第43話 勝負の後に待ち受けるもの

「そこまで!勝者、ミラ・クリスとレゼン・ヴォロディ!」


 その後ペトロ・オレクシーに良いところは一つもなかった。


 フィールドに放った『鬼』は1つを除き俺によって破壊され、最後の1つもフィールド外に飛び出してしまい無効となる。

 ペトロ陣営のスコアは、レゼン陣営陣営が1001点なのに対したったの7点。

 たったの1分の行動で決着はついてしまった。


「やりましたね!レゼンさん!」


 結果を聞いて喜びを爆発させたミラがこちらに抱きついてくる。

 むぎゅ……

 大きな胸を遠慮なく押し付けてきた。


「やわらけぇ……」

「?どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。俺が勝てたのは、ミラのおかげだ。ありがとう」

「はい。ミラも、レゼンさんのおかげでここまで来れました。もう、一生離れません」


 俺とミラは、そのまま数分間抱き合った。


「ミラさんだけずるーい!」

「私たちにも愛を分けて~~~!」


 周りの冷やかしももっともだが、今は忘れよう。


「あはは……ミラたち、バカップルですね」

「構うもんか」

「そうですね。ミラも、へっちゃらです」


 


 ずっと助けたかったヒロインの笑顔。

 今日はこの世界にきて一番楽しいと思えた日だ。


 たとえ戦争が避けられなかったとしても、今日この日だけは楽しい思い出として覚え、時折振り返ってミラと笑いあえるようになりたい。


 それが俺の望むハッピーエンドなのだから。

 


 ****



 ある程度状況が落ち着いた後、がっくりと膝をついたペトロの下へ向かった。


 取り巻きも全員逃亡し、平原の端っこでただ一人膝をついている。

 傍らには一度も使うことがなかった『セマルグルの杖』が転がっていた。


「か……きくくくく……おぉおお……べぁ……ぶ」

「何言ってるかわからないぞペトロ」

「ぼ、僕は……どうなるんだ?」

「事前に言ったとおりだ。お前は退学となり、これまでの悪事はすべて暴かれ、『セマルグルの杖』も俺の手に渡る。おとなしく法の裁きを受けるんだな」


 俺は淡々と言い放つ。


「お前は主人公たる資格がない。だから、俺がお前の全てを寝取る」

「……」

「心配するな。寝取ったものは、お前の代わりに全て守って見せる。だから安心して……」

「……まだだ」

「はぁ?」

「まだ、勝負は終わってない……!」


 ペトロはフラつきながらも立ち上がり、再び森のほうへと歩き出した。

 口はだらしなく開き目は狂気で血走っている。


 明らかに近づいたらダメな人だ。


「まだ、プラチナの『鬼』が見つかってない!あれ1つで1000点にもなるんだ!あれさえ破壊できれば、僕はまだ逆転できるっ!」


 おいおい正気か?


 プラチナの『鬼』はこの競技の一発逆転要素として用意されたもっとも得点の高い球。

 だが、その分動きは非常に激しく不規則で、ほとんどの場合誰も取らずに終わる。


 今回もフィールド外まで飛び出して行方不明になってしまった。


 ゲームの制限時間も過ぎているし、今更探したところで勝敗が変わるはずもない。


「僕は……僕はまだ英雄になれるんだ……!アナスタシアの男になれるような、立派な……!」

「まだ分からないのか?お前はアナスタシアが理想とする人間になれていない!むしろ逆方向の──」

「うるさいうるさいうるさぁぁぁぁぁぁいっ!獣人がいなければ僕はアナスタシアと幸せになれたんだ。それを……こんなことでぇぇぇ……」


 もはや完全に狂ったというべきか。


 不思議な気分だなぁ。

 自分が10000時間操作してきたキャラクターが、ガワだけといえ落ちぶれていくのは。


 殴る気にもなれない。


「勝手にしろ。もう付き合いきれん」


 俺はペトロから背中を向け、皆の元へと帰っていく。


 教師陣に通報して対処してもらおう。

 帰ったらミラやみんなと祝賀パーティーをして、その後は──、







 ズゥゥゥゥゥゥゥゥン……


 その時、突如遠くのほうで爆発音が聞こえた。

 かなり遠方のようだが規模はでかい。

 周囲の鳥が飛び立ち、大地は震える。


「なんだ……?」


 振り返ると黒い煙がもうもうと空まで立ち上っている。

 周囲の地形に邪魔されて良く見えないが、何かが爆発したようだ。


 でも、なにが?

 ゲームではレゼンを『鬼ごっこ』で破った後そのままクエストクリアになった。

 爆発など体験したことがない。


 爆発があったのは第二次ヴラス帝国の国境方面、『竜の遺骸』で汚染された街リビチョブがある地域だ。

 あそこには暴走した『竜の遺骸』を封じ込める『石の棺』遺骸は何もない無人地帯のはず……




「ヴォォォォオオオオオオオオオオオオオオッ……!」


 聞くものを全てをぞっとさせる唸り声。

 ちょうど爆発がおこった地点からだ。


 怒り。

 嘆き。

 憎しみ。


 ネガティブな感情を全て内包したような、聞くものをぞっとさせる獣の声。


 シナリオにない存在。

 ゲームで体験したことがない想定外の出来事。


「まさか……」


 俺は懐にしまった『ペルーン』に手を伸ばす。


 

 

「今からエクストラボス戦でもやろうってか?」

 


 ****



「ヴォォォォ……」


 黒煙の中に何かが潜んでいた。


 眼光を光らせ、全身をきしませ、口から黒煙を吐き出しながら何かを一心不乱に見つめている。


 視線の先にあるのは、銀髪の青年が持つ武器。




 『セマルグルの杖』であった。

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