第25話 暗躍を始めます

「やれやれ、生徒からの呼び出しとは面倒だな。堅物のマリア先生といい、変な情熱に燃えているレゼン・ヴォロディといい、何故戦争を起こそうとするのだろう……第二次ヴラス帝国に睨まれないよう、適当にやっていれば良いではないか……」


 第8クラスの担任、壮年の男性ラシム・グレンコは現在使われていない2階の空き教室に向かっていた。 

 丸い黒メガネとでっぷりとしたお腹が特徴の人間。

 スラヴァ王国の第一の規模を誇る菓子工房、『グレンコグループ』を経営するグレンコ一族の一員。


 早い話が金持ちのボンボンである。

 跡目を継ぐ可能性の低い傍系とはいえ、一般庶民よりはるかに裕福な生活を送ってきた。


 なので、何かと重労働な『メリホスト騎士団訓練校』の教務に忠実とは言えない。

 数年後適当に勤め上げた後にやめることを第一目標としている。


 業務の合間に訪れる趣味の時間だけが、彼の倦怠感を癒していた。

  

 ──ミラ・クリス候補生です。同室のレゼン・ヴォロディさんについて相談があります。2人きりでお話がしたいので、13時までに2階の空き教室に来ていただけませんか?


 そんな彼も、自分が預かっている第8クラスの生徒、ミラ・クリスから相談を持ちかけられたとあっては行かざるを得ない。


 重たい足を緩慢に動かし、古びた木造階段をぎしぎし鳴らしながら2階へと向かっている。

 


 

 ただし、彼には別の顔もあった。


「……もしかすると、ミラ・クリスが鬱陶しいレゼン・ヴォロディを退学に追い込む材料を持っているかもしれないなぁ。例えば、いかがわしい行為を強要されているとか?その時は『恭順派』に貢献したことになるし、もっと早くに辞められるかも……?」


 スラヴァ王国を二分する政治勢力。

 第二次ヴラス帝国の侵略を回避するため、かの国に最大限譲歩すべきだと主張する『恭順派』の端くれである。



 ****



 約3年前。


 スラヴァ王国東側に位置する第二次ヴラス帝国は、平和に慣れ切っていたスラヴァ王国に突如侵攻した。

 スラヴァ王国軍は弱体だったものの、英雄とされた『魔弾のイレーナ』など、現地の民兵が粘り強く交戦。

 だが、最終的に東部のクチィネド地方を含む領土の約1割を奪われる結果に終わる。

  

 その後スラヴァ王国西側にある大国同士の連合『エウロペ連合』の仲介により停戦となったものの、東部国境付近は小競り合いの絶えない不安定な土地と化した。


 いわゆる『大国の侵略にさらされる小国』となったスラヴァ王国では、2つの意見がぶつかり合うことになる。


 ──第二次ヴラス帝国の侵略に断固たる態度を取り、領土の奪還を目指す『抵抗派』。

 ──第二次ヴラス帝国に対し融和的な態度をとり、これ以上の侵略を防ぐ『恭順派』。


 当初は現国王ニコラスを旗頭とする『恭順派』が主流を占めていたものの、『抵抗派』はニコラスの娘ユリヤを中心に巻き返しを見せ、ついに『メリホスト騎士団訓練校』の復活にこぎつけた。


 ──いまだ軍事力に大きな影響を与えるスキル保有者育成を成功させてはならない。第二次ヴラス帝国が欲しいのは緩衝地帯。刺激しなければ、これ以上攻められる恐れはないのだ。


 富豪や人間の政治家を中心とする『恭順派』は、ラシム・グレンコ含むシンパを複数学校に送り込み、隙あらば『メリホスト騎士団訓練校』を廃校させようと目論んでいるのだ。


 そのため、昨日のように獣人と人間の学生が対立する光景は、ラシムにとって都合が良い。

 

 『恭順派』にアピールポイントができたとほくそ笑みながら教室を後にしたわけだが、レゼンに阻止されたため思った通りの展開にはならなかった。


 

 ****



「ぐふふ……女の子にいかがわしいことをしたら当然ダメだよねぇ……しかも、人間の男性が獣人の女性に……これは退学まったなし……まぁ獣人の女の子は可愛いからねぇ……そうだ、例の件もレゼン・ヴォロディに罪をなすりつけて……うわっ!?」


 下心を吐露しながら教師生活を短縮する妄想に浸っていたラシムは、足元を猛スピードで通過する白猫に直前まで気づけなかった。  

 この国で猫は珍しい存在ではない。


 転倒しそうになったラシムを一瞥もせず走り去っていく。


「ったく!校舎建設を妨害した結果、野生動物が頻繁に入り込むなんて。『恭順派』はやりすぎなんだよ。職員室に湧くネズミも何とかしろってんだ……」


 ラシムはぶつくさと文句を言った後、待ち合わせ場所に指定された空き教室の扉を開けた。


「来てやったぞミラ・クリス!何か相談があるようだが?」


 教室には誰もいなかった。

 所々薄暗く埃を被っている。


 ラシムがきょろきょろと辺りを見回していると──、



「ラシム先生、お待ちしておりました」


 教室の端から、待ち合わせていた女学生が姿を表す。


 第8クラスで一番の美少女。

 

「おお。ここにいたか。レゼン・ヴォロディのことで相談があるらしいが、何かあったのか?」

「すみません。本当は、レゼンさんは関係ないのです。個人的にラシム先生にお伝えしたいことがありまして」

「先生個人に伝えたいこと?なんだそれは?言ってみろ」

「それは……」


 ミラはにっこりと微笑む。






「ラシム先生を、獣人学生に対する盗撮の件で告発します」



 ****



 本日も3話ほど更新いたします!

 ファンタジー部門は☆212までしかとったことがありませんので、なんとかそこは超えたいです!




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