混ざり合い紫、流れて碧になる

シミュレーションを終え、説教の前にひとまず解散することとした。

というのも、既に昼食の時間になっており、お腹空いたとネモがうるさいからだ。意外と時間がかかってたんだな。


「じゃあネモ、飯食いに行くぞ。」


「あら、アンタからお誘いなんてね。」


本当に驚いたように返してくるネモ。いやいや、なんだかんだいつも一緒に飯食ってるだろ。そもそもお前がうるさいから中断するんだぞお前。


「ま、勝者には祝福を、ってな。」


ネモは戦闘狂というよりは、【マシンズ】を動かすことに魅力を感じるタイプらしく、事故のように勝利した今回のことを本当に失敗したと考えているらしい。


「やめてよそれ……もう。」


落ち込んでしおらしくなってるネモを見てる分には今回の戦闘は良かったと言えるだろう。

だか、あいつらはダメだ。

今まで【マシンズ】相手の戦闘をしてこなかったのだろうか。戦術や戦法と言えるものがほとんどなかったぞ。


「ふん、随分と落ち込んでいるようだが。あいつら程度に負けたか。」


食堂で先に席についていたエクスがネモに喧嘩を売る。

こういう挑発はいつもならネモが率先して噛み付くが、今こいつは落ち込んでてな。


「まぁ……なんというか……アンタも苦労してるのね。」


なんて言っちゃって、エクスもそれを訝しむ。

隣にいる姫さんは何も気にせず今日のシチューをもぐもぐしている。

小動物的でとても可愛い。……何も気にせずというよりご飯に集中しているようだ。


「一体何があった?」


「何がも何も、悲しい事故だよ。なぁ、ネモ。」


「今はアンタをぶん殴りたいわ……。」


おや、どうやら相当にやけてたようだ。


「ふん……貴様たち程度の力量では、大した訓練にもならなかったろうがな。」


食事中に良くもまぁ喧嘩を売るもんだ。

隣の姫さんが怪訝そうだぞ。


「エクス、食事を頂いてる最中ですよ。あとおかわりをいただけるかしら……?」


どんだけ食うんだ。

大食いは一人で十分なんだよ。

……こっちを睨むなネモ。


「……。」


エクスも引いてんじゃねえよ。てめーの姫だろなんとかしろ。


「ごほん、で?食べるのか?食べないのか?」


おっと、立って会話をしていると、厨房のグレイグが俺とネモを睨んでいる。お前またそこにいるのか。

というより、俺たちは悪くないだろう。


「チンピラに絡まれてたんだ。」


そういうとわかりやすくこちらを睨みつけるエクス。

非常にめんどくさい。


「ほら、ネモは大盛りな。」


グレイグは俺とネモ用にシチューを盛り付けるとそのまま渡してくる。

……パンとかつかないのか?まぁいいか。


「ふん、よくもまぁ、あんな戦法をとっておいてチンピラなどと。どっちのことだろうな。」


もしかして脅したこととかのこと言ってんのかな。

命を懸けた戦いに何言ってるんだか。


「負け犬の遠吠えは夜にでもやってくれ。」


「なんだと!」


カウンターに弱すぎるぞエクス。

そもそも実戦で生き残れてることに感謝こそすれ、なぜ俺が舐められるのか理解できん。


「貴様などあの武装がなければ……。」


まだ言い訳してんのか。

まったくまだまだ子供だな。


「武器以前の問題だろ。」


「そんなことはない!」


「そうかね。」


おっと、話をしているうちにネモにシチューを取られそうだ。やらんぞ。


「ならば一対一で決闘しろ。」


「え、嫌だけど……。」


指をこちらに指して睨みつけてくるエクス。

嫌だってば、めんどくさい。

それに俺はさっきまで集団戦してて疲れてるの。


「逃げるのか、臆病者。」


「やだーエクスくんこわーい。」


青筋立てて喧嘩を打ってくるエクス。

挑発しているつもりはないが、どうもこいつと話していると舐め腐ってしまう。

そうこうしてると後ろからシエラが笑顔で現れる。


「丁度いいわ!二人の機体のデータを取りたいから派手にやってちょうだい!」


あ、これ、断れないやつだ。

シエラの輝く瞳を見つめ、止まらない時のネモを思い出していた。


-------------


シミュレーションの設定は市街地、重力圏。

体中に重力を感じる。最近実戦から離れていたからな。

これは久々の感覚だ。流石のシエラ製。

障害物が多い戦場では。着地位置もかなり大事になるが……。

降下中でも敵機、ヤツの【ガホーク】の位置はわかる。

シミュレーション上の重力、それを感じ取れるというのは本当に不思議なものだ。シミュレーターがどのようにできてるのか詳しくはわからないが、脳に直接作用するとこんなことになるのかね。あとでシエラから聞いてみようかな。

さて、【ブルー】の方が重量は重いから、着地の瞬間動けるのは向こうだろう。わかりきってることの上、確定で相手が有利だから当然、それには備える。

しかし、こういった決闘のような戦闘で、先手を取られるというのはなかなかに厳しいものがあるな。


「これは次への反省点だな。」


いい勉強になる。勉強ばかりじゃなくて、そもそも負ける気はないが。

残り十数秒、とはいえ相手が馬鹿正直にまっすぐくるとも考えづらい。

着地の衝撃を相殺するためにブースターを下に向け、加速する必要があるがそれを早めに行う。


「時間差を作れば、作戦もうまくいかないだろう。……索敵、しっかりするか。」


改めて、【ブルー】の索敵能力は、近距離においてはかなりの高性能だ。

熱感知にモーションセンサー。捉えられない動きは基本的にあり得ない。

問題はあまり遠くまでは感知できないこと。

捉えるときには自機は既に敵機の攻撃範囲にいると考えるのが基本だ。

着地まで残り数秒。

仕掛けてくるならここだ。

だが、動かない。


「着地の隙を狙わないのか?」


厚いコンクリートを砕く音を響かせながら着地する。

あまり高い建物は存在しない市街地。

お互いの場所はわかるはずだ。

ゆっくりと近づく。

そこで俺は遅れて気づく。


「……一度負けてる割に、随分な自信じゃねーか。」


奴は立って待っていた。

俺が挑戦者みたいじゃねーかふざけんな。

そこに急に奴の声が響く。


「正面から勝たねば、何の意味もないからな。」


「あれ……マイクオンにしたか?」


シミュレーション上のマイクがオンになっていたようだ。

随分と気合の入った声が聞こえてくる。


「俺がオンにした。貴様の悔しがる声を聞くためにな。」


「おいおい、三流の悪党の台詞じゃねぇか。……あぁ、三流の悪党だったなお前。それにその【ガホーク】、改造してあんじゃねぇか。シエラに泣きついたか?ヴィルさんに期待性能で勝てませーんってよぉ。」


ギリギリまで接近。

お互い徒手空拳だ。肉眼でもお互いがよくわかる。睨み合う。


「……その減らず口を叩けなくしてやろう。」


「流石、ちいさな悪党さんは怖いですなぁ?」


お互いに構える。

とは言っても、格闘戦とはいえ【マシンズ】で拳法が使えるわけじゃない。

足を開き、重心を沈め、斜に構える。


「……。」


「……。」


どちらが先か。

……なんて考えるような性格じゃないぜ俺は!


「おらよっ!」


先に動き出すのは俺だ。

しかし、それは前にじゃない。

後ろだ。


「……貴様!」


「泥臭い睨み合いなんて、おめえのステージに乗るかよ!」


バックステップしながら、足で瓦礫を蹴り出す。


「ふん、貴様の方こそが悪党の戦闘だろう!」


瓦礫を軽く避ける【ガホーク】。

その隙に接近、拳を繰り出す。


「反応できないと思ったか!」


その拳に、拳を合わされる。

火花を散らしながら、かちあう二機の拳。


「パワーだけなら【ブルー】のが上だぜ!」


しかし、その拳を打ち返すことはできず、二機は制止する。


「……ぐっ、てめぇ!」


「何も考えずにやると思ったか!」


奴の【ガホーク】の改造は、肉抜きと呼ばれる構造物から不要なところを削り出すことにより強度は下がるが機体の軽さを上げる改造だったはずだ。

しかし、今回は機体の強度や重さが上がっている。


「お前これここ以外じゃ使えねぇだろ!」


「貴様にわからせるためだけの機体……だっ!」


【ガホーク】は拳を引き、その反動で機体を回し、蹴りを繰り出す。

なんとか反応し、両腕をクロスさせガードを行う。

しかし、ど真ん中に思いっきりもらってしまい、【ブルー】は後方に吹き飛ぶ。


「ぐぁっ!?」


「勝負は速攻でつけさせてもらう!」


朽ちたビルに叩きつけられた【ブルー】に、追撃を加えようとする【ガホーク】。


(まともに食らっちゃやられちまうか!)


「なにっ!?」


全力でブーストを噴き出し、ビル壁を削りながら上昇する。そのまま落下し、上から踏みつける。


「ちぃっ!」


「自由落下、さんきゅーってな!」


二機分の重量で、地面が沈む。


「ふざけるなよっ!」


「げっ!」


【ガホーク】が、【ブルー】の足を掴む。

そのまま、ジャイアントスイングの要領で投げつけられる。地面を滑る衝撃が痛い。


「俺は、ボールじゃねぇんだぞ!」


急いで立ち上がり、体勢を立て直す。

しかし、【ガホーク】は速攻で突っ込んでくる。

それを、迎え撃つ形で頭部を右腕で地面に叩きつける。


「早い……!」


「【ブルー】と俺の反応速度!」


左腕のブレードを回転させ、コクピットに突き立てる。


「ぬぅ!」


【ガホーク】は自ら頭部を引きちぎり、ブレードを回避、身を翻し、跳ねるように立ち上がる。


「おいおい……。」


手に持つ【ガホーク】の頭部を投げ捨て、目の前の首無しに対峙する。


「ふん……【ガホーク】の頭部にさして意味はない……。」


「センサーとかねぇの?」


「……。」


あるなこれは。


「……はぁ、流石にもうこれは俺の勝ちでいいだろ。」


「ふざけるな。そもそもシミュレーションなんだぞ、破壊するかされるかだ。」


またいやいやと我儘を……。


「やだよ。お前さっきから叩きつけ選んでばっかりで痛えんだもん。」


衝撃のフィードバックが、正直しんどいのだ。

わざとかそうじゃないかは知らん。


「……これで負けなどとは認められんな。」


「専用にカスタムした機体でねぇ。」


「くらえっ!」


突然【ガホーク】が拳を突き出すが、俺は横にステップし回避。


「終われってば!」


「ごはぉっ!?」


そのまま腹部を蹴り上げる。

相当な衝撃だろう。だが、その足を掴まれる。


「とったぞ……!」


「げえ、またかよ!」


学習しないおれ。まるでバックドロップするように後ろに向かって【ブルー】を放り投げる【ガホーク】。

またも壁に叩きつけられ、背面ブースターがイカれてしまう。


「ぃ……てぇなぁ!」


砕けた建物の瓦礫を払いつつ起き上がると、ふらふらとだが、確実にこちらに歩み寄る【ガホーク】。


「トドメだ……!」


「お前が優勢みたいに……言うなや……!」


お互いに拳をぶつけ合おう……としたその瞬間。

両方の機体の腕が、切り落とされる。


「なんだ!?」


「いやこれ……。」


この斬撃、明らかに【アイオロス】のスライス・ペタルだ。


「楽しそうなことしてるわね!アタシも混ぜなさいよ!」


「そう言うんだったらこんなもん持ち出すなや!!」


シミュレーションを離れ直接文句を言う。

とはいえ、まぁ俺としては身体が衝撃でビリビリしているので正直ありがたかったが、やはりエクスは納得いっていないようであった。そりゃそうだ。

でもほとんど俺の勝ちだと思うんだよ。

こうして、お転婆レディのせいで有耶無耶になってしまい、勝敗はつかずに終わることとなったのだった。

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