闇のような蒼の中で

波色 兎

黒よりも深く

惑星同士、人同士の戦争が落ち着きを見せ【マシンズ】のみならず、様々な分野での発展が進み始めたころ。

俺はひとつの答えを追い求めた。


宇宙の色は何色なんだろうか。昔、そんな疑問を持ったことがある。

見たら真っ黒。真っ暗闇。

でもたくさんの輝きで照らされる宇宙は、黒色とも違う気がした。

それを確かめたくて宇宙に行きたかった。

幸い、時代は俺に味方をしてくれた。

惑星各地にあるエレベーターを使えば、子供の小遣い程度で誰でも簡単に宇宙を見に行くことができた。7歳の頃、親に連れられて見た宇宙はやっぱり黒色とは違う気がした。


「おい、起きろ」


目が覚めると目の前には教官が呆れた顔で立っていた。

同期の中では鬼とまで呼ばれた教官だが俺が自慢の赤い髪を長く伸ばそうが、授業中に寝てようが、強く当たらない。


「……まぁ、やる気がないのなら寝てて良い。」


三年制の【マシンズ】の操縦士育成学校だが、一年の頃から俺は何度もこの人に怒られてきた。

そのうちこの人も学習したのだ。

こいつは怒られてもやらない、見捨てられるのが怖いのだなと。


「やる気がない訳じゃないっす」


仕方ないのでゆったりと教科書を開く。

基本的な射撃の方法などが事細かく載っている。偏差射撃のページを開く。


「今は歴史だ!」


俺が射撃学の教科書を取り出したのを見て、教官は声を荒げる。


「歴史が一番興味ないなぁ」


わざと憎まれ口を叩く。

三年にもなると数百人いた生徒はもう数人。

教官とのこのやりとりもいつもの光景なのだ。とはいえ、歴史に興味がないと言ったのは本当。誰かの生きた軌跡など俺には関係のない話だ。

それよりも俺は、俺の未来を見ていたい。だからこそ実技の授業ではやる気を出す訳だが、教官にとっては座学だけ手を抜いてるように見えるそうだ。


「今日の実技は宇宙に出る予定だ。寝ぼけていてはシミュレーター通りにはいかんぞ。」


その言葉を聞いて俺は心が躍った。

未熟なうちに【マシンズ】で宇宙へ出るのは自殺行為である。という教えのもとシミュレーターや無重力空間装置の中での訓練を行なってきたのだ。


「教官、実技のことならこいつは大丈夫でしょ」


「馬鹿のくせに動かすのは得意なんだからな」


笑い声と共に野次が飛ぶ。

2年間共に歩んできた仲間だ。怒りはしないが、それでも馬鹿と言われていい気分ではない。


「馬鹿とはなんだ!馬鹿とは!」


言い返したあたりで、教官に歴史の教科書を投げつけられた。

ほら、たいした重さじゃない。


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練習機のコックピットはお世辞にもいい環境とは言えない。

暑いし、狭いし、汗の匂いで臭い。

しかし、それでも俺はここが好きだった。

【マシンズ】を手足のように動かせるし、なにより【マシンズ】と一体になったかのような感覚を覚えて、気分が良いのだ。


「じゃ、8番出ます。」


練習機はそれなりに良い機体である。

整備の学部の生徒たちが授業で使うというのもあり、この惑星における最新の量産機が配備される決まりになっているのだ。


『この回線が聴こえた奴から指示通り目標を攻撃していけ。』


指示通り、とは良く言うが当然視認するのは困難であり、戦闘時の多くを目視に頼る【マシンズ】での目標撃破は非常にもたついたものであった。


『宇宙の暗闇の中では見つけにくいだろう』


とはいえ、【マシンズ】というのは各国の代表であり、大抵の場合分かりやすい色に塗装されていることが多い。近隣惑星の白色など最たる例だ。あんなもの宇宙空間の中では的にすぎない。我が惑星の水色だってそうだ。


「教官、的がこんな色じゃ見にくくて当たり前じゃないですか」


『座学を疎かにしてるお前なら余裕だろう?』


練習に使われてる的は青く塗装されていた。しかも、すこし黒めの。

あまりにも背景と同化するので宇宙じゃ見にくい。


「星がないところを狙えばどうだ……」


と意気込んだはいいものの、連射式のマシンガンとかならまだしも単発式のブーストガン(弾薬に特殊な加工を施し、弾丸自体が加速して長距離でも狙い通り飛ぶ)では、見えないものに当てるのは不可能だ。


「厳しいですよ教官。」


「寝てた罰だ。撃ち切るか、全部に当てるまで帰ってくるなよ。」


「3時間はかかりますよ……」


独言が宙へと消えた。残ったのは相当量の残弾表示、そして


「まぁ、やるしかないんならやりますけどね!」


楽しそうな自分の声であった。

その後、想定よりも遅くなった。

結局当て切ることは叶わず、全弾打ち尽くすことになったわけで本来地上に戻るためのはずの、練習機用の輸送コンテナは先に戻ってしまっていた。

とはいえ、こういう場合の対処法を学んでいないわけではない。

俺は慌てず、無線通信を開いた。


「こちら、P08。軌道エレベーター管理室。帰投の為、フォロー頼みます。」


一拍置いて、返答が来る。


「P08確認した。青灯を点灯後、エレベーターに接近せよ。入り口は7番ゲートだ。」


「感謝する。」


言われた通り、7番ゲート内にて練習機を停止させる。

すこしの本人確認と手続きが終わった後、エレベータ内に降りる許可が出た。

軌道エレベーターはかなり広く一般の飲食スペース等も存在するため機体に乗りっぱなしでなくとも良いのだ。

降りる前ヘルメットを脱ぐと、長い赤髪がコックピット内に浮かぶ。

俺は自分の髪が好きだ。

自分で言うのもなんだが、整った顔をしているしこの赤い長髪のお陰で何度か女に見られたこともある。

とはいえ身長はそれなりに高いし、身体も鍛えているからそれが原因で困ったこともないわけだが。

すこしの空腹を感じ、軽食でも食べるかとコックピットを離れようと練習機にロックをかける。

練習機はパイロット登録を行うようになっていないため誰でも操縦できてしまうという欠点がある。

そのため、機体を離れるときはコックピット自体をロックする必要があるのだ。


「よし、これでオーケー……っと」


何を食べるか考えながら、通路に向かう。

エレベーター内の軽食コーナーは確かカレーが有名だったはずだ。

無重力下でもちゃんとした料理が食べられるなんて技術の進歩は素晴らしいなと笑みを浮かべながら進んでゆくと急にあたりが赤く染まり、警報の爆音が響き渡る。


「レッドランプ……襲撃!?まさか!」


故障を期待しつつも動かざるを得ない。

急いで、練習機に戻りロックを外しコックピットへ戻る。

仕方ない、乾燥食料で我慢するか。


「P08より、軌道エレベーター管理室へ。状況説明を頼む。」


緊急事態に於いては、練習生の俺たちも正規軍と同等の扱いを受けることができる。

これは練習生を失わずにするための特別令である。

雑音まじりの回答が間を開けずに飛んでくる。


「こちら管理室!……正体不明の飛来物が地上に落ちた……。飛来した【何か】により、地上のあらゆる施設が襲撃を受けている。」


「バカな……。正規軍は!?」


「現状出撃は確認したらしいんだが、進行が早すぎるんだ。本来なら逐一管理室には報告が来るはずなんだが、いまどうなっているかは不明。エレベーターの護衛も出るべきかの判断ができないでいるんだ。」


悔しそうな心がにじみ出ている声だ。

軌道エレベーターの管理などエリート中のエリートの仕事だ。

彼らも俺たちとは比べ物にならないほどのプライドがある。

何もできない自分たちがもどかしいのだろう。


「軍が出せないなら俺が出張る。回線は繋いだままで居てくれ。」


今現在、俺は居残りの帰りだ。

だったらなにかあっても教官殿のせいにできるだろうし、教官殿は軍の上層部とのつながりもあるほどの実力者だ。

なんとかなるだろう。意外と運はあるほうだ。


「武装もない練習機での出撃は許可できない!」


ヘルメットをつける。


「偵察にとどめる。」


練習機を起動していく。


「……コールサインはP08のまま継続。状況の報告は欠かすなよ。」


【8号、起動します。】


「了解。ありがとう。」


緊急事態だ。

全員で助け合う必要がある。

何のために学んできたのか。


「お前が俺たちに吐く言葉はありがとうじゃないだろう。」


自嘲の震えを感じる。


「そうだったらわざわざ許可なんか取らないさ。……出撃する。」


実戦かもしれない。

その恐怖をビリビリと肌で感じながら俺の乗った練習機は地上へ落ちていく。

降下中、疑問を整理する。まずは相手の正体だ。

本来、戦争を行う場合宣戦布告を行うのが定例だ。

殺し合いにマナーも何もないがそれを破ったとなれば近隣惑星が黙ってない。

その上、自惑星の民も良い顔をしないだろう。

それらのリスクを冒してまで、急襲してきたとは考えにくい。

第三の勢力の存在を疑うべきだ。

次に、相手の狙いだ。俺たちの勢力を削ぐこと、惑星を手中に入れることが目的ならば、軌道エレベーターを真っ先に狙うべきだ。

エレベーターを潰せば、【マシンズ】の宇宙移行を阻止できる。

なのでエレベーターにはそれなりの勢力を備えるのが定石であり、今回はそれを利用された形になる。しかし、【マシンズ】のようなものが惑星に向かっていた場合、軌道エレベーター側でわからないわけもない。


つまり……わからん。さっぱりだ。

一体何が起こってるんだ。


そうこうしているうちに大気圏内への突入を開始する。

惑星間戦争に使われていたのは伊達ではない。

この程度の摩擦熱は簡単にクリアできる。とはいえ、どうしても派手になるので地上からは確認し放題。

銃撃が飛んでこないのが不思議なくらいだ。


「大気圏の突破を確認、現在敵性体は確認できず……そのままA地区の森林地帯に着地する。」


「了解、周囲の生体反応にも最大限気を配れ。」


出来うる限り優しく森林に着陸したがそれでも木の2、3本は折れてしまう。

しかたあるまい。うちの【マシンズ】練習機は、15.0m。

木々が密集している森林地帯では、折れるのもやむなしだ。

野生の動物たちがちゃんと逃げてることを祈る。


さて、目指すは軍本部。

ここからそう距離もない。目視もできる。


「軍本部の基地の場所はわかるだろうが、セキュリティの薄いところはマップにマークしてある。確認しておいてくれ。」


当然、軍の司令部。

外部からの侵入を防ぐためのセキュリティは万全だ。監視カメラやレーザーバリア、ルートによってはオートマシンでの迎撃まである。

いや、しかしだ


「セキュリティだと?コードは通用しないのか」


我々は外部の人間、というわけではない。軍内部用のコードがあるはずだ。

それを使えば、セキュリティを気にすることもないはずだが。


「正面から行けば問題ないだろうが、今回はそういうわけにもいかないだろう。」


今回は偵察。何がいるかわからないところを、正面から突破というのは間抜けのすることだ。と、いうことらしい。それはその通りだ。

おとなしく従おう。


「了解、3番ゲートを使う。」


練習機を回頭させる。

相変わらずレスポンスがいい。やはり最新鋭機なだけある。


「……わかってはいると思うがセキュリティが一番濃いところだぞ。」


無線機から聞こえる声色は厳しい。

当然だ。自国のセキュリティで自国の機体がやられたとあってはたまったものではない。

とはいえ、俺も腕に自信はある。

なんたって実技だけならクラスでもNo. 1なのだ。

実戦ならまだしもオートエイムの機械を避けるだけだ。普段の練習と変わりはない。


「理解してる。学生の腕は信用できませんか、管理官殿。」


「期待はしているよ、学生殿。」


お互いに笑みが溢れる。

管理官がずっと持っていた。かなりきつそうな緊張感はすこし緩んだようだ。


「そいつぁ光栄ですね。」


練習機を走らせる。

センサー内に入った。

俺は感覚を研ぎ澄ませ、四方八方から来るはずの銃撃に備えた。

しかし、聴こえるのは静寂だけだった。


「何故だ……?」


【前方より熱源】


練習機のアラートがけたたましく響く。

熱源センサーにかかった。ならば、有視界内に何かがいるはずだ。

メインカメラのズーム機能を使い、周囲を探す。

そして、見つけた。





そのおぞましい



まるでどろりとした悪意のような



真っ暗闇の怪物を。

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