えてやって来た。

 コンラート。ベアトリスの夫であり、自身の領地を訪ねてくる友人を出迎えようと出張ってきた準男爵様だったりする。


 コンラートはたちどころに狼たちを切り倒し、アルビスを救出した。アルビスはその時になってやっと気を失うことができたのだ。


◇・◇・◇・◇


 次に気が付いたのはコンラートの屋敷だった。

 そして最初に目に入ったのがベアトリスだった。

 アルビスはベアトリスのおっぱいに吸い付いていた。


「ごぷっ」


 思わず吹き出す。


「あらあらどうしたの? もうお腹いっぱい? じゃあないわね、すごく飲んでる」


 アルビスは本能には勝てなかった。

 生き返る心地だった。


 あとで知ったことなのだが、ベアトリスも最近子供を産んだばかりだった。だがアルビスと違いその子は生まれてすぐに儚くなってしまった。

 それ以来床に伏して起き上がれなくなっていたベアトリス。


 子供を亡くしたばかりのベアトリスにアルビスを見せるのは酷な話かもしれない。だがそれでもなお、それを押して会いに行かねばならないほどベアトリスの具合はよろしくなかったのだ。

 そしてその結果があの事故だった。


 両親を亡くした赤子は、同じく赤子を亡くした母親のもとに運ばれることで、二人そろって生きながらえることができた。

 奇跡の出会いだったろう。


 結果としてアルビスはコンラート、ベアトリス夫妻に引き取られることになった。アルビス・エレウテリアの誕生であった。


◇・◇・◇・◇


 さて、前世の記憶が戻り、同時に知性を取り戻したアルビス君。気になるのはここがどういう世界なのか。

 前世の自分がどうなったのか。


(前世のことは…思い出せない…)


 記憶喪失のような状態だろうか。知識はあるのに記憶がないのだ。やたら本好きだったような気はする。

 あと家族がいたことも覚えている。

 ただそれが何かの影のようではっきりとはしない。自分のかつての名前も出てこない。

 自分が地球で、日本で暮らしていたことは分かる。覚えているのではなく分かるだ。


 では逆にここはと考え、赤ん坊なりにあうあう言いながら情報収集に努めた。


 結果この世界は剣と魔法の世界であるらしい。とあたりをつける。

 建物などはしっかりした作りで、技術的にもある程度の洗練が見て取れる。


(となると文化レベルは低くないよな)


 ただ反面電化製品のようなものは存在しなかった。

 照明は動力不明のランタンのようなものだし、煮炊きは竈で行っている。薪だね、簡単に言うと。

 メイドさんが箒で床を掃き、雑巾で拭いている。

 一昔前の風景。そういう文化レベル。


 特筆すべきは魔法の存在だろう。

 メイドさんもベアトリスもふつうに魔法を使っているのだ。と言っても『着火』みたいな簡単なもので火をつけたり、とかだが。


 町には教会のようなものがあり、そこに行くときに見たのだが、車のようなものはなく馬車が走っている。というか引いているのが馬じゃないので馬車と言っていいのか分からないのだが、まあそういうものが普通に使われている。


 街並みも素朴で割と単純な造形をしている。

 ただアルビスの暮らす家は結構立派。

 周囲の人の話からコンラートは貴族、『準男爵』というやつで、この町と周辺の農村の領主であるらしいと分かった。


(中世、というほど未発達じゃないなあ、でも近代文明というにはちょっと足りない感じか…)

(文化レベルは低くない。でも文明レベルは高くない。と言った感じかな)

(たぶん魔法があるせいだな。その所為で文明の発達が地球と違う方向を向いているんだろう)


 詳しいことは分からないがそんな感じであると、とりあえずは認識した。


(まあ、お貴族様の家に引き取られたのは良かったのかもしれない。うん)


 お気楽なアルビスだ。

 亡くなった両親のことを思うとチクリと胸が痛んだが、両親と暮らしていた時はただの赤ん坊だったので思い出もない。

 記憶もかなりあやふや。悲しみようもないのだった。


 そんな状況で新生活がスタートしたのだが、アルビス君、中身が大人(いくつだったかは判然としない)なのでどうしても子供らしく母親に甘えるということができない。

 血のつながりがないというのも遠慮になってアルビスの評価は『とても大人しいいい子』というものだった。


 ベアトリスの方にしても自分がしっかりしていればアルビスの両親が事故にあうこともなかった。と思えば遠慮が先に来る。


 なのでちょっとぎくしゃくしてしまっていたのだ。


 その状況を変えたのがベアトリスの再びの懐妊。

 赤ちゃんが生まれると思うとなんとなく楽しい。

 しかもベアトリスに無理をさせてはいけないとお手伝いもする。

 大きくなっているお腹を見るととても幸せ。


 おかげでアルビスはこの家になじむことができた。

 と思われている。

 周りにね。


 でも本当には遠慮がある。知性がたかいということは無邪気にはなれないということなのだ。

 ただ生まれてくる赤ちゃん。その存在には素直になれる。子供にはそんな力があるのだ。

 アルビスは二歳だけどね。

 


 おかげで平穏で幸せな日々。

 この日もいつものようにベアトリスの隣に座って赤ちゃんを楽しみにするアルビス。


(赤ちゃんか…弟かな? 妹かな? たのしみー)


『あっ、吾輩分かるであります。男と女の双子であります』


 精霊にはそういうのは分かるらしい。


 アルビスはこの時素直に喜ぶべきなのか、はたまたクロノの頭にハリセンを叩き込むべきなのか真剣に悩んだ。

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