深化する青
「っ……ふぅ……。」
シミュレーター用のヘルメットを外し、立ち上がる。
結局あの後、【アイオロス】の相手までさせられた。
武器なしでアレに勝つのは無理だろ。当たり前のように負けた。いや、善戦はした。
「アタシの勝ちー!」
「勝てるかアホ!」
ラケットなしで四方向から飛んでくるボールを打ち返すテニスをさせられてるようなものだ。
何がキツいってスライス・ペタルを動かしながらちゃんと【アイオロス】自体も動かせるのは反則級だ。
「乱入さえなければ……!」
向こう側でエクスが悔しそうにしているが、どちらに転ぶかわからない戦いだったんだから、ラッキーくらいに思っておけばいいのに。
「まぁ、アタシに勝てないようじゃ、どっちが強いなんて話、くだらないわよ。」
……返す言葉もございませんよ。
「……ちっ、タイマンなら俺は負けんぞ。」
「ねぇ皆さーん!負け犬さんが何か言ってるわぁー!」
「舐めるなよ女が!」
エクスはどう思ってるかわからんが、現状、【アイオロス】は強力すぎる。
機体自体の性能はそこまででもないが、ネモにスライス・ペタルの操作をさせると既に【マシンズ】数機を同時に相手するのと同じ状況だ。
……まぁ、相乗効果というか、そもそもがネモの為にあの変態が作った【マシンズ】なのだから、ネモが使って強い、というのは当たり前なのかも知れない。
「【ブルー】も改造してもらうかね。……てな。」
【ブルー】自体、あまりにもブラックボックスなことが多い。
特に【異世界通信システム】と、それによる能力の飛躍的向上効果。
あくまで一応黙ってはいるが、自分1人では結局皆目見当もつかない。
やはりシエラには話すべきなのかな。
「とは言えなぁ……。」
エクスや部下たちを相手取り大立ち回りを始めたネモを横目に、俺はシミュレーションルームをこっそりと出ながら考える。
信頼はできるのだろう。
しかし、俺は【ブルー】を信頼しきれていないのじゃなかろうか。何があるか分からないのにシエラに全てを任せるのはできない。
あいつの秘密、それを知っているのは教官だけだ。
「教官が生きてるなら、話を聞けばいい。だけど、あれは……。」
会議でもほとんどそう言う結論になったはずだ。
でも、生きてる可能性を否定はしきれなかった。
知らない人ではない、恩師なのだ。
「【アブゾーヴ】、よねぇ。」
「ほぼ間違いなくそうだろうよ。」
いつの間にかシエラとグレイグが後ろに立っていた。
「ぬぉわ!?」
びっくりした!びっくりした!!!
「ネモちゃんから逃げるなんて許されないよぉ。」
「そうだぞ、ネモの相手はお前がやるんだ。」
「しらねぇよ!充分やったわ!」
ルリィとグレイグの2人がそれぞれ俺の肩に手を置く。
お前らがやればいいだろ!昔からの知り合いなんだろが。
「それなりに付き合ってると今触れちゃいけないタイミングだなってのがわかるようになるよぉ。」
「俺は医者だから……俺が怪我してたら、対応できる人いなくなるから……。」
そもそも【マシンズ】の勝負ですらない、生身の戦闘で屈強なおっさんたちを軒並みノシてんだから、俺が相手になるわきゃないだろ。
「あいつの戦闘慣れはなんなんだよ。」
「ネモちゃんの昔の友達、結構ヤンチャな人たちが多かったらしくて……ちょうどその時、荒れてたから……。」
「えぇ、ストリート喧嘩慣れなの……。」
あいつなんでもやってるな。
そもそもがお嬢様だから教養もそれなりにほんとそれなりにはあるし、無敵か?
「戦術や戦法面では負けないようにしないとな……。」
「何がよ。」
今度は後ろにネモが立っていた。
……あの2人、逃げやがったな。
「……エクスはどうした。」
「下っ端が運んでいったわ。」
あぁ、負けちゃったのか……。
「悲しいわね……あの程度で吠えるだなんて……ふふ。」
最近のこいつ怖いんだけど。
「はぁ……まぁいい、なんのようだ。」
「何って訓練よ。【マシンズ】の。どうせアンタくらいしかアタシの相手にならないんだし。」
「そうか?」
「そうよ。こないだ適当なやつに【ブルー】使わせたけど弱かったし、あんたが強いって認めるしかないでしょうよ。」
こいつ勝手なことしてる!
「色々言いたいことはあるが……まぁいいだろう。データとは言えAIは本物なんだからそのアシストのおかげだよ。」
「何言ってんのよ、それもこみよ。コミコミ。」
と言いつつ、俺の手首を掴み引っ張ってくる。
ずるずるとひっぱられる、痛い痛い。
「ほら、シミュレーションするわよ!」
「おい、込みってどういうことだよ!あのAIって誰が使っても同じやつが出るのか?」
勝手に生体認証で人毎に変わるのかと思っていた。
まさか、機体ごとにそのAIが出てくるのか!?
「当たり前じゃない。機体に適したAIなんだし。」
「……たしかに。」
というかそうなると【ブルー】使うとなるとバレるのでは?
「あのねぇ、アンタもしかしてだけど【ブルー】のよくわかんない力のこと秘密にできてると思ってるわけ?」
「……は?」
「随分前からシエラが涎垂らしながら見てたわよ。あの子に我慢できるわけないじゃない。まともなセキュリティもかけてないんだし。」
その言葉を聞いて、俺はすぐに立ち上がる。
ネモを担ぎ上げ(義手部分がすごい重い。)走り出す。
「ちょっ!?なにすんのよ!」
「シエラァァァァァァァア!!!!!」
目的地は研究室という名前のシエラの部屋。
「おい!!」
「……なぁに?」
部屋にはだいぶお疲れのシエラさん。
いやぁ、楽しんで【ブルー】のデータを見てたのかな?
「おま……プライバシーってのがあるだろうが!」
「……んぇ?……姉さん攫ってくの?」
理解ができてないようだ。
こいつを持ってきたのは俺の手首を鬼のように離さないからだよ!
「【ブルー】の話だよ!」
「おお!【ブルー】ちゃんの話!これ見てこれ!」
ふらふらのシエラに押しつけられたのは、膨大な量の設計図。
いや、今手が空いてないよ、シエラくん。
「【ブルー】くんのシステム……【異世界通信システム】の無限エネルギーを利用した……ガクッ」
自分で言うな。
あ、ほんとに倒れてしまった。
「ちょっと!シエラ!」
ネモがばたばたと暴れる。しかし、俺にとってもっと気になるのはこの資料だ。
「……【ブルー】の……システムを利用した、強化計画……?」
グレイグとネモに運ばれていくシエラを見送り、床に散らばった大量の資料をルリィと共に拾う。
「【ブルー】だけじゃないですね〜、これ。」
ルリィに目を向けると、何枚かの資料をこちらに見せてきた。
「鋼鉄の7人!……じゃなくて、何機かのオリジナル機体と既存機体の強化計画……ですね〜。」
生存率0%……いやそれは置いといてだ。
シエラ一人でそこまでやってるのか、過剰に働きすぎだろ。
しかし、あくまで資料における提案段階ではあるものの、ガーランの承認印も見受けられる。
「……つまりガーランにもバレてるわけね。」
そんな状態で秘密をバラさない俺を仲間だと言ってくれていたのなら、信用しないわけにもいなかくなるじゃないか。
「私は全然知らなかったです〜。」
「興味なかっただけだろルリィは。」
そんな軽い感じに呆れたように、しかし、ほんの少し救われながら、全て拾い終わり立ち上がる。
「バレてましたか。」
てへ、と舌を出して笑う彼女は、一言で言うならばあざといというものだった。
「はぁ……拾ってくれてありがとうよ。後は持つよ。」
ルリィに拾ってもらった分も受け取り、部屋に戻り読み込むことにした。
「時間はありますので、ごゆっくりぃ〜!」
両手で敬礼をする彼女に見送られながら、まるで出撃をするときのように、安息の地であるマイルームに向かうのであった。
「……いや、なんでいるんだよ。」
「なんでって。ソレ、見たいからよ。」
部屋には既に緑色の爆弾がいた。
おい、部屋の鍵は。
「鍵はガーランに開けてもらったわ。」
プライバシーさんはお亡くなりになられたのかな?
「……いいから、早く渡しなさいよ。ひとまず【アイオロス】分!」
ベッドに寝転びながら、手を差し出してくる。
「はぁ、わあったよ。【ブルー】の分は俺が先に見るからな。」
大きな束を机に置き、一部【アイオロス】の部分を渡した。
「ふんふん……この武器は羽みたいな感じがいいわね……。」
シエラの資料は設計図というわけではなく、あくまでコンセプトや提案がまとめてあると言った感じであったため、見た目までは想像もつかないが、追加される武装も事細かに記載されている。
「……実際に搭載されるのはもっとあとになりそうだがな。」
資料内でも言及されているが、【アブゾーヴ】への対抗手段なため、素材等に糸目がつけられておらず、資産的にかなり不可能な状態だ。
「削る感じでやるのかしら?」
「いや、何か当てがあるんだろう。」
【アブゾーヴ】の怖いところは、未知であるところだ。
どれだけ準備をしても足りないほどの。
それならば時間がかかっても最大まで準備すべきだ。……時間があるならば、だが。
「まぁ、そこの心配をパイロットがしても仕方ないわよねぇ。」
「ん、そうだな。」
【ブルー】の強化計画は完全に【異世界通信システム】を存分に利用した高火力をぶん回していくめちゃくちゃな装備だ。余剰エネルギーを溜めておけるシステムまで、思想段階だができている……。
「……やっぱあいつやべえな。」
「シエラは天才よ!」
嬉しそうに返事しながら、枕をぶん投げてくる。
おい、それ俺の枕だぞ。
長丁場になりそうなので、洗面所に移動しコンタクトを外す。
実は俺は目が悪い。パイロットとしては致命傷じゃないかと思うかもしれないが、【マシンズ】で目視を活用するタイミングはあまりないので、眼鏡があれば十分なのだ。
……普段はコンタクトをしているが。
ポニーテールも解き、楽にしてまた資料に戻る。
「あら、アンタ、メガネとかつけてたのね。」
「まぁな。」
さて、資料をペラペラとめくっていく。
【ブルー】だけではなく、何機か、知らない機体もある。
オリジナルということだろうが、かなり尖ったコンセプトの機体だらけで、誰が乗りこなすのだろうかと心配になるほどだ。
「……まぁ、そういう意味では【ブルー】は優しい機体だよな。」
AIが有能、というのはかなりのアドバンテージだ。それに基本操作が一般的な機体とそう変わらない。
「……勝てるのかしらね。」
「お、珍しく弱気だな。」
「うるさいわよ。……わからないって、怖いわ。」
理解不能なものを恐れるのは、生物としては仕方のないことだ。逃れられない。
だが。
「俺たちは一人じゃないからな。」
だから、戦える。抗える。
「一人じゃないからこそ、最後の一人になるまで戦えるのさ。」
「馬鹿みたい。矛盾してるわよ。」
「これが、意外と矛盾してないんだ。生きてりゃわかるよ。」
「アンタとアタシ、そんなに歳変わんないって。」
ゲシゲシとベッドの上から蹴りを入れられる。
痛い。
「ま、これ全部読み終わるまでここ離れないから、覚悟しときなさい。」
あーあー、こりゃ徹夜コースかな。
そういっていると、部屋の扉が急に開く。
「すまない、話したいことが……おっと、邪魔したか。」
そこにはガーランがいたが、驚く顔の後閉めようとする。
「意味不明な誤解をするな。あと、何時だと思ってる。」
「そうか、実は緊急の話があってな。」
相も変わらず、こちらの苦情は聞き入れてもらえないらしい。
後ろのネモは集中しちゃってるし。
「はあ、どんなはなしだよ。」
「最近大所帯になってきただろ。」
「ん?まあ、そうだな。」
「で、急に長旅になったろ。」
「……そうだな。」
嫌な予感がする。ものすごい嫌な予感の心当たりがある。
「……食料が足りてない。」
まぁそうだよなぁ……
なるほど、こりゃ大変だ。
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