第42話 動くときは一瞬(後編)

「もう少しで大量スコアゲットだ!突撃ぃいいいいいいいいいいっ!」


 なけなしの名誉とプライドを賭けたレゼンとの対戦が始まって約15分。


 ペトロ・オレクシーとわずかに付き従う従者8人は、疲労困憊の中でようやく成果を得ようとしていた。

 チーム全員がアビリティを連発して逃げ回る『鬼』たちの行動を制限し、なんとか森の一角で包囲したのだ。


 あとはペトロが『四重奏カルテット』を使って『鬼』の大多数を破壊するだけ。

 

 勝負はペトロ陣営の勝利に終わり、退学の危機も免れるはずだとペトロは夢想している。

 この学校にとって『決闘の掟』は絶対なのだから。

 

「くくくくくくっ。やはり、獣人が人間に勝つなんてあり得ないんだ……!獣人は汚らわしい存在なのだから……!」


 『セマルグルの杖』を『鬼』に向けながら、銀髪の美少年ペトロ・オレクシーは自らの正しさを確信する。

 



 彼が獣人を憎むようになったのは今から3年前。


 オレクシー家の屋敷を出て散歩していたペトロの目の前で、獣人の女の子がガキ大将にいじめられていたのを目撃した時だ。


 ──やーい、よそものは帰れよ!

 ──いやっ……誰か!助けてください!


 第二次ヴラス帝国軍の侵略で避難を余儀なくされ、オレクシー家の領地に避難してきた獣人の一人だ。

 まだ少年だったペトロの脳裏に、2つの選択肢が浮かぶ。


 彼女を助けるべきか、そのまま見捨てるか。

 ペトロは数十秒悩み、そして決断した。




 自分には直接関係ない人間だ。

 放っておこう。

 獣人は嫌いではないが好きでもない。


 ──あんた!か弱い女の子をいじめるなんてサイテーね!英雄のあたしが成敗してやる!

 ──ぎゃあっ!凶暴女のアナスタシアだ!逃げろおおおおお!


 ペトロがその場を離れようとしたとき、避難民の一人であるアナスタシア・コザークがガキ大将をとっちめ、獣人の女の子を救った。

 ガキ大将を追い払った後、傍観していたペトロの下へスタスタと歩く。


 ペトロは心臓が早鐘のようになるのを感じた。

 避難民の中でもとりわけ美しいアナスタシアに恋心を抱いていたからだ。

 これまで何度か声をかけ、彼女の気を引くことに成功していた。

 

 ──……なんで助けなかったの?

 ──いや、その僕は屋敷に帰って通報をしようとしたんだ!それで……

 ──嘘までつくのね。あなたのことは少しは頼りになると思ったんだけど……見込み違いだったようだわ。

 ──ま、待ってくれ!僕は君のことが好きなんだ!あんな獣人のことなんてどうだっていいじゃないか!

 ──さよなら。


 アナスタシアは一度も振り返らずに去っていく。

 こうしてペトロの淡い初恋は終わった。

 ぽっかりと空いた心の穴を、怒りと憎しみが埋めていく。




 好きな子に振られてしまった。

 僕は何も悪いことをしてないのに。

 



 全部獣人のせいだ。




 ささいな選択ミスでペトロ・オレクシーは道を踏み外し、矯正される機会もなく今日を迎えた。

 

 「アナスタシア、強情な君もいずれ英雄となった僕の魅力に気づくはず。その時は抱いてあげるよ!」


 その身に決定的な破滅が迫っていことを、彼はまだ知らない。



 ****



「……あいつもどこかで選択肢を間違えたんだろうな、多分」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。根拠のない想像だ……」



 俺は10分ほどの休憩を終えて立ち上がった。

 『ペルーン』を手に取り、臨戦態勢を整える。



 

 舐めプせず普通にやってもよかったが、この勝負で『伝説』と呼べるものを1つ作りたかった。


 ペトロ・オレクシーが主人公であることを放棄したからだ。

 俺が主人公になり替わるのに際し、いくつかの『伝説』を作る必要がある。


 いつの時代も『伝説』が人々の心を動かし、侵略者に対する抵抗を呼び起こすのだ。


「さて、そろそろペトロも『鬼』たちを追い詰めた頃だろう。俺たちも行くとしよう」

「そうですね。ペトロさんたちも疲れたでしょうし、この不毛な争いを終わらせましょう。『狼変異ウルフ・バリエイション』!」


 ミラの全身が青いオーラに包まれ、狼へと生まれ変わる。


 周囲で見守っていたギャラリーがどよめくのを背中で感じながら、俺はミラの背中に飛び乗り、命じた。


「1分以内で終わらせよう」


 狼に変異した少女は返事の代わりに唸り声をあげ、後ろ足に力を込めた。


 そして──、




 全力で走る。


 平原を疾走し、幅の狭い川は飛び越え、やがて名もなき森まで。

 人間が10分かけて到達した場所に約30秒で追いついた。 




「さぁあああああああああ!これでフィニッシュだぁぁああああああああああっ!」


 ペトロが叫んでいるのが聞こえてくる。


 場所は森のはずれ。

 数人で『鬼』たちを追い詰め包囲しているようだ。


 頼まれたわけでもないのに大量の『鬼』を一か所に集め、狙いやすいようにしてくれている。

 

 ──まるで勢子せこだな。


 森で一番背の高い木にミラをジャンプさせながらそう思った。


 集団で狩猟を行うとき、撃ち手が狙いやすいよう動物を一か所に集める集団を勢子という。

 今回の場合、俺が撃ち手で、ペトロたちが勢子だ。


 苦笑しながら、下にいるペトロに声をかける。


「ご苦労だったなペトロ。勢子の役割を立派に果たしてくれて」

「き、貴様はレゼン・ヴォロディ!?いつの間に……ぜぇ……ぜぇ……」

「狼は人間よりもはるかに早いスピードで走る。100キロ以上走ってもほとんど疲労しない。すでへとへとの誰かさんと違ってな。俺たちは、『鬼』を狩る最後の瞬間だけ働けばよかったのさ」

「くっそぉぉぉぉぉ……」


 口から泡を吹き出しているペトロから、その周辺にいる8人の仲間に声をかけた。

 全員女性のため体力がなく、ペトロ以上に疲弊している。

 何人かは今にも倒れそうだ。


「お前たちもこれで分かっただろ?一部の身体強化アビリティもちを除き、獣人嫌いなぞ非効率なだけで誰も得をしない。これでも、人間だけで戦争がしたいというのか?」


 敗北を悟った少女たちは続々と膝をついた。


「……確かに、そうかも」

「わたしたち、なんで意地張ってるんだろ……」

「レゼンさま、許してください……」

「お、お前たち!?このペトロ・オレクシーを裏切るのか!?」

「だってぇ……」


 仲間割れを始めたペトロ陣営を眺めながら、俺は『ペルーン』を取り出す。


「周辺にある『鬼』を全て掃討しろ!『殲滅アナイアレイション』!」


 目に見えない光弾が数十発飛び出し、飛び回っていた『鬼』を次々と落としていく。


 


 こうして勝負は一瞬で終わり、ペトロ・オレクシーの破滅が確定した。


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