第20話 元主人公side:ペトロはフラれたようです

「くっそおぉぉぉぉぉ……レゼン・ヴォロディめ!」

 一方その頃。


 首都キーウィにある病院の個室で、ペトロ・オレクシーがうめいていた。

 頬に残る傷はほぼ完治。

 だがうっすらと傷跡が残っている。

 

 ──しばらくは傷が残るかもしれませんね。


 病院でそのような告知を受けた。

 自分の容姿に自信があるペトロにとっては屈辱的な告知である。


 健康に問題ないものの、彼が病院の外を出歩かない理由であった。


「あいつだって、少し前まで僕の獣人排除に賛同してた癖に……!突如裏切り、僕に恥をかかせ、美しい顔を殴りつけて傷までつけるなんて!!!」


 ペトロの思考には逆恨みが含まれている。


 が、『レゼンが裏切った』というのは間違いとは言えない。

 レゼン・ヴォロディは入学当初ペトロの思想に賛同し、密かに暗躍していた取り巻きの1人だったからだ。


 例の決闘騒ぎの時も、レゼンはミラを排除しようとするペトロを笑いながら見物していたのである。


 とある事象が発生するまで。


「こうなったら見ていろ……!学校に戻ったら、やつをどんな手を使ってでも追放してやるからな!」


 何も知らぬまま怨嗟の声を吐くペトロであったが──、




「久しぶりね、ペトロ・オレクシー」


 そんな彼を訪ねて来る、薄手の服を着た少女が1人いた。



 ****



 ルビーのように赤く燃えるロングヘアと瞳。

 細身の肢体。

 膨らみかけの胸。

 強い意志を感じさせる勝気な表情。


「あんたが怪我をしたと聞いて数年ぶりに会いにきたけど、大したことないじゃない。会いに来て損したわ」


 そして、ふっくらとした紅色の唇から発せられる毒舌。


「君は……アナスタシアか?3年前、僕の家に避難してきたアナスタシア・コザーク?なぜここに?」

「覚えてくれて光栄、とでも言っておこうかしら。とにかく、無事なら用はないわ。訓練に戻るから」

「ま、待ってくれアナスタシア!」


 簡素な剣の鞘をカチャリと鳴らして去ろうとするアナスタシアを、ペトロは引き止めた。


「君は、確か『メリホスト騎士団訓練校』への入学を許されなかったんだろ?」

「ええ……試験や実技は満点だったのに、面接で王女さま直々に不合格を宣告されたわ。腹立たしいものね」

「だったら、僕と手を組まないか!?」

「……」

「君は昔からずっと言ってたじゃないか。『この国を救う英雄になりたい』って。汚らわしい獣人を受け入れてるメリホストなんかに行けなくても、僕についてくればいくらでも英雄にしてやれるぞ!人間たちだけで、この王国を守るんだ!」

「……本気で言ってるの?」

「もちろんだ!まずは僕と一緒にメリホストのレゼン・ヴォロディという生徒を闇討ちしよう!あいつは裏切り者だ!きっと獣人を擁護する第二次ヴラス帝国のスパイで……」


 一閃。


「……へ?」

 

 自らの主張を終える前に、ペトロの首筋に白刃が突きつけられていると気づいた。


 目にも見えないアナスタシアの剣捌き。

 少年の白い首筋からわずかに血が流れた

 魔石を埋め込んだ刃が、炎属性の魔力を帯びるアナスタシアに感応して赤く染まる。


「ひっ!」

「あたしが聞いた噂は2つ。1つは、あんたが怪我をしたこと。もう1つは……ペトロ・オレクシーが、戦意のない獣人の女の子に暴力を振るおうとしたこと」

「そ、それは……」

「今の様子を見る限り、事実のようね。がっかりしたわ」

「……」


 狼狽えてるペトロを見て、アナスタシアは一瞬だけ失望の表情を浮かべた。


「あたしは、確かに英雄になりたい。でも、堕ちたあんたに付いていっても英雄にはなれないわ」

「じゃあせめて……」

「相棒にも協力者になるつもりもない。さよなら、ペトロ・オレクシー」


 音もなく剣を鞘に収め、ペトロのいる個室へと去っていく。


「い、行かないでくれアナスタシアぁぁぁぁぁあああああああああっ……!」


 かつての知己だった少年が悲鳴をあげても一切振り返らない。

 個室からかなり離れたところで、ふぅと軽く息を吐く。


「レゼン・ヴォロディ、か……初めて聞く名前なのに、胸が高鳴るなんで不思議ね……恋なんて一生しないと誓ってたのに」


 先ほどまで放っていた殺気が和らぎ、年頃の少女の顔をのぞかせた。




「……ねぇ、パパ」


 青い空を見上げ、唯一慕う男性に呼びかける。






「レゼンは……あたしを英雄にしてくれるかな?」


 アナスタシア・コザークは、今日はじめての笑顔を浮かべた。

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