緑も黄色も摂りましょう
何とかなった。
とはいえ、あれだけ啖呵切ってこの結果なのでまぁ間違いなくいい結果とは言えないんだけど。
でも危なかったなんていうと悔しいので、ちゃんと煽っておこう。
「ま、こんなもんだな。」
立ち上がりながら、ネモに聞こえるようにそう言ってやると、ぐるるると獣の唸り声が後ろから聞こえてきた。
いやいつの間に後ろに。機械の腕が俺の首をくるりと包む。
「あの剣!あれどうやったのよ!」
まって……死んじゃう……首が折れちゃうから……。
せめて生身の腕でお願いします。
「げほ……あれはワイヤーをつけておいたのさ。あそこまで伸びるとは想定外だったが。」
離してはもらえたのでとりあえず種明かし。
伸びすぎたせいでアズライトブレードの到着がギリギリになったのは、内緒だ。
結果としてかなりかっこよく倒せたから、まぁセーフ。
「ぐぬぬ……!」
「基本が大事って言ったろ?周囲の警戒を怠ったツケだよ。」
あいも変わらず地団駄を踏むネモを見ていると、だんだん笑えてくる。
「ふんっ!一回勝ったくらいで調子に乗らないで欲しいわね!ニヤニヤしちゃって……!」
どうやら顔が赤くなってるので、自分でも恥ずかしい負け惜しみ言ってるとは思ってるようだな。
こちらとしては何とかなって良かったという結果かな。スライス・ペタルを全機使われたらどうなっていたやら。
「……もう一戦!もう一戦やるわよ!」
座り直し、準備をすでに始めるネモ。
「はいはい……。」
これは従わないと終わらないか。
簡単には負けないようにしないとな。
……ん?というかいつまでやる気だ?
「ボッコボコにしてやるんだから!」
その勢いでなんと十戦以上。
正直その体力にビビったが、【マシンズ】自体の操縦歴ならネモの方が長いのか。
……いや、俺たちパイロットの基礎訓練も相当大変だったぞ。それ以上なんてことあるか?
ひとまずなんとか飯の時間までは負けずに居れたので、そそくさと席を外す。
が、まぁそりゃ当然追ってくる。
「ご飯食べたらまた続きするわよ。アンタを倒すまでやめないからね。」
「やだ……。」
「ちょっと……負けてて泣きたいのこっちなんだけど。」
背中をがしがしと殴られる。
痛いので少し早足になると、追いつかないのか服を引っ張られる。
「やめなさい、子供かお前は。」
「男のくせに逃げんじゃないわよ。」
「男だって逃げたい時くらいあるさ。」
食堂に入ると、どうやら以前に栽培を開始していた野菜たちがある程度取れるようになったそうで、野菜主体のメニューだった。
嫌いというわけではないが、好き好んで食べるわけでもないので、テンションは少し下がる。
「アタシ、大盛りで!」
好き嫌いなくて偉いぞ。
パイロットはたくさん食べないとな!
「お前の分も多めに入れといてやるよ。」
……何でアンタがそこにいるんだグレイグ。
「調理できる奴がいないんだから、せめて栄養管理ができるやつが動くしかないだろう。おかげさまで最近は本職の方の出番もないしな。」
確かに最近は生活がかなり安定してきており、こちらから大きく動くこともなく損害も出さない日々が続いている。
一応、簡単な無人探査機を周辺に飛ばしてはいるそうだが、奴らの足跡すら見当たらないそうだ。
こういう時こそ警戒すべきなんだろうが、今の俺たちには如何ともし難い。
と、言うのも周辺に何があるかも定かでない状態で貴重な【マシンズ】を出撃させてしまうと、ここの守りが手薄になる。かと言って、人員輸送用のシャトルでは戦闘能力がない。【アブゾーヴ】や宇宙海賊なんかに出逢っちまったら、そこで終わりだ。
……いや、そんなことより俺は普通盛りでいいから。
「お前はちゃんと野菜を食え。特に緑のものだ。」
「食ってますよ。」
「たりてない。もっと取る必要があるんだ。」
「アタシがもらおうか?」
大盛りにしてもらったはずのネモが、横から口を出す。
「どんだけ食うんだお前は。」
グレイグは呆れたように大盛りにしたおかずの皿を俺に手渡す。……まぁ、食うしかないか。
「なんか食べても太らないのよね。太らないと筋肉つかないのに。」
太るのは気にしないのか、うちの女性陣はそういうの気にしない奴らが多いな。
「体型なんて気にしたって仕方ないでしょ。なんどきだと思ってんのよ。」
の割に背以外の成長は著しいよなお前……口には出さんが。
「姉さんの胸の話した?」
急に後ろから現れるなシエラ。
いくら何でも心臓に悪いぞ。
「してない。ほら、飯を食うぞ。」
てとてとと後ろについてくるネモ。
今日の夜もどうやらこいつに付き合うことになりそうだしな。
そうして、食事をゆっくりととっているとアラームが鳴り響く。
「なんだ!?」
『こちらガーランだ!周辺宙域の生活コロニーより救難信号を確認!総員、救助にあたるぞ!』
なんてこった。
事態ってのは、動く時は一瞬だな。
食事を途中で切り上げ、ネモと共に格納庫へ急ぐ。
「シエラ、【ブルー】の装備は……。」
「新しい射撃タイプを用意してあるわ。こう言う作戦にはもってこいよ!」
それはありがたい。
シエラのそう言う発想は信頼できるからな。
俺は【ブルー】のコックピットへと急いだ。
いや、何考えてこれならイケると判断した?
格納庫に到着した俺が見たのは、左腕が本体の体長を超えるほどの巨大な砲身となっていた【ブルー】だった。
「総エネルギー量とか考えてつけた?」
「エネルギーの枯渇より先に左腕が持たなくなるから安心して。」
正気じゃない。
【マシンズ】を大切にするのが信条じゃなかったのか。
「強度計算は済んでるわよ。五発は撃てるわ。」
巨大な砲身……ロマンよねぇ。
なんて呟いているが、こいつ俺と【ブルー】で遊んでる節ないか?
「武装はほんとにこれだけかよ。」
「そんなことないわよ。背部マウントに試験武装のフラッシュを乗せたわ。新武装よ!」
「フラッシュ……?どんな武装なんだ。」
「閃光で相手を怯ませる爆弾よ!」
よくあるやつじゃねーか!
しかも、五感に働きかけるタイプの武装って【アブゾーヴ】に有効なのか……?
「わからないわ。だから試すのよ。……それに別の使い方も考えてあるわよ。」
「どんなだよ。」
「時間がないわ。自分で考えてみなさい。」
背中をトンと押され、促される。
そういう、なんとかなるだろうをやめようと考えてたのに、その矢先にどうにかするしか無くなったのか。
「……わぁったよ、助かる。」
一度振り返り、シエラの頭を撫でてから走り出す。
シエラの目の下に隈が見えた。
そもそも人手不足な上、ネモの我儘や俺の新武装、キャパオーバーなのだろう。
それでもこなしてしまうのが、あいつが天才という証明ではあるが、頼り過ぎも良くないな。
格納庫内の重力は軽減されているので、ふわりと飛び上がり【ブルー】へ乗り込む。
シミュレータとは違い、【ブルー】のコクピットのシートはいつも通りで安心する。
【ブルー】を起動し、通信を開く。
「こちら【ブルー】、ルリィ聴こえるか?」
武装の接続を確認しながら、本部に連絡を取る。
ネモはもうでたのだろうか?
モニタにルリィの顔が映る。いつもよりは少し険しい。……まぁ、いつもよりは。
「はーい、ルリィだよ。」
「状況の説明を頼む。」
本部側は敵の確認は取れているのかね。
「えっとね、救難信号の発生地は居住用の大型コロニー。受信した内容は緊急に救援求む、だけ。敵性体は確認できてないけど……【アブゾーヴ】ならコロニー自体が吸収されてる可能性もあるから、考慮してくださいね。これが内部マップ〜。」
送付されてきたのはコロニー内のマップ。
それなりに細かいな。
「周辺にある惑星やコロニーについては調べがついてるので〜。」
了解了解。
あぁ、あとそういや
「ネモは?もう出てるのか?」
「ネモちゃんは出撃はしてるけど大気圏外でヴィルちゃんを待ってますよ、二機でバディ行動厳守ってガーランが。……今回コノフォーロは大事を取って出撃しませんので、ポッドで宇宙まで行ってもらいます。」
格納庫内の大気圏脱出用ポッドにマーカーを設置してもらい、そこまで【ブルー】を向かわせる。
「よし、格納完了。」
「はーい、じゃ、タイミングはそちらへ譲渡しまーす。」
「【ブルー】射撃戦仕様、パイロットはヴィル。出るぞ!」
砂漠から打ち出され、そのまま宇宙へ。
数秒の待機時間の後、ポッドが二つに割れる。
中から【ブルー】ってわけだ。
「遅かったわね。」
【マシンズ】間の通信で話しかけてくるのは、待っててくれたネモ。
「【アイオロス】には大型のタンクをつけてもらったから、捕まりなさい。飛ばすわよ。」
【ブルー】を【アイオロス】の足に捕まらせ、固定。
「じゃ運んでくれ。」
「運んでくださいでしょうが。」
「運んでください、お嬢さん?」
「振り落とすわよ。」
エネルギーの節約のため、【アイオロス】の推進力のみで向かう。
時間にして数分だ。
周辺の警戒を厳にしながら、最速で助けを求める人のもとへ。
さて、コロニーにたどり着くと、正常に起動しているように見える。
内部で何が起こったのか。
「ネモ、オープンチャンネルで呼びかけてみてくれ。」
「なんでアタシが……わかったわよ。もしもーし、みなさんお元気ー?お助けに参りましたわよー。」
軽い感じで呼びかけるが、既に【スライス・ペタル】は四機展開済だ。警戒は怠っていない。
「訓練の成果だな。」
「なに?なんか言った?」
「なんにも。」
ショットガンの銃口向けないで。
『……ら、護衛隊……の、……助け……来てく……か……!』
返答が返ってきたが、無線通信に妨害か?
【アブゾーヴ】にそんなことができるのか……?
「……!?……ネモ、周辺に【マシンズ】の反応!かなりいる!」
「……行きなさい!【スライス・ペタル】!」
【ブルー】の動体センサーに大量の【マシンズ】が、かかる。
それを伝えるとすぐにネモは【スライス・ペタル】を飛ばす。
「敵対意思確認、そして攻撃してきたら破壊!それで良いわね!」
ネモは訓練の結果を生かしたいのか、戦う気満々な訳だが。
しかし、やはり中からの通信が気になる……。
特に、居住用コロニーは惑星間戦争に耐えかねた人々が暮らす場所であり、条約によって戦争行為は禁止されてる。
やはり、『アブゾーヴ』か……。
「頼んだ!俺は内部に突入してみる。」
「危険なことよ!」
「いつものことだ!」
【ブルー】を駆り、侵入用の港ではなくマップにある非常用通路から突入。
一体何がいるのか。
「……貴様達は何者だ!」
オープンチャンネルで呼びかける。
するとなんと、返答があった。
「てめぇこそなんだ!高そうな【マシンズ】乗りやがって!もし同業なら、このコロニーは俺達、焔戒団のものだぜ!」
……もしかして、宇宙海賊か!
初対面なのにそんなブチギレちゃって野菜たりてないんじゃないの?
「救難信号を貰ったものでな……残念だが、向かってくるなら殺すことになる。」
巨大砲身を向けてやると、そのまま外へ出ていった。
あとは、ネモがうまくやってくれるだろう。
……しかし、あいつら馬鹿だな。
コロニー内でこんなもん撃てるかよ。
「ちょっと!中で何してんの?なんか【マシンズ】が出てきたんだけど……アンタ逃したの!?」
通信が開始されると同時に怒鳴り込んでくるネモ。
必死そうだから戦闘中ではあるのか。
「あぁ……相手は宇宙海賊だ。人間だよ。」
「えぇ!?……だからなんだか簡単なのね。」
【スライス・ペタル】の様な脳波で操作するオールレンジ攻撃は今まで一般公表されているものではない。ましてや宇宙海賊の下っ端程度でその存在を知ることはない。彼らはそれなりに実戦を戦い抜いてきたのだろうが、未知の兵器には対処が困難だろう。
「もう少し内部の被害状況を確認する……!?」
ネモは大丈夫だろうと判断し、確認と被害にあった人々に事情を聞くため居住区に侵入しようとした瞬間、動体センサーに反応。正面から真っ赤に染めた【ガホーク】が迫ってくる。
【ガホーク】は本来黄色をベースカラーとした格闘戦に特化した機体だ。
強靭な、まるで人間の筋肉の様なバネが全身に取り付けられており【マシンズ】との一対一の戦闘を優位に進めることができる。
他にもアーマーナイフや接着バルカンなど、タイマンを想定した武装が多い。
「疾い!?」
改造品だろう、想定以上のスプリントだ。
まだ港内で、重力がない故一切の減速なくこちらに突っ込んでくる。
「ちっ……!牽制を!」
先程奪ったマシンガンを放つが、そのダメージをものともせずにまっすぐとこちらへ。
そのタックルをまともに食らってしまう。
「ぐ……っ!」
「邪魔なんだよね……さっさと出てってくんないかな。」
衝撃を耐える。その瞬間、コクピット内に声が響き渡る。
「接触通信!?……どういうつもりで!」
「そのままの意味さ。このコロニーは僕たち焔戒団がいただいた。君みたいな正義の味方は邪魔なのさ。」
「住んでる奴がいるんだぞ!」
「弱い者は奪われる。……綺麗事で生きられるか!僕たちは……海賊だぞっ!」
巨大な左腕を捕まれ、逃れられないまま猛烈なパワーでメインカメラやコクピット近くを殴られる。
このままではまずい。
「……っぐ!」
「さっきのやつだね!」
フラッシュを放つが、効いた様子がない。
さっきの戦闘を見ていたのか……くそ。
「……これはやりたかなかったけどな。」
『チャージを開始します。』
左腕の砲身にエネルギーをチャージする。
まるで泣き叫ぶかの様な音が砲身から聞こえる……これは、相当な威力だ……やばいかもしれないが、度重なる拳の猛攻により【ブルー】の頑強な装甲が凹んできている。
やるしかないのだ。
「……君は撃てない。」
「どうかな。俺のこと知った気になって、調子に乗っちゃって。……わりぃが、正義の味方にはまだなれねぇな!」
『発射まで3.2.1……』
無理矢理、巨大な砲を居住区がない場所に向ける。とはいえ、被害なしとはいかないだろう。
恨んでくれて構わん。
「こいつの威力はシエラのお墨付きだ!」
発射。
甲高いエネルギーチャージ音が一瞬止み、砲身先から光が放たれた。
コロニーの強大な外壁は溶け、貫き、そのまま宇宙空間を切り裂いてゆく。
数秒の後、光の尾を残して消えていく。
発射直前に離れたのだろう【ガホーク】は、それでも腕を失うほどのダメージを負っていた。
また外壁の外、今しできた穴の先にはネモと戦闘をしていたであろう複数の改造【マシンズ】がまるで呆然とする様に漂っている。
「……こりゃすごい。」
想定以上の威力だ。
しかし、驚いたままじゃいられない。
【ガホーク】を右腕で確保し、穴から宇宙へ放り投げ、そのまま追いかけ組みつく。
「こっちの勝ちだな。」
「……ぐ……それほどの威力……コロニー内も衝撃波だけで相当の……被害を……。」
かなりの衝撃がコクピットを襲ったのだろう。
辛そうな表情に宙を舞う血液の球。
まぁ、私利私欲で物を奪う奴等に同情はいらんね。
「おーおー、その通りだな。そんなお前に偉い人の言葉を教えてやろう。綺麗事で……なんだったかな?」
【ガホーク】は【ハミード】や【オール】と違い、明らかに【ブルー】の素材になるだろう。
宇宙海賊から奪うというのはなんだか変な話だが、もらって帰ろう。
……人手も欲しかったことだし。
「死にたくなきゃ、お前のお仲間たちに伝えな……投降しろって。」
「とんだ正義の味方だ……。」
彼は通信機を操作しながらまるでため息をつくかのように答える。
「そう名乗った覚えはないぜ。……ネモ!終わったぞ。こいつらは全員確保する。」
ネモと改めて通信を繋ぐ。
余裕を持って戦っている様だ。軽い返事が返ってくる。
「はいはい。じゃあ早く攻撃をやめさせてね。」
「もう終わるさ。」
タイミングよく全機が動きを止める。
これは俺の持論なんだが、悪い奴らほど結束力が高い。
特に戦時下ではな。
「お前はリーダーなのか?」
【ガホーク】のパイロットに話しかけるが、首を振る。
「答えない。」
「そっか。」
まぁ、簡単に情報が得られるとは思っていない。
とはいえ、どうせ宇宙海賊に法は通用しないし、このまま何もせずに拠点に持ち帰るわけにはいかない。
「……お仲間が何人死んだら答えてくれるかな。」
ぼそりとつぶやくと、ヘルメットにより表情は伺えないが焦る様にこちらを見る。
「お前……っ!」
「海賊としてさんざ悪いことしといて自分たちはされないと思うなよ。」
もちろんそんなつもりはない。
いくらなんでも俺は人を殺すことは正直嫌だ。
【アブゾーヴ】なんて脅威が迫ってる状態で人同士争っている場合じゃない。
とはいえ、嘘も方便ってな。
「……くそ……俺じゃない……拠点にリーダーはいる。……それでいいだろう。」
「ならそいつも呼べ。お前やお仲間の命がかかってるなら来ざるを得ないだろう。」
悪役してるなぁ、俺。
そんな俺もかっこいいが。
「ネモ!こいつらのボスがやってくるから、そいつを人質にして拠点に帰っておいてくれ!」
「えぇー、アンタは?」
「コロニーの人たちに謝罪と事情説明をな。」
コロニーの人たちは相当の被害を被ってはいたが、俺たちが宇宙海賊の対処をしたことは伝わっており、許してもらえた。
……今回は大剣で来るべきだったかな。
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