第35話 ヤンデレが友人の気持ちに気づいたようです

「スキルやアビリティを使わないなんて何を考えているかわからないけど、所詮は人間!水辺ではわたしに勝てないことを教えてやるわ!『水檻ウォーターケージ』!」


 勝負はタチアナのアビリティ発動から始まった。


 指にはめた『彗星の指輪』を通じて水属性の魔力が放出されていく。

 演習場の草原がみるみると沈んでいき、タチアナとロジーナの周囲を取り囲むように川が形成されていく。


 まさしくロジーナを守る水の檻といったところか。


 獣人は基本魔法を不得手とするが、タチアナのようにある程度のレベルまで使いこなせる者もいる。

 才能の形は色々ってわけだな。

 

「『人魚変異マーメイド・バリエイション』!」


 タチアナは再びアビリティを発動。

 虹色の鱗を持つ人魚に変異し、自らが生み出した川の中に潜んだ。


「本当は川の中からあなたを不意打ちするつもりだったけど、ロジーナを守るだけでいいなら川から出る必要もなさそうね!水の中に入ってきた瞬間、溺れさせてやる!」

「ほほう。俺好みの戦法だ。まるで悪役のようだな」

「何とでもいいなさい!わたしが……わたしだけがロジーナを守れるの!」


 川の中を素早く泳ぎながら、タチアナは叫んだ。


「第二次ヴラス帝国軍に故郷を追われたとき、わたしは全てを失った。パパやママも行方不明になって、避難先でも『よそ者の獣人』として冷たく扱われて……ロジーナだけがわたしに優しかった!」

「それが、ロジーナを守りたい理由か」

「そうよ!戦争なんてやりたい人だけが勝手にやればいい。わたしはロジーナを連れてどこかに潜んでいるわ。だから……ロジーナを戦争に巻き込まないで!」

 

 ヤンデレになるのも相応の理由がある。

 だが──、




 守りたいものがあるのはこちらだって同じだ。

 未来を知ってる以上、タチアナにも現実を知ってもらう必要がある。


「お前には悪いが、この勝負勝たせてもらう。それが最善の道だからな」

「どうやって?これは決闘よ。たった1人で、スキルやアビリティを使わないと宣言したあなたに──」

「分からないのか?」

「……え?」

「俺は、決闘に応じると言った覚えはないぞ。としか言ってない。お前にハンデを与えたのは、その見返りとしてだ」


 パチン。


 俺は指を鳴らし、背後にいる人物に呼びかけた。


「ミラ!」

「はい!『狼変異ウルフ・バリエイション』!」


 ミラ・クリスが青いオーラをまといはじめた。

 全身がひときわ大きく輝いたかと思うと──、




 色鮮やかな青い毛並みを持つ狼に姿を変える。

 体躯は通常の狼の数倍。

 しなやかな脚と鋭い牙を持つが、優しげな表情は変身前の彼女と変わっていなかった。


「人前で変異するのは久しぶりで……は、恥ずかしいです」

「恥ずかしがることはない。ミラは美しいよ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」


 大狼に変異できるユニークスキル『大狼の加護』。

 スラヴァ王国全土を誰よりも早く駆け、森に潜み、川を泳ぐ。

 現実世界の狼と同じくスタミナに優れ、1日100キロ走っても疲れない。

 

 俺は、狼に変化したミラにまたがった。

 人馬一体ならぬ人狼一体。


 ゲームよりだいぶ早い、ミラ・クリスとの連携である。

 暗殺チーム完成に必要なピースの1つ。


 ──ミラも、レゼンさんと一つになりたいです……!

 ──何で服を脱いでるんだ?

 ──えっ。

 ──えっ。

 

 ……昨晩は何かがあったようだが気にしないでおこう。


「さぁ、行くぞ!目標は、タチアナが守るロジーナのタッチだ!」

「分かりました!レゼンさんのために、ミラは頑張ります!」


 ミラは脚に力を込めて走り出す。


 早い。

 あっという間にトップスピード。

 全身に猛烈な風を浴び、思わず目を細める。


「飛びます!捕まっててください!」


 そして、川の手前で思い切り跳躍。


 演習場に生み出された川を一瞬で飛び越え、ロジーナの元へ向かった。

 

「まっ……!」


 事態に気づいたタチアナが妨害しようとするも、時すでに遅し。

 滑り込むようにロジーナのすぐ近くで着地する。


「れ、レゼン師匠!なんだかよくわかりませんが、ご迷惑をかけたようですみません!」

「気にするな。俺もよくわかってるさ」


 ロジーナの手に軽くタッチ。



 

 こうして、あっさりと勝負は終わった。



 ****



「くっ……こんなの卑怯よ」

「褒め言葉と受け取っておこう。だがなタチアナ、ヴラス帝国の人間はもっと卑怯、そして残忍だ」


 勝負が終わり、悔しそうにひざまづくタチアナに俺は語りかける。


「帝国の奴らは、約束やルールなど一切気にしないだろう。戦争が起こった時、お前がたった1人でロジーナを守り切れると言い切れるか?」

「……」


 タチアナはうつむいてしまった。


 あっさり『ペルーン』で勝ってもよかったのだが、彼女に現実を知らしめるためには、この形式が最善だった。


 たった1人では、戦争の惨禍から守りたい人を守れない。

 俺もこのゲームをプレイして痛感していることだ。


 「ごめんねタチアナ。あなたの気持ちに気づけなくて」


 沈黙してしまったタチアナに1人の少女が駆け寄ってきた。

 彼女の親友、ロジーナだ。


「でも……それでも……みんなを守るために戦いたいの」

「ロジーナ、戦争は怖いことなのよ?わたしはそれをよく知ってる。ロジーナに、傷ついてほしくない!」

「うん。でもね……」


 ロジーナはタチアナの頭をそっと撫でた。


「タチアナを守れるような人間になりたいの。3年前、戦争で傷ついたあなたを見た時に思ったんだ。こんな悲しいことを繰り返さないために強くなりたいって……タチアナが傷つくこと、わたすだってすごく怖いの」

「ロジーナ……」

「だから、わたすにも、タチアナを守らせてよ……ずっと一緒にいるから」

「うん……!」


 ヤンデレは親友の本当の気持ちに気づき、涙を流した。


 この2人は原作と同じく2人1組で行動する『エレメント』を編成し、スラヴァ騎士団の一員としてヴラス帝国軍を恐れさせることになるだろう。 


「というわけで、これからもお願いします師匠!」

「し、仕方ないわね。この学校にいる間は、わたしも師匠と呼んであげるわ。感謝しなさい!」




 学園寝取り条件その3:人間のロジーナ・ティモシェと魚の獣人タチアナ・オストロジュが真の友人となる 達成

 

 かくして、学園編で発生するクエストはあらかたクリアした。




 残るは、学園編のラストを飾るクエスト『レゼン・ヴォロディ追放』のみ。


 いや──、




 エクストラモードでは『ペトロ・オレクシー追放』か。



 ****



明日から新章かつ第1部のクライマックスに入ります!

よろしくお願いします!(^^)!

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