第四章 ヒロインと学校を救いました

第36話 元主人公side:ペトロは捕まりました

「や、やっと帰ってこれた……!青く清浄なる人間の花園に!僕は、帰ってきたんだ!」


 5月7日。


 永遠の長さに思えた謹慎期間を終え、ペトロ・オレクシーは『メリホスト騎士団訓練校』の正門前にたどり着いた。


「見ていろレゼン・ヴォロディ……お前のようなスパイにこの王国の未来を託すわけにはいかない……必ず人間の学生と力を合わせ……いたたたたたた!」


 冬にはマイナス数十度にもなるスラヴァ王国にとってまだ肌寒い季節で、顔に刻まれたペトロの傷を冷たい風が苛む。


「くそっ!とっくに完治しているはずなのに、どうして時折傷が痛むんだ!死ね!」


 ペトロは何度かさすってようやく痛みを紛らわし、怒りに任せて近くにある木を蹴った。


 元々心の中に怒りを飼っている人物だが、近年はより怒りが激しくなり、自信でもコントロールが難しくなっている。


 その過激な思想は獣人に反感を持つ人間すら嫌悪感を覚えるほどであったが、本人はいまだに気づいていなかった。


「僕はあの学校から、いや国中から獣人を全員追い出すんだ……!人間だけでスラヴァ王国を守り、そして……この国の英雄に……!ん?」


 そんなペトロが『メリホスト騎士団訓練校』の正門を抜けて学校内に入った時 ──、




「ケ、ケモ耳カフェ開催中で〜す!キーウィの名物居酒屋『なべかま』亭の娘、ミラ・クリスが営業中してま〜す!」

「よっ、そこの姉ちゃん!ツバメの獣人ことルース・ヴォイコの背中に乗って演習場を見て回らないかい?一回500ゼニーだよ!」

「……タチアナ・オストロジュが作った『人魚の生け簀いけす』よ。いつもはロジーナだけに見せてるけど、特別に公開するわ。値段は300ゼニー、網が破れるまでは魚をすくっていいわ。わたし?すくえるものならすくってみなさい」


 獣人の学生による大規模な祭りが開催されていた。

 

 メイド服を着たケモ耳娘。

 鳥をかたどった衣装に身を包んだ鳥人。

 人工的に作った湖の中で泳ぐ人魚。


 それ以外にも多数の獣人が集い、人間の学生に自らの特徴を活かした屋台を開いている。


「すご〜い!鳥の獣人だってあんなに素早く空を飛べるんだ!誰かと『エレメント』を組もうかしら?」

「ミラ・クリスさんのカフェが素敵なんですって!行きましょ!」


 人間の学生は屋台を次々と訪れ、楽しそうに笑顔を浮かべながら、さまざまな催し物を楽しんでいた。




「な、何があったんだ……?僕の……僕の学校が獣人に寝取られているっ!!!」


 愕然としたペトロは近くにいた人間の学生のもとに走った。

 ルースの催し物のスタッフをしている人間の娘、レーフ・コヴァルのもとへ。


「参加する場合は事前に500ゼニーを支払うのがよくってよ!列は一列に並んでくださいまし〜!」

「レーフ!これはどうなってるんだ!どうして人間と獣人が仲良くしている!?」

「あ、あなたは……ペトロ・オレクシー!?」

「そうだ説明してくれ!レゼンとかいう奴に脅迫されたのか?なら僕に任せろ!あいつらを追い出して……」

「いやっ!誰か来てください!『いじわるペトロ』が学校に戻ってきましたわ!」

「……え?」


 レーフの手をつかもうとするペトロだったが、冷たく振り払われる。

 彼女の悲鳴を聞いて幾人かの学生がやってきた。


 人間と獣人数人ずつのグループ。

 全員が手に武器を握り、敵意を抱いている。

 腕章には『イベント警備係』と書かれていた。


「今更何しにきたんだっ!」

「あんたのせいで学園は一時期めちゃくちゃになった!もう来ないでくれ!」

「私たちはレゼン候補生のもとで団結するんだから!」

「き、君たちは何を……そうか!レゼン・ヴォロディ候補生に洗脳でもされたんだな!そうでないと獣人とイベントなんて頭がおかしいこと──」

「「「みんなでこいつを捕まえろ!」」」


 『イベント警備係』を狼狽えるペトロを押さえつけて制圧。


「は、離せっ!もしや貴様らも第二次ヴラス帝国軍のスパイかっ!」

「なんですって!」

「こいつ全然反省してないじゃん!」

「もう一回病院送りにしてやれ!」


 せっかく完治したペトロの全身に、新たな傷が刻まれていく。




「ぎゃあああああああっ!また僕の美しい顔に消えない傷が〜〜〜〜〜っ!」


 ペトロ・オレクシーの災難は始まったばかりであった。



 ****



「せっかくの楽しいイベントに乱入者か。困ったものだな」


 人間と獣人が親睦を深めるイベント、『メリホスト祭』実行委員会が拠点を構える教室にペトロ・オレクシーが連れてこられたのはお昼過ぎであった。


 すでに砂や土に塗れており、ひと悶着あったらしい。


 本人は呆然とした表情を浮かべていたが、俺の姿を見て怒りの炎をたぎらせる。


「レゼン・ヴォロディ……何をやった!」

「何って、見ての通りだが?入学から約1月、互いに親睦を深めるレクリエーションが1つぐらいあってもいいだろ?ま、ほんの一部に不参加者が出たのは残念だがな」

「貴様……!」

「まぁいい。せっかく復帰して学校に帰ってきたし、そろそろ再開といこうじゃないか」

「再開……?」

「ああ」


俺は久しぶりに、悪役全開の笑みを浮かべた。




「ミラ・クリス候補生に対する暴行。つまり、ペトロ・オレクシー容疑者に対する学校裁判だ」

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