赤錆色へ帰ろう
コックピット内は綺麗で、シートにはマニュアルが置いてあった。初めのページをさらっと読んで少し笑っちゃう。これはお姉ちゃんの最高の右腕です。なんてメモが添えてあるんだもの。
アタシの名前はネモ・フルーレ。
年齢と身長は伏せておくわ。
小さい頃のアタシはかなりの引っ込み思案だった。といっても、お金持ちで容姿もいい両親の間に生まれたアタシは、これといった才能を持たずに生まれてきたから。アタシより社交的で身長も高くて頭も良くて綺麗な双子の妹の後ろで生きてた。
仲が悪かったわけじゃないんだけど、劣等感みたいなものはずっとあった……と思う。
両親も妹のことばかり見ていた。
全部妹が持っていったんだ。そう思ってた。
でも一個だけアタシが褒められることがあった。
それが【マシンズ】。
アタシたちの惑星は操縦技術が全く発展してなくて、子供たちはみんな【マシンズ】の適性を確認させられるんだ。その時、アタシがすごいってことが軍の人に伝わってスカウトされたこともあった。
訓練も受けずに【マシンズ】を操縦できる才能みたいなのがアタシにはあったみたいで、軽くマニュアルを読んだだけで自在に動かすことができた。
手足のように動くそれは、殻にこもっていたアタシを自由にさせていった。
まずはお父さんを説得した。元々あまり好かれてないと思ってはいたが案の定面子がどうのと言われ軍に行くのは反対された。その後、黙らせるためだろうか、かなり古びた工業用の【マシンズ】を買い与えられた。
【マシンズ】の練習にはちょうどいいってたくさん乗ってはいたけど、そんな折に事故が起きる。
システムの暴走で、見に来てた妹に腕が振り下ろされそうになってしまった。メインギアにロックをかければこの【マシンズ】は止まる、と緊急ボタンを押した。壊れていた。このままでは妹は。
再度言うけど、劣等感はあった。
でも、大切な妹なのだ。そう考えていたら声よりも手が出ていた。コックピットには骨のひしゃげる音が鳴り響いた。強烈な痛みはアタシの腕が無くなったことを知らせてくれる。
「お姉ちゃん!!」
薄れゆく意識の中で妹が無事だったことを確認したアタシが得た感情は、多分満足だったと思う。
一命は取り留めたけど、義手になり親からは【マシンズ】の使用は禁止され、妹とも距離を置かされた。
そこからは普通の日常生活。
妹が機械工の道に行ったことも、その道で才能を発揮していることも知らなかった。
妹に隠れるわけにはいかなくなったので、友人もできた。
そんな折に、とある研究所の事故でアタシたちの故郷である惑星には住めなくなった。
軍の人、まぁガーランたちなんだけど、彼に助けられアタシは宇宙へ旅立った。
その時かな、妹とも再会できたのは。
ちょっと不思議な子になってたけど、アタシの腕を見てたくさん謝られた。いや、アンタはなんも悪くないでしょ。
その時言われたの、お姉ちゃんの、お姉ちゃんだけの最高の右腕を作るね。って。
義手のことだと思ってたから、ありがとなんて簡単に言ったけど。
まさかそれが【マシンズ】のことだったなんて思わないでしょ。
「右側はレバー。左側は義手みたいに取り付ける感じなのね。」
今つけているものを外し、左腕の接続部をそのまま操縦レバーに取り付ける。
たしかに、かなり動かしやすい。
でも、両方レバーでも良かったと思うんだけどな。
マニュアルは詳しく読んでる暇はない。右手で足元に放り投げ、【アイオロス】の両手に装備されたブレード付きのショットガンを構える。
「こっちを見な!」
撃ち込みながら、【ブルー】から離れる方向へ加速する。
アレはもう満身創痍だ。とりあえず体制を立て直す時間をあげないと。
「調子良さそうじゃねえかよ」
「あら、そう見えるってことかしら?」
ヴィルから来た通信に軽口で答える。
「ったく……いいからさっさと逃げるぞ。」
「逃げる?馬鹿言わないでアタシたちが何しに来たと思ってんのよ。」
「……新型だからって調子に乗ると痛い目見ることになるぞ。」
「実体験のように言うわね。」
「ついぞ最近の話だ。」
ため息をつきながら、話すヴィル。
あの時ぼろぼろだったのはそう言う理由だったのかな?
「……でもやっぱ、ここまでやられてお土産なしじゃ帰れないわ。」
あの天才の妹に、負けた気になるじゃない。
「これは意地よ。」
ね、応えてくれる?【アイオロス】。
そう考えた瞬間、【アイオロス】の目が輝き、背中にマウントされたドローンのようなものが個別に離脱していく。
「なんだそれ……」
ヴィルのびっくりした声が聞こえる。
モニターにうつるその名前は【スライス・ペタル】。
【アイオロス】の周りを飛び交うその姿はまるで風に踊らされる花びらのよう。
腕の神経を伝って考えるだけで動かせる【アイオロス】の遠隔操作武器だ。
「……敵わないわね。」
妹はやっぱりすごい。
お姉ちゃんならできるでしょ?と言われているかのようだ。
「……やってみせるわよ。」
スライス・ペタルを前面に展開させる。
これで道を切り開く。
飛び交う複数のスライス・ペタルに【アブゾーヴ】は対応しきれていない。
多数の触手を切り裂きながら、【ブルー】へ道を指し示す。
「取りに行くのは俺なのかよ!」
嘆きが聞こえるが、無視することにする。
ちゃんと持って帰ってきた【ブルー】をフォローしながら、宙域を離れる。
スライス・ペタルに気を取られながらでは離れるこちらを追うこともできやしない。
距離はどんどんと離れていき、目視はできなくなった距離でスライス・ペタルを引き戻す。
「作戦上は勝ちよ。」
あっさりと仕上げてしまったが、【アイオロス】に巨大兵器と戦う装備はないし、追跡されないように逃げる方が大事だ。
そもそも今回の目的は……
「これで、無事に水を届けられるな。」
ヴィルの疲れ切った声が響く。帰ったら流石に労ってやろう。
そう思いながら、【アイオロス】のブースターを吹かすのであった。
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「素晴らしい戦果だ!」
到着後、【アイオロス】から降りたネモは眠るように倒れ込んだ。
先程までは笑顔で姉を待ち構えていたシエラは、血相を変えてネモに駆け寄る。
後で聞いた話だが、【スライス・ベタル】の遠隔操作は脳神経への負担がかなり大きいらしく全機を同時に操作する想定はほぼしていなかったという。
ネモのパイロットセンスが、妹を超えていたということか。
俺も疲れはしたが、報告を行うためにガーランと話をする。
「後でちゃんとネモを褒めてやれよ。」
「いや、2人とも命懸けだったんだろ。助かったよ。」
俺のプライド的にはほぼ助けられていた今回の作戦は無かったことにしたいのだが、そういうわけにもいかないか。
「とりあえずメシをくれ。摂り次第、出撃準備に入る。」
「なぜだ?疲れているだろうし、休んでくれ。」
「馬鹿を言うな。撹乱はしたとは言え、奴らが追跡してきていたなら戦えるのは【ブルー】だけだろう。」
全部がそうと言うわけではないが、やはり【マシンズ】の力は大きい。
ないよりある方が強いに決まっている。
それくらい、今の戦闘は【マシンズ】に頼りきっている。
「んぐ……しかしだな。」
「ガーラン。俺は問題ない、あんたも出来ることをするんだ。一日経てばとりあえず可能性は低くなるだろう。周囲のセンサーに目を凝らせ。」
カッコつけてはいるが、かなりしんどい。
しかし今、シエラたちが汗水垂らして【ブルー】の整備をしてくれている。
事前に【ブルー】の四肢を用意してくれていたようで、取り替え作業に勤しんでいる。
「二番はそっちじゃないでしょ!……関節部には合金プレート被せておきなさい!それだけでごまかしに……あぁ、あいつらには意味ないわ!それ無し!」
そもそも人手が足りておらず、整備が専門の人間もほぼいない状態だが、グランさんとその先輩のジャクスさん、あとシエラが作った整備用オートロボットたちが忙しなく動き回ることでなんとか収めている。眺めてる場合じゃない。飯を食いに行くか。
そのあと三日ほど後、結論から言うと、上手く撒けていたようで奴らが襲撃してくることはなかった。
また、奪ってきた浄水器もうまく作動したようで、ガーランたちは拠点としてる惑星に帰ると躍起になっている。
「拠点の惑星には溜め込んでる資源もあるからな。お前の【ブルー】の新たな武装とかも手を出すことができるだろう。」
とのこと。
ありがたい話だ。なんせ、今の【ブルー】は牙を持たない。
逃げることしかできない生き物は、食われるしかないからな。
「いい顔してんじゃないのよ。」
格納庫で【ブルー】を見上げていると、車椅子に乗ったネモとそれを引くシエラがこちらにやってくる。
「車椅子生活はずいぶん大変そうだな。」
「うるさいわね。シエラが過保護なのよ。」
噛み付くかのような勢いでこちらを睨みつけながら喋るネモ。
それを見てため息をつくシエラ。
「違うわよ。遠隔操作であんな一気に扱ったら脳みそプッツンして精神崩壊してもおかしくないんだよ?グレイグ先生は問題ないって言うけどさぁ。リミッター勝手に外してくれちゃって……。」
「【アイオロス】が外してくれたのよ。」
「そりゃネモ姉さんに外せるようにはしてないけどさぁ……」
あの時、本来なら一度に使える数を制限してたらしい。
しかし、ネモ曰く、名前を呼んだら応えてくれた、とのこと。
「俺は熱くて好きだけどな。」
無機質であり、ただの機械である【マシンズ】が、想いに応えてくれるなんて俺たちパイロットを目指すものからしたらまるで御伽噺のようで素敵じゃないか。
「私は駄目……。【マシンズ】ちゃんたちに研究者として理解できないことがあるなんて許せないのよ。」
すごいグルグル目をしながらブツブツと話すシエラを見てるとなんというか触れないほうがいい気がしてくる、が。
「シエラが作ってくれたんだから、応えてくれて当然でしょう。」
当たり前でしょ、とドヤ顔をかましているネモを見ていると面白い双子だなぁと笑ってしまう。
そうしてると遠くからグランさんが手を振り、俺を呼んでくれる。
【ブルー】の準備ができたようだ。
「ほら、そんなことよりもうすぐ発進だから、【ブルー】に乗っときなさい。」
なんとびっくり、実は俺たちが生活していたところは本当は工業用コロニーではなく、巨大な宇宙船であったらしい。
ガーランは一応俺には黙ってたらしい。あいつほんとに……まぁいい。
艤装用の外板を打ち破りながら、宇宙船【コノフォーロ】が、姿を表す。
そのままエンジンを吹かせ、ゆっくりと前進していく。
「向かう場所は惑星レジスタンス。アタシたちの今の拠点よ。」
名前がまんまだな!
『こちらでも場所登録をしますか?』
【ブルー】のAIが問いかけてくる。
まぁ今後住むことになるだろうからな。
「……そういうことでいいんだよな?」
「もう家族みたいなものですしぃ〜」
独り言を呟いたつもりだったが、回線が開いていたらしく、ルリィに聞かれていた。
「帰る場所がないから、そう言ってもらえると助かる。」
ルリィが決めることじゃないだろうが、とりあえず乗っとこう。ルリィはバカだが、みんなに好かれてる。俺の立場は安泰だ。
「今、失礼なこと考えました?」
なに?顔に出てた?まぁいいじゃないか。これからも仲良くしていこう。
【コノフォーロ】は武装は少ないが光速航行ができる宇宙船らしく、到着まではすぐだった。
「あ、着きましたよ。」
光速で動いたあとなのに、まるで配達品が届いたようなぐらいの反応のルリィ。
「緩いなぁ」
「これくらいの方が楽でしょ?」
「否定はしないけども。」
【ブルー】のモニタスクリーンに映るは惑星レジスタンス。
外から見れば綺麗な赤い星だが、どうやら砂漠地帯が広いらしく、地下に居住区を築いているらしい。
重力がかなり緩いらしく、港状態になってる場所に【コノフォーロ】で直接突っ込んでいく。
大気圏層が薄く、地上には空気もほとんどないらしい。地下に酸素を生み出す鉱石が存在するらしく、それで生活することができているそうだ。
また宇宙圏から見ると砂しかないように見えるので、偽装的な意味でもかなり有用だそうだ。
「大変そうな星だ。」
「アンタも住むのよ。」
緩い重力の中で【ブルー】を動かしていると、通信画面にネモが映る。
「第二の故郷になんのかね。」
そうであれば嬉しい。
そんなことを思いながら、新たな地へ入っていくのであった。
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