第38話 裁判はすぐに終わりました
「くそっ!レゼン・ヴォロディめ!どんな魔法を使ったんだ。誰も、誰も救世主たるこの僕につかないなんて……!!!みんな、第二次ヴラス帝国のスパイなのか?」
自らの進退がかかっている裁判当日を、ペトロ・オレクシーは心身共に最悪の状態で迎えた。
この国の救世主と自負している自分に味方する者がほとんど現れなかったのだ。
──帰れよ!おまえは『いじわるペトロ』から『負け犬ペトロ』に降格だ!
──すみませんペトロさん。もう、あなたに味方するのは無理です……
──あんたのせいで獣人に反感を持ってるって逆に言いづらいんだけど!無能な働き者って、あんたみたいなことを言うんじゃない?
元からペトロに反感を持っていた者はもちろん、決闘騒ぎ前にペトロと仲良くしていた者もほとんど見かぎられた。
内心獣人嫌いの学生も『ペトロのような泥舟につきたくない』と公言して距離を置いている。
なんとか10名前後のみ味方として確保できたが、500名もいる『メリホスト騎士団訓練校』ではほとんど役に立たないだろう。
選挙とは、始める前に99%勝敗が決まっているものだ。
「……もう、どうでもいい。せめてレゼンを道連れにしてやる……!」
敗北を悟ったペトロは懐に『ズメイの短剣』を忍ばせていた。
刃に人間を死に至らしめる猛毒を塗った暗殺用武器。
あらゆる治癒アビリティを無効化するため、刃が少しでも肌に触れれば助かる道はない。
「くくく……この武器は、多くの探知アビリティをくぐり抜ける特殊な偽装魔法が施されている。見てろよレゼン・ヴォロディ、一瞬でも隙を見せた瞬間が、お前の最後だ……!」
ほぼ正気を失いかけていたペトロは、ニタニタと笑いながら『学校裁判』の舞台となる屋内訓練場へ向かった。
そして──、
「はい。懐の『ズメイの短剣』没収ね。ソーニャ先生、このろくでなしのボディチェックもお願いします」
「……え?」
「分かったのじゃレゼン候補生!ソーニャが開発した魔力センサーで隅々チェックするのじゃ!」
「いや、あの……」
「さあ来い」
「ええええええええええええっ!?」
入り口であっさりと没収された。
****
学園編の山場といえる『学校裁判』は、3〜4時間ほどの大ボリュームが用意された特別クエストだ。
さまざまな証拠を突きつけて原作の悪役であるレゼン・ヴォロディを追い詰め、主人公ペトロ・オレクシーを無罪とし、ミラの名誉を回復する。
が……今回はショートカットさせてもらう。
──死ねえぇええええええいペトロ!!!
原作からして、追い詰められたレゼンが懐に忍ばせていた『ズメイの短剣』でペトロを狙う裁判もへったくれもないオチだし。
予想通り今回はペトロが『ズメイの短剣』を持っていたので没収し、裁判前に聴衆の前で公開した。
「裁判の前に、皆に悲しい事実を告げなければならない。ここにいるペトロ・オレクシーは、『学校裁判』の舞台にあろうことか武器を持ち出した!この学校の騎士道精神のみならず、人間と獣人が共存するスラヴァ王国の理念すら汚す卑怯者である!」
効果はてきめん。
「この人殺し!獣人はおろか人間にすら殺意を向けるなんて!」
「お前なんか学校からいなくなれ!」
「えんがちょ!えんがちょ!」
静かだった裁判場は怒りの場と化し、ペトロは学生全員から罵倒された。
「す、すみませええええええん!でも、違うんです!これは第二次ヴラス帝国の陰謀か何かに違いない!僕は騙されて……」
「くたばれええ!」
「へぶううううっ!」
何かを語ろうとしたペトロの顔面に教科書が飛んでくる。
強かに顔面を打って床に倒れ込むペトロに対し、聴衆は叫び続ける。
「「「帰れ!帰れ!ペトロは帰れ!」」」
「「「よわよわペトロ!ひきょうなペトロ!人殺しペトロ!」」」
数十分後、事態を重く見た委員会により鎮静化が図られ、裁判はようやく開始。
「ペトロ・オレクシー。あなたは、自分の命令を聞かないミラ・クリスに暴行を振るったことを認めますか?」
「そ、それは……」
「「「嘘つきペトロ!」」」
「み、認めます!僕は自分勝手な理由でミラ・クリスに暴行をふるいましたぁぁぁぁぁぁぁ!」
聴衆のプレッシャーにペトロは抗しきれず、やむなくほぼ全ての反抗を自供。
「わ、わたしもペトロさんに学校をやめるよう脅されました!やめなければ……口にできないようなひどいことをすると脅されて……!」
ペトロの新たな罪状を話す獣人学生も現れ、裁判はさらに紛糾。
もはや裁判ではなく私刑の様相となった。
「や、やめてくれぇぇぇぇぇ……!僕は英雄なのに、どうして……どうしてこうなるんだぁぁぁぁ!レゼン・ヴォロディに、何もかも寝取られるなんて……!」
数日続いた裁判で、『メリホスト騎士団訓練校』のホープとされたペトロ・オレクシーの名誉は完全に失墜する。
ペトロは人間と獣人共通の悪役となり、舞台の上で踊り続けた。
このような裁判が1週間続いた後、学生の投票結果が全校内に発表される。
レゼン支持 486
ペトロ支持 9
ペトロに対する処罰は避けられない状況となった。
****
「お、お願いだレゼン!このままでは、僕は学校追放はおろか逮捕されてしまう!大貴族オレクシー家の養子であるこの僕が……!」
裁判に決着がついた日の夜。
とある教室に軟禁されていたペトロは俺を呼び出し土下座した。
明日には正式な処罰が決定するため、これまでの悪事も全て学校の外に公開される。
そうなれば人生の終わりだ。
「ムシの良い話だな。ナイフで俺を殺そうとしたのに」
「違うんだ。あれは僕が自分の罪を自覚し、自決のために用意して──」
「嘘をつくなら交渉は決裂だ」
「ごめんなさい!本当はあなたを殺そうとしました!土下座でも何でもするから許してください!」
もちろん、許されるはすがない。
だが、こいつから寝取っておかなければならないものが、あと1つだけ残っている。
主人公の座。
ヒロインとサブヒロイン。
学校全体。
名誉。
最後の一つは……
「ならば、最後に一度だけ名誉を挽回するチャンスをやる。ただし、失敗した場合は、お前の大事なものを1つもらおう」
「だ、大事なもの?」
「ああ。それは……」
俺はペトロの耳元で囁く。
「お前の大切な武器、『セマルグルの杖』だ」
かくして、ペトロ・オレクシー最期の戦いが幕を開けた。
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