黒き巨大は緑の風によって
周辺まで来てからは目視での発見となった。
確定した情報まで得られなかったんだろうか。
「おい、もう周辺だぞ。お前の出番だ。」
ネモと通信を繋ぐ。
この距離まで来てしまうと、拠点であるコロニーには音声通信はできない。メッセージを送付できるくらいだ。時間もかかってしまう。とりあえず着き次第送付はしたが。
いっとき置いて、通信が返ってくる。
「んぁ……りょかい……。」
「随分とぐっすりだったんだな」
「……信頼してやってんのよ。」
呟くようなその優しい声に、少し驚きながらコンソールを操作する。
「……再度確認。周辺状況に異常なし。目的の物を探すぞ。」
廃棄された農業用のコロニーの残骸……とはいえ、数年前に人が去ったのみで特に戦争に巻き込まれたりと言うことはない。
セキュリティも放棄されているのであれば、無理矢理侵入しても問題はなく、取り外しはネモに任せれば良い。俺としては、ここから先はほとんどやることはないわけだ。
退屈を覚悟し、一つあくびを打つ。
「ちょっと……アンタ、警戒だけは怠らないでね。」
「それは俺がオペレーターの子に言ったセリフだ。」
「ここではアンタが司令塔なんだから!ちゃんとしなさい!」
「へいへいっと」
レーダーの確認は怠らない。
むしろそれだけやってれば良いのだから、まぁ、そりゃ忘れんだろうという感じである。
「じゃあ侵入してくるわ。なんかあったらすぐ出てくるからね。」
【ロースター】の作業用の腕を器用に使い、無理矢理扉をこじ開け、先へ進んでゆくネモ。
「オーライ。」
ところで農業用の浄化装置とかその辺の機材とはどれくらいの大きさなのだろうか。
いや、本来なら確認してからくるべきなのだろうが、なにせ作戦内容すら前日に聞かされたのだ。
俺は悪くない。
「最終的に持っていくのは俺と【ブルー】なんだよな……」
傷つけないようにだとか必要なパーツの確保などとかはいくら高性能なマニピュレーターを持っている【ブルー】でさえも難しい、というか不可能だ。
それ専門の装備を備えた【ロースター】なら余裕である。が、【ロースター】は長距離の航行ができないし、戦闘もほぼ不可能だ。
……いや、ま、つまり、よくできた作戦だよと言いたいだけなのだが、なぜ俺には相談されなかったのか。シンプルに意味がわからん。嫌がらせか。
今度やり返すからな、ガーランのやつめ。
「……ん?」
たとえ仮とはいえ俺は軍人だ。
決して警戒は怠っていない。
だからこそ、レーダーに映った一瞬の反応を確認できた。
動体、熱量、電波、すべての方面にて高性能なこの【オール】のセンサーが未確認反応を示すということは、奴らである可能性が高い。
とはいえ、かなりの距離。奴らだとしてもこちらに気づくことはないだろう。
「このままやり過ごすが吉か……」
どちらにせよ、決戦用の装備ではない。
システムでの逆転劇も狙えない。
となると、避けれる戦闘は避けるべきだ。
それが俺だけなら。
「……作業中のネモが襲われたらやばいか……ネモ、聞こえるか?」
通信を繋ぎ、状況を報告。
「はいはい、了解よ。これを取り外したら、一度出るわ。」
おそらく一つ目の浄化装置を確保しようとしてるのだろう。
「急げよ。」
かなり離れた位置の反応とはいえ、奴らは無機物を吸収し同化する能力を持っている。どんな形でこちらのことがバレるか……。
「わかってるわよ……ん?ここだけなんか強度が……」
『危険因子の反応あり。』
「!……ネモ!今すぐそこから離れろ!」
アラートと共にAIが伝えてくる。
ありえない。
その考えは消すべきなのに、どうしても思ってしまう。
拠点から遅れて届いたメッセージは
『当初コロニーを発見した位置からかなり移動している。注意されたし。』
だった。これプラス、ネモの報告。
奴らは毎度驚かせてくれやがる。
「このコロニー自体を吸収してやがるんだ!!そこは奴らの腹ん中だぞ!!」
コロニー自体が奴らなのだ。
こんな巨大な人工物すら飲み込むなんて、いくらなんでも規格外すぎる。
コロニーから触手のようなものがゆっくりと伸びてくる。スピードはない。ランスで弾きながら、ネモに伝える。
「これは持って帰れない!?」
「とりあえず諦めろ!」
「そんなの……」
内部はすぐ攻撃されてるわけではないのか。
触手の対応をしながら、拠点へメッセージを送付する。
とはいえ、【マシンズ】が余ってるわけでも、それを操縦できるやつがいるわけでもない。
「コロニーなんて巨大なもの、壊す能力は【ブルー】には無い!いくら遅いとはいえ、そんなでかいもん抱えて撒けるほど甘くないぞ!」
左手に装備された威嚇用のバルカンをばら撒きながら、距離を取る。
こちらで気を引かなければネモは外に出れないだろう。
「ルートは把握してるんだろ!すぐに出てこい!」
いくらゆっくりとはいえ、無限にも思える触手がこちらを襲ってくるのだ。対応しつづけるのは厳しい。
「バカ言わないでよ!外に出たら攻撃されるわ!」
ごもっともだ。
しかし、俺が一人で離れるわけにもいかない。
「こちらですぐに拾って逃げるから!」
「いまの『ブルー』じゃ無理よ!」
いい考えが浮かばない。
焦れば焦るほど、【ブルー】が消耗していく。
しかし、そのタイミングでコンソールに反応が。
「!……拠点からメッセージ!?」
内容は
『15分。持ち堪えられたし。風の神を送り届ける。』
「おいおい、信用に値するのか!?賭けるにしては15分は長いぞ!」
とはいえ、今の俺にはネモを無事に助ける方法も考えつかない。
「保証はないけど、アンタに気を取られてるうちはこっちは安全よ!必死に逃げ回りなさい!」
【オール】の大型センサーを邪魔と判断し、切り離す。
できれば拾って帰りたいとか思っていたが、【アブゾーヴ】はそう優しくはなかった。触手に貫かれ、機能停止。
「かなりレアなんだぞ……」
爆発が起こり奴らは一瞬俺を見失う。
しかし、攻撃を止めるわけにはいかない。
本体に突撃し、ランスを突き刺す。
反応を見るにダメージはあるようだが、すぐに周りから触手が伸びてきてフォローする。
バルカンをばら撒いて牽制しながら、敵を蹴散らすが、左手のバルカンの弾薬が切れかかり、ランスを剣のように振るいながら距離を離す。
意識するのは、付かず離れずだ。至近距離での触手のスピードは【ブルー】に追いつくレベルだが、距離を離すと操作が大味になるのだろう。鈍くなり、避けやすく対処しやすい単純な動きが増える。しかし、離れすぎてしまえば奴の獲物はネモと【ロースター】だけだ。
「時折攻撃が来る!いったいなんで!?」
これだけ強大でも意識は一つなのだ。
こちらが攻撃してる時は気を取られ、離れすぎたり見失ったりすればネモを襲う。
「ネモ!あとだいたい10分後、拠点からの支援がある!それまで耐えるんだ!」
「支援って……アンタのブルーが最大戦力なのよ!被害が増えるだけだわ!」
事実、【レジスタンス】は、対人、対マシンズに有効な武器を多数備えていた。しかし、それでも近代の宇宙戦争に使用される【マシンズ】、中でも最新鋭機である【ブルー】に敵う兵器などまず存在しない。とはいえ、今の【ブルー】は戦闘向きではない。
現場で換装などということはできないが、せめて取り回しのいい武器だけでもあれば逃げることが叶うだろう。
すこし希望が持てた瞬間、その気を抜いた一瞬をつかれ触手が懐まで伸びる。
「ぐっ……あっ!てめぇ!」
迂闊だ、ランスを奪われた。これはほんとにまずい。
残り8分……。これはすこし覚悟しなきゃかもしれない。あ、違うわこれ、覚悟必要だわ。
触手がゆっくりと収束していき、巨大な腕のようになる。
ランスを握りしめ、こちらに振りかざす。
「うおおおお!?!?」
必死にブーストを吹く。
【ブルー】の出力に助けられることが多いな……俺ってパイロット能力低いかもしれない。
「喰らえっ!」
バルカンを撃つ、すこしはダメージを与えられたようだ……が、コンソールをemptyの文字が覆う。
弾切れだ。いよいよ、武器がない。
「これしかない!」
両マニピュレーターを握りしめる。ぶっ壊れる覚悟の徒手空拳だ。
格闘技は最低限しか習ってないし、別にセンスあるわけでもないが、無い物ねだりはできない。
「おりゃあ!」
右拳をパンチとして繰り出すがここで問題が起きる。
【ハミード】の腕は一撃離脱戦闘用にできうる限り軽くできている。つまるところ、殴ったりなんかしたら壊れるのである。
「げっ!」
【ブルー】の腕であれば耐えていたのでここは俺の知識不足だろう。
しかし、まだ終わったわけではない。学習ができるのは人間の良いところだ。
「こっちだ!」
またブーストを使い、奴らの触手とは直角に駆け抜ける。周りを回ってやる。
丁度一周する頃には風の神とやらの現着時間だ。
片腕のなくなった【ブルー】は、バランスが悪くなったのか想定よりも遅くなってしまっているが、かと言って触手に追いつかれるような加速じゃない。
眼前に迫るものだけを避ける。
『拠点の方向より急速に接近する物体を確認』
「……来たか!」
【ブルー】自体に搭載されているセンサーにかかったということは、もうそろそろ目視も可能だろう。
触手を避けながら目を凝らした先にあったそれはネモの髪のように美しい緑色だった。
『未確認のマシンズを確認。新型です。』
すぐにネモのとの通信を開く。
時間通りだ。向こうも待っていたかのようにすぐに回線が開いた。
「ネモぉ!妹さんからのサプライズプレゼントだぜ!」
「了解よ!今脱出する!」
【ロースター】の加速では追いつかれる。
しかし、希望が見えたのだ。縋らなくてどうする。
「このタイミングでやるんだよ!」
遠隔操作によりランスを爆発させる。
奪われた時のことを考えてない訳ないだろう。奴の巨大な手の中で爆発が起こり、かなり怯んだようにしている。
しかし、それでも【ロースター】は捕まってしまう。
これしかないと判断したのだろう。コクピットからネモが飛び出してくる。
「届いて!」
急いで新型の【マシンズ】を受け止める。停止した瞬間、コクピットが開く。
まるで吸い込まれるかのように、【マシンズ】自体がそう願ったかのようにネモは新型のコクピットに収まった。
「よし!起動!」
『システム、オールグリーン。パイロット・ネモの登録を完了しました。』
「……ありがと、シエラ。」
事前の準備は万全という訳だ。
【ブルー】の時とは違い、ネモのための機体であることを認識させる。
『【アイオロス】、戦闘を開始します。』
「行くわよ!【アイオロス】!」
この世界に生まれた風の神は、まるで世界を見定めるかのように静かに吹き荒れる。
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