第48話 ペイパックタイムが始まります

「待たせたな」


 俺はミラに迫り来る触手を『無効』で防いだ。  


 間一髪。

 大急ぎで奴の結界を破ってよかった。


 見たところ、ミラに触手を伸ばしていた性格の悪そうな女が『ヒューマンジー』か。

 ヴェレスもそうだが、どうやら竜は癖の強い人物が多いらしい。


「なっ……貴様はほとんど人間の半竜!なぜここにやってきた!?わらわの結界をどうした!」

「状況は刻一刻と変化するんだよ。『石の棺』でおねんねしてて忘れたのか?『殲滅』!」


 襲い掛かろうとした女型の竜をアビリティで牽制。


「ぐっ……!逃げるな半竜!貴様もわらわのエサとなれ!」

「嫌なこった」


 『ヒューマンジー』が回避している間に、ミラを抱き抱えて『石の棺』から離脱した。

 

「おのれぇぇぇぇぇええええっ……!」


 奴にはとある秘密があり、そう素早く動けない。

 これでしばらく時間を稼げただろう。


 ある程度『石の棺』から離れたところで、ミラの状態を確認した。


「怪我はないか?」


 青い瞳を持つ狼の獣人は、傷ひとつない。

 それでも聞いておられずにはいられなかった。 

 

 俺は彼女を守るためにこのクソゲーをプレイしているのだから。


 それまで呆然としていたミラであったが、俺の姿を見ると、途端に表情を崩した。

 顔が赤くなり、瞳を涙で潤ませ──、


「レゼン、さんっ……!」 


 俺の胸に顔を埋めてくる。


「お、おい。泣くなよ。どこか怪我したのか?」

「ミラは、信じてました。絶対、レゼンさんが助けに来てくれるって……」

「ありがとうミラ。俺を信じてくれて」

「礼を言うのは、ミラの方です。ミラは、あの日からずっとレゼンさんに助けられっぱなしです」

「何をイチャイチャしているこの下等生物ども!」


 このままずっと抱き合っていたいという願いはお邪魔虫によって阻まれた。

 ゆっくりと歩いてきた『ヒューマンジー』がこちらに追いついたらしい。


「お前も、その獣人も……みんなわらわが喰ってやる!皆殺しだ!」


 スマートな人間態にも関わらず歩みは遅い。  


 だが、触手を持っている以上油断もできないか。


「もう少しだけ、待っててくれ。あいつをしばいてくる」

「必ず……必ず帰ってきてください!」


 ミラにしばしの別れを告げ、俺は『ヒューマンジー』の元へと向かった。


 

 ****



「ヒヒヒヒヒ……!小賢しい半竜よ、わらわは一度お前に礼が言いたかったのだ。殺す前にな!」

「礼?」


 白い灰が降り注ぐ地で、俺は解き放たれたばかりの竜と対峙する。

 人形と見まごうほどの美貌だが、内に秘めた魔力と暴力性は相当なものだ。

 こっちにも殺意がビンビン届いている。


「そうだ。わらわはあの獣人の父に『石の棺』へ閉じ込められ、苦痛の中で眠りについていた。それを目覚めさせたのが、お前の使った竜の力だ……!」

「竜の力……」


 俺は大体の事情を悟った。


 この世界に来て最初の日、俺はペトロを殴るために『竜の血脈』を解放した。


 あの時解放した力で『ヒューマンジー』は目を覚まし、『石の棺』からの脱出と、自らを幽閉した人間への復讐を決意したようだ。

 ゲームとは違う展開になったのはそのせいか。


「『腐染獣』の群れが突然暴走したのもお前の差し金か」

「あぁそうだ。お前が本当に竜の血を受け継いでるかどうか、確認したかった。お前はわらわの期待通りの力を示してくれた。だから、今日までずっと待っていたのじゃ。『石の棺』を破れるまで体力を回復させ、『セマルグルの杖』を喰らって復活する日まで……!」


 『ヒューマンジー』は口から大量の触手を吐き出した。

  

「お前を殺して吸収して、わらわは竜として完全な復活を遂げるのじゃ!死ねぃ!」


 押し寄せる黒い触手の奔流。


 俺は直前まで触手を引きつけ──、


「さぁて。それはどうかな?」




 新たなアビリティを発動した。

 


 ****



「ヒヒヒヒヒ……!これでわらわも……あれ?」


 俺を完全に殺したと思い込んだ『ヒューマンジー』がきょとんとした顔を浮かべる。


「あ、あやつはどこじゃ!半竜め、どこかに隠れたのか?『上級探知アドバンスド・サーチ』!」


 アビリティを発動して俺を探索するが、どこにも見つからないようだ。

 手当たり次第周囲を触手でつつくが、虚しく空を切るだけだ。


「ええい忌々しい!わらわは今から恐怖の存在となって世界に破滅をもたらすのじゃ!お前のような小物に関わっていられるか!」


 苛立つ『ヒューマンジー』を見て、俺はアビリティの威力を確認する。


 自分の体を見ると──、




 何も映っていない。

 無色透明だ。


 『透明インビジブル』。

 シンプルだが、竜の目も欺けるなら強力なアビリティだ。

 暗殺や襲撃にも向いてる。


 

「これまで散々好き勝手してくれたようだな『ヒューマンジー』。特に、ミラを傷つけようとしたのは許さん」

「ひっ!わらわは竜なのだぞ!人なんぞいくら殺したっていいではないか!」

「そうか。それが、竜の答えか」


 俺は懐にしまっていた武器を取り出す。




「ならば教育が必要だな」


 『ペルーン』ではなく、久しく使っていなかったメリケンサックで。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る