第32話 才能は人それぞれ?

「ロジーナ・ティモシェと言います。わたす、前々からレゼン師匠のことは気になっていたのですが声をかけられず……申し訳ありません」

「……わたす?」

「あっ!すいません。地方の生まれでして、たまに言葉遣いが方言になっちゃうんです。はずかすえ……」

「……はずかすえ?」

「は、恥ずかしいって意味です……あはは。師匠の前で恥ずかしい」


 眼鏡をかけた茶髪の娘。


 ロジーナ・ティモシェは第8クラスの一員、人間の女性である。 

 クラス内で争いや対立を好まない穏健派を取りまとめている。

 同じく穏健派の獣人タチアナ・オストロジュとは親友同士。


 ゲームではサブヒロインポジションで、通常クエスト『少女のとある悩み』をこなすと戦闘で利用できる。

 

「ごほん。で、俺に何か用事があるのか?師匠というのも引っかかるが」

「そ、そのう……」


 ロジーナは髪を落ち着きなく触りながら話す。




「し、師匠に戦い方を教えてもらいたいんです!」

「戦い方?」


 クエストから大体の内容は知っているが、あえて知らないふりを装い、話を促す。


「ロジーナは国を守るために『メリホスト騎士団訓練校』にやってきました。でも、ユニークスキルが戦闘向きじゃないというか、もしかしたらあまり役に立たないというか……悩んでます」

「そうか……だが、ロジーナはどちらかというと穏健派だと思ったよ。戦いはあまり好きそうじゃないし、周りにはいつも穏健派のみんなが集まっている」

「それは、たまたまです。ロジーナは特に何もしていません」


 レーフとルースのように対立を深める過激派も問題だが、ロジーナやタチアナのような穏健派も問題とは無縁じゃない。

 ちょうど目の前を穏健派の学生3人が走っていく。


「授業だるいね~」

「終わったらキーウィに遊びに行かない?」

「賛成~」


 ……単純に言えばやる気に乏しいのだ。


 この学校は学費は無料、衣食住も完備、特定の作業をこなせば給料も出る。

 その結果多くの才能を持った学生が集ったものの、ずる賢いことを考える人間はいつでも現れる。


 ──無料で高等教育が受けられるから来たけど、危険な任務のある騎士団には入りたくない。

 ──卒業後は騎士団への任官を拒否すれば危険な任務に行くこともなくお得。

 ──今のところ騎士団任官を拒否しても罰則がないので、卒業後はどこかの工房や商会にもぐりこめばいい。


 というわけで、学園生活をゆるく楽しみたい穏健派が徐々に構成されているわけだ。


 もちろん俺にとっては見過ごせない状況だ。

 無理やり戦えとは言いたくないが、第二次ヴラス帝国が攻めてくれば学園生活や卒業後の進路どころではなくなるわけで……

 

「ロジーナも……戦うのは怖いです。でも、ここには戦うためのスキルを学びに来ました。穏健派の皆にも、この国の将来について真剣に考え、騎士団にも入ってほしいと願っています。だから、師匠に色々と教わりたいんです!」

「なるほど、信じよう。で、どんなユニークスキルを持ってるんだ?」

「それなんですが……」


 ロジーナは周りをきょろきょろと見回した。




 きゅうぅ。


 彼女のお腹が可愛い音を鳴らす。

 彼女の秘めたる能力は……




「お……大食いです!」

 

 確かに戦闘向きではないかも!



 ****



「ミラ・クリスです。今日はロジーナ・ティモシェ候補生の食べるスピードを計測させていただきます。はじめっ!」 

「い、いいんですか?

「レゼンさんも許可してます。遠慮なく!

「じゃ、じゃあちょっとだけ。あーむ……」


 寮の自室に招き入れたロジーナは、俺とミラが見守る中で、山ほど積んであるお菓子を食べ始めた。

 急遽校内の売店でありったけ購入したものである。


 ロジーナの全身が、黄色いオーラで包まれた。


「はむっ……」


 食べる。


「あ、おいしい……」


 食べる。


「これも、結構いいかも」


 食べる。


「ダイエット中だけど、もう一つだけ!幸せ〜〜!」


 食べまくる。

 テーブルいっぱいに積み込まれたお菓子が、小さな口の中にみるみる吸い込まれていく。

 人間の限界などとうに超えたスピードだ。


 フードファイターなんて目じゃないぜ。


「これがロジーナさんのユニークスキルですか……?」

「ああ。『大飯食らい』だな」


 『大飯食らい』:とてつもない食欲であらゆるものを食べ尽くす。ある程度の悪食も可能。体重には影響を与えない。


 食べるが好きな人には夢のようなユニークスキルだ。

 

「ごちそうさまでした〜……ってあれ?ここに何しにきたんだっけ……?」


 全て食べ終えたロジーナがふと我に帰る。


「あああああっ!わ、わたす、何一つ遠慮せずになんてことを……!」


 頭を抱え、がっくりと膝をついた。


「や、やっぱりこんなユニークスキルじゃ役に立たないですよね……」

「どうだろうな。『大飯食らい』で発動できるアビリティが1つあっただろ。

「は、はい。『魔石精製マジックストーン・ジェネレーション』!」


 ロジーナの体が再び黄色のオーラに包まれる。

 手のひらからいくつかの魔石が現れ、先ほどまでお菓子が積まれていたテーブルにぽとりと落ちた。


「火属性が7つ、水属性が3つ。でも、小さいんですよね……武器に使えるほど純度が良くなくて……」


 魔石は魔力を帯びた特殊な金属で、アビリティの制御や増幅に役立つ。

 純度の低いものは発火材や道具に、純度の高いものは武器として扱われる。


 俺たちメリホストの学生が使っている武器もほとんどが魔石を埋め込まれたものだ。 

 『ペルーン』にどんな魔石が埋め込まれているかは現時点で不明だが……

 いずれにせよ戦争では大量に必要となる。


 食糧と引き換えに低純度の魔石をランダムで生み出すのが、ロジーナの能力というわけだな。


「うぅ……タチアナの言う通り、故郷に帰ろうかな……」

「いや。あきらめるの早いぞロジーナ。もし本当にこの国を守りたいなら、ロジーナだけにしかできない仕事を与えられる」

「ええ!?本当ですか?それは一体……」


 俺はロジーナに与えたい任務を口にする。




「すなわち……ヴラス帝国軍の食料を食べることだ!」

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