駆け抜ける群青

「管理官!敵性体を確認した!【マシンズ】ではない!」


一瞬、意識が奴に持っていかれた。

底知れぬ闇を感じたのだ。

正気を取り戻した俺がまずしたことは

報告、そして突入だった。


「P08!何故突入する。一度撤退して……」


「奴は入り口側にいた!……尾けられてたんだ。逃げ道なんてない……。正規軍の援護をし、力を借りるぞ。」


基地内部はそこまで入り組んだりしているわけではない。時間稼ぎ用のオートセキュリティを掻い潜りながら、奥へ奥へと急ぐ。

向かうは【マシンズ】の格納庫。

最悪、正規軍の援護を受けられなかったとしても武装があるはずだ。実弾兵器はあまり効きそうにないが、レーザータイプ(収束した光によって熱ダメージを与えるタイプの武装。火力が環境によって左右されやすいという弱点はある。)の武装も存在する。

とにかく何でも良い。対抗策はあるはずだ。

その一心で、マップのルートを辿る。


(奴は熱センサーにかかった……ならば、近づいてくるのはわかるはず。)


今のところ、反応はない。

しかし、ここまでして内部からの反応がないのもおかしい。

通信を妨害されただけではないのか。

先ほどの恐怖が頭から離れない。

格納庫の扉を力ずくで開ける。


「……なんだこれ……」


そこにはコックピット部分だけが綺麗になくなっている武装された【マシンズ【グラウス】】と血だらけの格納庫があった。

それも一機じゃない。おそらく全ての【グラウス】がそうなっている。


「くそっ!」


立ち竦んでいても始まらない。後ろから奴が来てるかもしれないのだ。

俺は【マシンズ】から、マシンガンを奪おうとした。

が、叶わなかった。

動いたのだ。

コックピットを失い、操縦者がいない状態で動くなどと。

答えはすぐそこにあった。

正規軍の【マシンズ】の美しいほど紅く輝くモノアイがこちらを見つめていたのだ。


「う、うわぁぁぁぁ!?」


全機。

おそらく10は超えるであろう【マシンズ】とそれらが持つ銃器の銃口がこちらを見ていた。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

とっさに緊急脱出用のボタンを叩く。

練習機の背部から防御用のクッションとともに排出され、壁に叩きつけられる。

瞬間、練習機に浴びせられる大量の実弾。

爆薬の仕込まれていないタイプの弾薬のようだ。

金属に金属があたる音が辺りに響く。


「ぐっ、あぅ……」


叩きつけられた衝撃と、甲高い音からくる頭痛に耐えつつ格納庫から駆け出る。

とはいえ、戻る道は危険だ。

後ろからは奴が迫ってる。

更に、おかしくなってる【マシンズ】に見つからない道を考えるなら人間用の通路しかない。

幸いにも、梯子さえ登れば扉は近くだ。

その瞬間、練習機が爆発を起こす。


「すまねぇな……」


梯子を駆け上がりながら、独りごちる。

自爆用のボタンを押してから脱出した。

これで時間稼ぎにはなるだろう。

何時間も練習に付き合ってもらった別れがこれなんてほんとに申し訳ない。

そのまま、扉から脱出する。

その先は血だらけの下り階段。

降りるなど愚策中の愚策だが、もう進むしかない。

俺なりの全力で駆け抜けていくとおそらく血の主であろう男がいた。


「教官!?」


そこにいたのはまさかの教官だった。

ヘルメットにつけた星を見立てた特殊な装飾から察するに軍小隊の隊長クラスだ。

上層部と繋がりがあるのは知っていたが

まさか、本人もパイロットだったなんて。


「……?……すまんな……もう前が見えんのだ。貴方が誰かもわからん。……もし四肢が動くのならば、頼みたいことがある……。」


左半身がほぼない。

生きてここまで来れてるのが奇跡だ。

そして、血の出し過ぎだろう。

視線が定まっていない。

教え子の一人だということも……気付いてないだろう。


「ここを降りた先に……状況を打破するための一手がある。特別な【マシンズ】……だ。……まだ試験も済んでいないが……アレならば。……星の未来を……頼む。」


「やるしかないんなら……やりますよ。」


入室用のカードキーを受け取り、俺は振り返った。

いまは悲しんでる場合じゃあない。


「まさかお前がここにくるなんてな……歴史嫌いめ。」


駆け出した俺に、教官の最後の言葉は届かなかった。その顔が希望に満ちていたことも、俺は知らなかった。


「……早く開いてくれ」


扉にたどり着いた俺は、カードキーを通す。

扉が開いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは練習機よりも大きな【マシンズ】だった。


「……蒼い……機体。」


そんなはずないのに俺にはそれが昔から追い求めた宇宙の色に見えた。

すこし見惚れてしまったが奴らが迫ってきてる可能性がある。

ボーッとしてる場合じゃない。


「コックピットは……腹部か。」


階段を上り、乗り込む。

コックピット構造やシステムは練習機とほぼ変わらない。起動もスムーズに行える。


『システム、オールグリーン。初回起動になります。登録者のスキャンを行います。』


ワンオフの【マシンズ】はパイロットの登録を行う。【マシンズ】はそれぞれの惑星の全ての技術が集結させていると言っても良い。

そのブラックボックスが外部に流出されるわけにはいかない。


「従軍コードなし。個人認証を頼む。」


正規のパイロットのみに交付される【マシンズ】登録用の従軍コード。

これがあれば登録自体のプロセスがかなり短縮されるのだが、俺はまだ訓練生。

人体スキャンに少し時間をかける必要がある。


『スキャン……完了。パイロット名の登録をお願いします。』


「時間がないんだ。デフォルトでいい。」


我が惑星の【マシンズ】は音声認証ができる。


『では、パイロットと。』


AIの返答。

正規軍の【グラウス】とは違うな。

まさに機械という感じのあちらのAIに比べすこし、砕けたような印象を受ける。


『感度の設定等は』


「戦闘中に調整を頼めるか」


『了解』


できる限り設定を早めていく。

奴らが来る前に動かなければ。


『では、最後に。』


AIが勿体ぶる。なんだこいつ。


「急いでくれ。」


『機体及び私の呼称名を決めてください。』


それらは製造段階で設定を済ませるのが普通だと聞いていたが。

まぁ、新型の起動に立ち会うなど初めてだからイレギュラーもあるのだろう。

しかし、名前か……。


「計画中に呼ばれていた名前はないのか。」


『……ありますが、その呼称を推奨しません。』


「何故だ。」


『製作者の設定です。』


よくわからないが、名前を元のまま使うのは今後の為にもよろしくないらしい。

ならば、つけねばなるまい。

かつてお伽噺で見た、別世界での青を示す言葉。


「……ブルー。お前は【ブルー】だ。」


『認証しました。よろしくお願いします、パイロット。』


新たな相棒。

この力を使って、脅威を撃退する。今の俺に与えられた使命だ。


「よし、射撃武装を教えてくれ。」


コントローラーに手を携え、AIに話しかける。


『ありません』


「なに……?」


俺は耳を疑う。


『武装は腕部に備え付けてあるロールブレードのみです。』


「ロールブレード……?」


聞いたことがない武装だ。

しかし、そもそも射撃武装がないなどと。

宇宙空間で格闘戦のみを仕掛けるなど、相当な推力がなければできない。

それも、突進のような攻撃だけだ。


『いわゆるブレードですが、回転することによりガードにも転用できます。』


「それだけか!?」


『それだけですね。』


「……っそうか……。」


試作機だ。

本来なら、すぐに実戦投入されるようなものでもないだろうし、下手をすれば正規軍の【グラウス】よりも基本スペックが落ちてる可能性だってあるのだ。

贅沢は言ってられない。あるもので戦うしかないだろう。

それに、こいつも試作とはいえ新型だ。なんらかのアドバンテージがあるはず……。

それに期待するしかない。


「ブルー、出撃するぞ」


『了解。基地外部に射出します。』


練習機とは違う。

格闘を繰り出すための推力。コックピットにかかる重力は比ではない。

【グラウス】の武装はマシンガン等の射撃武器とロッドのみだ。

近接ならこちらに部があるだろう。


「……いくぜ。」


基地内部の【グラウス】はおそらく取り込まれていたのだろう。

俺が入り口で見たあの怪物は寄生生物である可能性が高い。

頬を伝う汗が、嫌に冷たく感じる。俺の中の熱が冷めないように。

それを振り切るように、俺は【ブルー】と共に、地上に躍り出た。基地周辺の森林地帯に放り出される。

どうやら【ブルー】には高性能の熱感知レーダーと、動体センサーが備えられているようだ。

こいつなら、奴らを捉えられる。


「周囲の敵影は……?」


とはいえ、練習機の時の癖で肉眼で確認してしまう。


『周囲の反応は三機です。』


音声とともに目の前に【グラウス】が一機現れる。

残りの二機は隠れているのか、姿が見えない。

【ブルー】に搭載されたロールブレードを構え前方に突進する。


「うおぉ!」


一閃、頭部を切り裂く。

【グラウス】の制御コンピューターは頭部に搭載されており破壊すれば、完全手動に切り替わる。

操縦者が乗ってない今なら、動きを止めるはずだ。

しかし、


「そう簡単じゃないか……」


目の前の【グラウス】はひるんだものの、何事もなかったかのようにマシンガンを連射してくる。


「くっ……」


ロールブレードを回転させ、ガードに使うがそう大きいものじゃない。

コックピット周辺は守り切れるが、脚部などに被弾する。


「受け続ければ、たかがマシンガンといえど……!」


ただし、【ブルー】の推力は既存の【マシンズ】から見ても段違いだ。

惑星の重力圏内でも、真上に飛び上がるなど造作もない。


「な、なんて推進力だ……。ここまで飛べるなんて。」


想定よりも飛び上がったので【グラウス】が反応できていない。

そのまま背後に落下しつつ、縦に切り裂く。


「真っ二つ……とはいかないか。」


メインエンジンまでは届いたが、分断することはできなかった。

ロールブレードを引き抜き、機体の爆発を避けるため、後部に素早く退避する。


「残り二機……!」


すぐにレーダーに目を向ける。

斜め前と背後に一機ずつ。背後のほうが距離が近い。

というよりこれはすでに……。


「気づかれている!」


旋回し、ブレードでマシンガンを持つ腕部を切り離す。


「だが、動きがのろいぜ!」


そのまま蹴り飛ばし転倒した【グラウス】のエンジン部にブレードを突き立てる。

爆発から逃れつつ、その衝撃の反動を利用しもう一機のほうに高速で突っ込む。


「これなら反応も!」


会敵するや否や、その勢いで蹴りを繰り出す。

こちらに気づく前に吹き飛んでいく【グラウス】をそれ以上の推進力にて追撃する。


「できないだろうよ!」


横を通り過ぎつつ、エンジン部を切り裂く。

そのまま駆け抜け、背中で爆発を感じる。


「よし……あとは、基地内部か?」


先ほどまで追いかけられていた十機以上の【グラウス】を思い出し、基地を見やる。

と、同時に軌道エレベーター管理室とずいぶん連絡を取っていないことも思い出し、【ブルー】の通信機器を確認する。


「遅くなってしまったけど……」


別の発信源からの通知に反応してくれるか定かではなくなかなか応答がない。

こちらが定期通信を行わないことにしびれを切らしたか、俺が死んでしまったと想定し、基地を捨てる選択をしたのだろう。


「脱出ポッドであれば後々回収に向かわないとな。」


一旦、連絡を取ることを諦め基地内部へと向かう。


「……しまった。マシンガンくらいはもらっとくべきだったか」


先ほどの戦闘の結果を少々悔やみながら、なんとか覚えてる範囲でセキュリティの薄いゲートに突入する。


「……?」


レーダーに敵機の反応がない。

出てこようとする機体がいてもいいと考えていたがすべて格納庫にいるのだろうか。

だがしかし、所詮は先ほどの三機程度の敵だ。

【ブルー】を手に入れた俺ならば何機相手にしようと、敗北はしない。格納庫でまとめて相手にしてやる。


「よぉし、【ブルー】。俺たちで基地を取り戻すぞ。」


AIは反応しなかったが、それに応えるかのように【ブルー】のブースターが唸りを上げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る