立ち込めるは鉛色の暗雲
「なるほど……【アブゾーヴ】ではなかったことはひとまず良しとして。」
報告を兼ねて【ガホーク】のパイロットを引っ張ってきた俺の前でガーランが渋い顔をしている。
「どうしたよ。」
「どうしたもこうしたもないぞ。捕虜を養うほどの余裕はないのはわかっているだろう。それにまだ子供だ。」
「働かしゃいいだろ。」
作業ロボが持ってきてくれた飲み物を受け取り、一気に煽る。
「大体、野放しにはできないだろ。」
「それはそうだが……働かせるにしても、元々海賊だった奴を使うのは危険だ。」
それは言われると思ったよ。
だからこそ、色々聴きだしたのさ。
「こいつらの親玉がいる。……そいつを監視下におけば悪さはできないだろ。」
縛り上げてある【ガホーク】のパイロットがジタバタと暴れる。
そりゃ嫌だろうが。
仕方ないので猿轡を取ってやる。
「……っが……!……貴様ら!あのお方を傷付けようならただではすまんぞ!」
改めて【ガホーク】のパイロットを見ると、金色の短髪に青い目、端正な顔立ちに生やした無精髭と中世の騎士を思わせるような出立ちの男だ。
やってることは海賊だがな。
「……お前らの態度次第だって。」
言うなり大人しくなる。学習してくれ。
俺だって脅しとか下手なんだよ。
そうしてるとガーランが、インカムに通信を受けたようで、こちらに話を振ってきた。
「……丁度おいでになったようだ。そのまま連れてきてくれ。」
了解、じゃ格納庫へ向かいますか。
途中暴れるようなこともなく、大人しくなった【ガホーク】のパイロット。かなりリーダーが大切なのだろう。
格納庫にたどり着くと随分と綺麗な服を着た女の子が悲しそうな顔をしてこちらに近づいてくる。
「あぁ、エクス!なぜこんなことをしたのです!」
美人さんが悲しむのは見たかないが、自由に動いてもらうわけにはいかない。
エクスと呼ばれた【ガホーク】のパイロットにレーザーガンを向ける。
当然、お嬢さんは怯んでこちらを睨むが……。
「立場を考えてくれ。」
大人しく一歩さがるお嬢さん。
「命があること、そして、エクスたちの海賊行為を止めていただいたことには感謝します……。しかし、この扱いは不当ではないでしょうか?」
「いくら理由があると言っても宇宙戦争時代……一時停戦協定は知っているはずだ。……海賊行為は制裁対象だぞ。」
まぁ、今の宇宙、【アブゾーヴ】の存在がどこまで知れ渡ってるかもわからない状態だし、協定がどこまで通用するのか不明だけどな。
ガーランたちの研究の結果を聞く限り、どうやら目標への侵攻速度は速いらしいが、奴等なりの新天地を求めるタイミングがあるらしい。
ほっといたら様々なものを吸収して強くなるんじゃないかとガーランに行ったことがあるが、人類を守る目的でも、奴等への復讐目的でも、まだ攻めるべきではないと判断した訳だ。
「わ、私の名前は、アリスタ・ノービリィス。私は元々は……その……貴族です!星を離れねばならぬ理由があり……エクスたちは私のために……。」
「姫さま……。」
アリスタと名乗った少女は悲壮感たっぷりに訴えかけてくる。しかも、エクスはアリスタを姫と呼んでる。まぁ、こんな子供を囲う大人たちという……もうすこし裏はありそうだが。
ガーランは毅然とした態度だ。
「事情はわからんが、何度も言うように海賊行為は制裁対象。今回は我々が止めれたからいいものを、どうやら焔戒団と名乗り幾度もしていたそうだな。」
被害状況をきちんと調べたわけではないから、こいつらがどこまで何をしていたか、俺たちにわかるよしはない。
だが、いま周りでネモにボコボコにされて縛られてる下っ端たちを見ていると、まともなことはしていないだろう。……いやちょっと待ってネモさん。シエラ!シエラ!お姉さん止めて!舐めるように【ガホーク】見てないではやく!
「あによ。」
いや、片手が鋼鉄だからだとしても、喧嘩が強すぎるとか、多対一なのに一切ノーダメージで殴り勝つの何……?化け物なの?
「いや、今大事な話し合いしてるからさぁ。」
「こいつらがアタシの身長バカにするからよ。」
獣の唸り声が聞こえる気がするので、これ以上は触らないでおこう。
エクスやアリスタ、ガーランですらドン引きしてるからな。よし、俺は関係ない。
「……まぁ、いい。そこでだ。お前たちの衣食住は補償する代わりここでの農作業、戦闘行動、整備作業等をやってもらう。」
「な……そんな奴隷のような!」
アリスタはカッとなるタイプのようだ。
今の状態で話をこちらが聞くわけないだろう。
「どっかの星のお姫様には聴き慣れた単語だろ?」
「……っ!」
軽く嫌味を言ってやると、睨まれてしまった。
否定はしないのか?闇だなぁ。
「やめておけ……。」
ガーランにも呆れられたが、こちとら早く終わらせて飯食って寝たいんだよ。
「……条件付きでなら、それを飲もう。」
「エクス!あなた!?」
エクスが重々しく口を開く。
「内容による。」
ガーランはその内容を聞き、俺たちに意見を求めた後、仕方なくその条件を飲むことにした。それはアリスタの自由の保証。
俺たちとしては元々海賊行為をやってた奴の基地内での自由なんてものを与えるなんて正直気が気でないが、アリスタの安全が保障されてるうちは手を借りられるのは間違いないようなのでリスクはあるが認めざるを得なかった。
なんせ俺たちには人手が足りない。
【マシンズ】の整備だって、シエラと数人の整備士さんだけに任せておくわけにはいかないのだ。
「まぁ、仕事が欲しいってんで食堂の手伝いを任せたわけだが。」
ガーランがため息と共に呟く。アリスタは箱入り娘のようだと思ったがどうやらエクスに恋をしているようで、エクスたちが働くのに私だけ何もないのは我慢できないと仕事を始めた。料理に関してはある程度の腕があったのでお手伝いを任せてるわけだ。
「部下たちはネモに任せた……というより、【マシンズ】乗りたち全員の頂点に立ったらしい。見てみろ。」
ガーランが指を差した先には、十何人ものむさ苦しい男たちを迷惑そうに引き連れたネモが歩いている。
「あのムキムキの男たち全員……?」
今後逆らわないようにしよう。
と、遠巻きに見ていたらこっちを見つけたらしく近づいてくる。
「ねぇ、ちょっと……こいつらどうにかしてよ。」
「お前が命令したら動くんじゃねぇかな。」
「あのアンタに負けた負け犬の部下でしょ。なんでついてくるのかもわからないわ。」
なんでついてきてんだろうね……。
表情から察するに、復讐ってわけじゃなく憧憬って感じが読み取れるなぁ。
男の子って憧れるよね、圧倒的パワーに。
「まぁ、俺はシエラと整備の話してくるから。んじゃ。」
そそくさと退散する。
後ろから子分どもに怒鳴りつける声が聞こえてくるが、まぁ聞かなかったことにしてと。
向かう先は格納庫。
シエラは、赤く塗られた【ガホーク】の前に立っていた。
「あなたが壊したパーツを補修すればまぁ戦力として数えられるわね。一機追加よ。」
「……一機?……子分たちのは?」
尋ねると罰が悪そうに肩をすくめ答える。
「姉さんが結構ズタズタにしちゃったみたいで……全部パーツ取りね。」
【スライス・ペタル】は初見にはかなりキツいだろうが、とはいえそこまで弱かったのかアイツらは。
……いやまて、【ガホーク】には、【ブルー】の高出力射撃を掠めさせたんだぞ。いくらなんでもそれより壊れてるなんて。
「あるわよ。【スライス・ペタル】の刃は、そもそも【ブルー】ちゃんの腕部ブレードを参考に作ってるからその辺の【マシンズ】の装甲程度なら溶けかけバターくらいスパスパよ。」
「お前は凄いよ……ほんと。」
……【ガホーク】が戦力として使えるのはいいとして、あいつに乗せさせるのか?
いくらなんでもあんまり自由にさせるのはな。
「一応、ガーランからの指示で遠隔操作できるようにもしたわよ。強制帰還させれるようにね。」
「なるほどな。それなら俺たちも多少は楽できるようになったか。」
「増えたの【ガホーク】ちゃんだけだしなんとも言えないわ。」
紙の資料をこちらへ差し出したあと、ベンチに腰掛けコーヒーを啜るシエラ。……今時紙とは。
「周辺のコロニーでの聞き込みや噂なんかを集めたリストよ。」
「これは……本当か?」
「本気よ。……【アブゾーヴ】に関する情報がなさすぎるの。一切見つかってないわ。」
あれだけの大群が全く見つからないなど、そんなことがあるのだろうか。
資料をパラパラと捲る。
周辺諸国やコロニーの信憑性もない噂や、宗教などなどの怪しい言葉が羅列しているが、姿形を変える化け物やそれに関する情報は一切なかった。
「この辺りにはまだ侵攻していないと言うことなのか……?」
「ガーランはその可能性も視野に入れてるらしい……今のところはそれしか考えられないしね。あとこれが、その噂とかを集めた場所の具体的なマップよ。全部そこまで離れてないわ。」
シエラは小型の端末で、空間に宇宙のマップを投影する。
なるほど、【マシンズ】で移動するのは困難かな、くらいの距離だな。
戦艦【コノフォーロ】なら、二日とかからない。
「集めてくれたのはそれなりに懇意にしてる情報屋だから信憑性は高いし、当分は準備にかまけてしまっても良いのかなって。」
【ブルー】の改良案のリストが端末ごと渡されるが、その際、紙の資料を落としてしまう。
「おっ……と。」
「何してんのよ、もう。」
2人してしゃがみ、紙を拾って行く。
数枚拾ったところで、俺は資料の一つをみて驚愕してしまう。
「……な、なんだと。」
「どうしたのよ。」
「馬鹿な……ありえない。……ありえないんだ。」
「……なにが?」
1人の男の写真が映った紙を拾い見せる。
「……彼は死んだはずの、俺の……教官だ。」
あの時【ブルー】託してくれたはずの教官が、まるで感情がないかのような顔をしてこちらを見ていたのだ。
ありえない。
そんな言葉を口にはしたものの、相手を【アブゾーヴ】と仮定すれば、さらなる仮定が導き出せる。
それはあまりにも悍ましく、恐ろしいことだ。
「……人までもを取り込んだと言うことか。」
今、ガーラン、シエラ、ネモ、俺は緊急的に【コノフォーロ】のブリッジに集まっている。情報屋のリーダーにも秘匿回線が音声のみで繋がっている。シエラが俺の反応を重くみてくれたようで、すぐにガーランに連絡を取ったのだ。
奴らは取り込んだ物を乗っ取る、いや吸収している。そのものの姿になったり、それらに付随する物を使えるようになっている。
つまり教官の外見、能力を自分たちのものとしたと言うことだ。
記憶や性格などまでは取り込まれてないことを祈りたいが……。
しかし、人、それも死体まで取り込むとは……。
このままでは弱点が無くなっていってしまうな。
自嘲気味に笑ったところで、ガーランをみる。
どうやら、俺の意見を待ってるみたいだ。
「……あぁ、すまん。俺が話さないと始まらないよな。」
【ブルー】を手に入れた経緯、そして、その【ブルー】を託す為死んでくれた教官のことを事細かに話す。
【異世界通信システム】については一応ぼかしておく。
というのも、シエラの目がちょっと光ったからだ。
【異世界通信システム】自体は【ブルー】の根幹であり、そのものなのだ。そんなまさかとは思うが、調べるためと言って万が一にも【ブルー】を解体されてはたまらない。
……この時の俺は知らなかったんだけど、いわゆるオタクの人って隠された方が気になるらしい。
「よく似た人ってオチじゃないの?」
「確かに……その可能性もある……。」
ネモの投げやりな意見は、冷静に捉えると重要な意見だ。
教官であろう存在の見た目はあまりにも普通の人間すぎる。
しかしだからこそ、俺の記憶からすると違和感しかないのだ。
まるで、街頭の人間に顔だけコラージュしたような、そんな違和感。
「ただの瓜二つの人間だったのならそれでいい。」
ガーランが、立ち上がる。
「しかし、奴らは異常だ。油断はせず、小さな綻びを解き切るくらいの慎重さでかかろう。ひとまず、場所の割り出しは済んでいるのか?」
ガーランは周りを見渡し、シエラと目を合わせる。こう言う時にグダグダと話をしないのは流石だな、混迷極める今の俺たちのリーダーに相応しい。
「ええ、終わってるわよ。【コノフォーロ】の出港までにはもう数日欲しいけど。」
「なら、その場所にはいない可能性の方が高いだろうな。」
「そうかしら、写真を見る感じだとまだバレてなさそうだけど。」
「うむ、近日中の貨物船以外の出港は確認していない。」
確かに写真に写る教官はこちらに気付いている様子はない。
「……その場所に住んでる人々を巻き込むのは避けたい。どうにか誘き出せないか?」
「目的がわからない以上、それは無理ね。」
「やはり向かうのは危険か……?」
「情報屋という立場から見ても、危険すぎるな。今部下に奴の周りを一応探ってみてもらっているが、あまりにも何も出てこない。」
情報屋の声が画面越しにそう語る。
あまりにも情報量が少なすぎる。しかも、それなりに遠い距離だ。
【コノフォーロ】でなければ、まともに向かうこともできないだろう。
しかし、【コノフォーロ】を出港させるということは、本拠地を移動させるということだ。
それなりの理由がなければ、動かすのはリスクが高い。
「【ブルー】くんのマルチアタッチメントなら大型ブースターとタンクを取り付ければ……一応いけなくもないけど。」
パイロットへの負担は相当だけどね、と一言を残すシエラ。
負担の量によるぞ。
「三日くらいは目眩が治らないくらいかしらね。」
よし、グレイグにドクターストップを出してもらおう。
「そんな状態で戦闘行動など、自殺行為だな。ましてや敵は【アブゾーヴ】、【ブルー】やヴィルが吸収されたら目も当てられない。仮に偵察に限ったとしても、【マシンズ】単機で向かえばその惑星からよく思われないだろう。ヴィルが行けたとしてもやめておいた方が得策だな。」
「そもそも俺が嫌だってガーラン。」
多少の無理はするつもりだが、間違いなく無理なことは最初からさせようとしないで欲しいんだけどなー!
「ならばひとまずは【コノフォーロ】の準備を始めよう。シエラはそちらに取り掛かってくれ。ヴィルとネモには戦闘員の訓練を頼みたい。」
「訓練?」
もしかして、焔戒団とやらのことか?
ヤダよ、あんなめんどくさそうな奴らの相手なんて。
「俺はパス。」
「ネモがなつかれてるしちょうどいいだろう。」
「アタシだって嫌よあんな暑苦しい奴ら。お姫様とその小間使いがいるんだから、任せておけばいいのよ。」
ネモも俺もやりたくないのだ。
そりゃ俺たちだって戦闘員は多い方がいいのはわかっちゃいるが、海賊行為を行なって挙げ句の果てに俺たちに向かって三下台詞を吐いてきた奴らの育成なんてしたくない。
「【アイオロス】とアタシ……あとついでに【ブルー】がいればどうにかなるでしょ。あいつらには畑の世話でもさせときゃいいのよ。」
【ブルー】と俺はついでなのね。
まぁ、強がりなのはわかってるのでそこには突っ込まない。
「少しでも可能性は上げておきたい。」
「……まぁ、しゃあないか。」
そう、仕方ない。
なんたって相手は【アブゾーヴ】。異常な脅威だ。
準備しすぎても足りないことなどないだろう。
「なら、すぐにシミュレータを使う。シエラ頼む。」
「はいはい。」
ネモと組んで……あいつらを鍛えるか。
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