第33話 クエストには裏ボスがいるようです
「わ、わたすが帝国軍のご飯を食べる~~~!?」
「そうだ。不服か?」
「いえ、つい驚いたんだにゃ……じゃなかった、驚いたもので」
「驚くことはない。食べるものと武器がなくなれば敵は自然と逃げていく。今も昔も戦争の基本だ」
ロジーナ・ティモシェはゲームでは『大食いのロジーナ』と呼ばれている。
その役割は兵站破壊。
主人公ペトロに随行してひたすら敵の食料を奪うNPCだ。
共にクエストをこなして経験を積ませると、高純度の魔石を精製する『魔石精製・改』のアビリティを覚える。
彼女の役割は単純明快。
兵士数百人分の食糧を一切の痕跡すら残さず消し去ってしまい、戦場から帰ってメシにありつこうとした第二次ヴラス帝国の下っ端軍人を絶望させる。
基地に帰った後は戦闘で大量に浪費する魔石を補充し、味方を喜ばせる。
敵には絶望を、味方には希望をもたらすキャラクターだ。
証拠を残さないので隠密性が高く、敵に対策を講じる隙を与えないのもポイントが高い。
……というか、何度か食糧を奪ってると、ヴラス帝国軍人同士で勝手に仲間割れを起こして自壊をはじめる。
──ソウコニナニモナイゾ!
──オレノメシヲウバッタナ!?
──ウルセエ!ブチコロスゾ!
──メシ……ハラヘッタ……
もちろんそれだけで勝利とはならないが、戦争とはこのような小さな勝利を積み重ねていくものだ。
戦闘能力がないので使いどころを選ぶ必要はあるものの、今後訪れる『キーウィ防衛戦』で役立つに違いない。
暗殺チームに迎え入れる3人以外にも、いろいろな仲間を増やしていかなくちゃな。
「敵の物資を奪い自軍が使う魔石に変える……これぞ究極のエコだ!ユリヤ女王様も君の才能をちゃんと理解してこの学園に招き入れたのだろう。敵の飯を食い、スラヴァ王国を勝利に導くのだっ!」
「な、なるほど……!なんだか、自信が出てきました!」
ロジーナは元気を取り戻し、立ち上がる。
「戦闘に使えるスキルがない自分には何もできないと思ってましたけど、レゼン師匠のおかげで希望が見えてきました!タチアナにも話してみます!」
興奮した口調で寮から去っていった。
上手くいけばエクストラモードでも『大食いのロジーナ』として活躍してくれるだろう。
「今回も大活躍でしたね、レゼンさん!」
事態を解決したのを見て、ミラがニコニコと笑顔を浮かべている。
「いや……本番はまだこれからだ」
「本番?」
「ああ」
俺はきょとんとした顔を浮かべるミラに微笑みかけた。
「すまないが、また手伝ってくれないか?」
その後数日間、第8クラスは一見平和な日々が過ぎていくように見えた。
マリア先生も学生にきちんと騎士団の基礎知識を教えているし、レーフとルースが取りまとめる第8クラスの空気も悪くない。
だが、2つの変化が起きる。
変化の1つ目、ロジーナが病欠を理由に授業に現れなくなった。
変化の2つ目は──、
何者かにつけ狙われるようになった。
****
朝方。
ミラが起きる前に教室に来てドアを開けると、上から何かが降ってきた。
黒板消しである。
一応『無効』で防御。
何の罪もない黒板消しが無属性魔法の壁に阻まれて消滅する。
「やれやれ……備品を紛失したら、学生が経費を負担するってルールなんだがな」
机に行ってみると、一枚の紙に書置きがしてある。
スラヴァ王国で使われているリキル文字(ゲームプレイヤーは覚える必要がある)でこう書いてあった。
──このどろぼう猫。
男でもどろぼう猫っていうのかな。
まあ浮気どころか恋愛すらしたことないんだけど。
なんて疑問を抱きながら、俺は教室の後方を振り返る。
「君と俺との間で何か誤解があるようだが……一度話し合わないか?」
「……気づいてたの?」
「というより、最初から知ってたというほうが近いかな」
「……仕方ないわね。あなたはいつも何かを見透かしたような、先を読んでいるような行動をとる。気に食わないわ」
教室のカーテンの中から、一人の少女が姿を現した。
灰色の髪。
青白い肌。
美少女と言えるが、人を寄せ付けない鋭い目つきがたまにキズか。
背丈は年の割に小さい。
ロジーナ・ティモシェの親友にして魚の獣人、タチアナ・オストロジュである。
「ロジーナをどこにやった?」
「何もしてないわ。少しだけ『眠り薬』で眠ってもらっている。あと1日で目を覚ますわ」
「十分何かしているの部類に入ると思うが?」
「……悪いことをしたと思っている。でも、あの子はあなたの影響を受けて変わりつつある。放ってはおけないわ。それに……」
「それに?」
タチアナはにへら、と笑みを浮かべる。
「すやすやと寝入るロジーナって、とっても可愛いの!」
「……」
「ロジーナのことはおはようからお休みまで24時間365日見守ってるけど、こんなに長期間ロジーナの安らかな横顔を見たことはなかったわ!ロジーナの茶色の髪の毛も、くりくりとした瞳も、すべすべで真っ白な肌も素敵よね!食べちゃいたいぐらい!いいえ、ロジーナと一緒にいられるなら食事なんていらないわ!わたしはロジーナの胸に顔をうずめて甘い香りをすーはーすーはーしながら、この世界でロジーナに巡り合えたことを神様に感謝して、一生この子のそばにいさせてくださいと願い、泥棒猫は絶対に排除しなくちゃと誓うの!そしたら寝ているロジーナがね寝言でね……」
その後も彼女のマシンガントークは止まらない。
ゲームの通称は『ヤンデレのタチアナ』。
友人であるロジーナに異常なまでの偏愛を持つ人物である。
「で、俺をどうすると?
「はっ……あなた、わたしに催眠魔法をかけたわね!心情をべらべらと喋らせるなんて!」
「勝手に自白しただけだろ。で、何を求めてるんだ?」
「決まってるじゃない!」
びしっと俺に人差し指を向ける。
「どちらがよりロジーナにふさわしいか……決闘よ!」
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