希望の青と、女神

格納庫にたどり着いた俺は想定外のものと遭遇する。

それはもぬけの殻となったハンガーだ。


「……奴らはどこへ?」


その瞬間だった。

強烈な衝撃を上部より感じつつ、【ブルー】ごと倒れこむ。


「まさか、上だと!?」


慌てて熱感知レーダーを見やる。

しかし、そこに敵の情報は載ってはいなかった。奴らはこのレーダーに引っかかるはずだ。

いままでもそうやって索敵していたはずなのに。

嘆いても仕方ない。ならば、目視での確認をするしか。

そう考えた俺は、上部から現れ【ブルー】を組み敷く謎の存在を押しのけ周りを見渡す。


「な、なんだこいつら……」


そこには【マシンズ】かのような人型を模した存在が、複数いた。

しかし、全身がまるで飲み込まれるかのような黒色をしている。


「こんな……こんな【マシンズ】、データにないぞ。」


よく見ると姿形は【グラウス】に近いがまるで生物かの如く、全身が脈動している。

そうしていると、獣のごとくとびかかるようにして襲い掛かってくる。


「ぐっ!」


押しのけた一機を盾にする。

そうして、一度飛び込んできた数機の攻撃をいなした後、その機体の弱点、つまり【グラウス】であればメインエンジンが搭載されている場所に、ブレードを突き立てる。

しかし、爆発は起きず、まるで溶けるかのように崩れていった。


「これは……!?」


その現象を確認した瞬間、一度距離をとるべきと判断した俺は【ブルー】のポテンシャルを利用する。

【ブルー】の近接用の出力は伊達ではない。ステップを踏むかのように、横に避ける。

格納庫内は室内にしては広いとはいえ、【マシンズ】が暴れられるようにできているわけではない。

本来、【グラウス】が格納されるハンガーを盾にして一度身を隠す。


「いまのは……しかし、少々驚かされたが、どうやら敵は武装を所持していない。これなら問題なく勝てるぞ。」


一度見た限り、奴らは直線的な攻撃しかしてこない。

そうであれば、パワーもスピードも上の【ブルー】に分があるうえ、【マシンズ】サイズでの戦闘なら、俺は負けたことがないからな。

しかし、やはりあれは生物……なのだろうか。

少なくとも俺の知っている【マシンズ】であれば溶けてしまうようなことはないはずだが。


「正確な数までは把握できなかったが、少なくとも五機はいたな。」


【ブルー】の動体センサーをチェックする。

動いているものを感知するセンサーだが、方向など、大まかなものしかわからないため、やはり熱感知レーダーには劣る。


(とはいえ、今の状況では使わざるを得ないが……。)


出来れば各個撃破が望ましいが格納庫は狭いのでそうもいっていられない。

敵機の前に身をさらすと、そのままブレードでエンジン部を狙う。攻撃自体は成功するが、前回のような手ごたえがない。


(……なんだこれ……抜けねえ!?)


突き刺すようにして狙い、貫通させた腕ごと固定されてしまう。

【ブルー】のパワーをもってすればと考えたが、考えが甘かった。固定された右腕が悲鳴を上げる。

しかし、動体センサーに背後から迫りくる脅威を確認。俺は、左腕のブレードで自身の右腕を切断。その勢いのまま振り向き、確認もせず切りかかる。


「くそおっ!」


しかし、今度は背後から機体に体当たりをされ、前のめりによろけてしまう。

目の前には切りつけた【グラウス】。残った腕でそいつを押さえつけ、上を飛び越える。

きれいに着地とはいかず、肩から落ちてしまうが窮地は何とか逃れたか。

と考えたのも束の間、二機はよろけながらもこちらに迫る。


「さっきまでのやつらは倒せていたのに……」


片腕で重力に苦戦しつつも、なんとか立ち上がる。

二対一の訓練は何度もやってきているはずだ。それがたとえ【マシンズ】想定のものだったとしても。

残った左腕のブレードを構える。

今考えるのは、倒す方法じゃない。このわけのわからないやつらから生き延びる方法だ。

距離を取り、曲がり角にて身を隠す。

どうやら見られていないうちはそう派手に動くこともなさそうだ。

考えるのは今しかない。


絶望だ。


はじめて乗った機体だから


性能がわかっていないから


実戦は初めてだから


相手の詳細がわかっていないから


言い訳ならば子供用の間違い探しの最初の一つを探し出すよりも簡単に見つかるだろう。


しかし俺は生き延びたい。

そうであるならば、脳のリソースはそこに割くべきじゃない。

折れるな、俺。


この状況は、俺の油断と驕りが蒔いた種だ。咲き誇る前に、刈り取らなければ。


【グラウス】は、異常な状態であることは火を見るよりも、といったところだが、先ほどまでの戦闘での行動一つ一つを見る限り、通常【グラウス】が持ち合わせているバーニアはどうやら使うことができないようだ。

そういうことであれば、基地から脱出さえできればエレベータに付属されている緊急射出用のポッドのブースターを利用して、宇宙空間まで逃げることができるだろう。


(よし、方針は決まった。まずは追撃を振り払い……!?)


俺を襲ったのは左脚部に何かが接触した衝撃と、ブルーと同位置を示す動体センサーのアラートだった。


「馬鹿な!」


この高性能な動体センサーに一切引っかからずこの距離に現れるなど、怪盗のほうが向いてるぞ!しかし。それ以上の衝撃が俺を襲う。


「なんだ、そりゃあ……?」


目視で確認した衝撃の元は壁から生えた腕だった。

その後ろから【グラウス】の本体も生えてきている。


「バケモンを相手にしてたってことかよ!」


嘆いても仕方ない、左脚部を膝関節から叩き切りすぐさまブーストを加速させ中央に躍り出る。


コンソールの【ブルー】の状態を示すメイン画面が真っ赤に染まり、あらゆる警告をたたき出す。重力下での脚部損傷はあらゆるデメリットを生み出す。

しかし、死ぬよりはましだ。

どうやら壁から出てくるのは時間がかかるらしい。

今しかない、ハンガーを越え出撃ゲートに突進した。


「……まあ、そんな簡単には、いかんよな。」


ゲートをふさぐように左右から現れる二機の【グラウス】。

最後の望みをかけ、その勢いのままぶつかるがもともと機体のサイズ、重量は【グラウス】のほうが上だ。衝撃とともに機体を止められてしまう。

二機がマニピュレータらしきもので【ブルー】を殴りつけてくる。


「……終わりか。」


どうやら【ブルー】の装甲は衝撃には強いらしい。

じわじわとダメージが与えられていることが警告からもわかる。

こぼれたその声は、自分でもわかるほど震えていた。

生きる希望で隠していた、死という恐怖が俺を襲う。


死にたくない。


何かが起こってくれと衝撃に揺れる機体と震える腕を押さえつけ入力コンソールを叩く。叩く。


何も起こらない、当然だ。

世界はアニメやゲームのようにそう都合よくできちゃいない。

奇跡なんてものは起こるわけがないんだ。


だからそれは


奇跡なんて曖昧なものじゃなく


最後まであきらめなかった結果に過ぎないのだろう。


そして俺は、その希望に縋るのだ。


『緊急シーケンスを開始します』


警告で埋め尽くされた真っ赤な画面に現れる青い色。


『異世界通信システム 起動』


『接続先惑星 アース』


「……なるほど?」


間抜けな声が聞こえたが、状況的にこれは俺の声なのだろう。

真っ白な脳内とは裏腹に、吸い込まれるように指先が画面へと動く。

しかし届く前に、画面が切り替わる。

そこに映っていたのは青い星。

命の息吹を感じる、水の星だ。


「……この星に似ている……?」


自らが生まれた故郷に似ている美しい星に状況も忘れ見惚れる。

しかし、響く振動と鈍い音で現実を見直す。


「なんだったんだよ、これは!」


気持ちを慰めただけの新機能に毒を吐く。

どうしようもないという状況は変わらないんだ、悪態をつきたくもなるだろう。

すると、【ブルー】のAIがノイズの混じった声が飛び出す。


『アースからの精神値は8%。脱出には十分な値です』


『ブーストモードの使用許可を』


どうなるかもわからない聞いたこともない値に名前。

しかし、この希望に縋るしかないのだ。


「……使用許可。」


『承認しました。』


言うや否や、【ブルー】の胸部にあるオレンジ色の球体パーツが強烈に輝きだす。

合わせるように、ブースターと本体との隙間から淡い青の光がまるで二本の帯のようにあふれ出す。

棚引くそれは、まるで締めなおした鉢巻のようで。

片腕片足を失いながらも敗北を感じさせない美しさがあった。

コンソールに表記される機体の各数値は表示ミスを疑うほど上昇していた。


「これがブーストモード!出力がさっきまでの比じゃない!これなら!」


ブースターを全力で吹かせる。

まるでそこに何もないかのように二体の【グラウス】を蹴散らし、外に離脱。立つことはできないゆえに、地面を削りながらも機体は無事だ。


「ぬ、抜けた……!」


しかし、そこでアラート。


『精神値が残り5%。維持できません。』


オレンジの輝きは薄くなっていき青色の帯は、薄く消えていく。


「ボーナスタイムは終わりか……」


だが、振り切るには十分な距離を稼がせてもらった。

軌道エレベーターまでは目と鼻の先。あとは急ぐだけだ。

しかし、【ブルー】のレーダーがアラートを発する。


「……エレベーターも敵の手に墜ちていたのか。」


近くの瓦礫に身を隠す。

軌道エレベーター入口周辺にも多数の敵がいる。

ここにいるのは作業用のポッドのような、本来戦闘用じゃないものが多数だ。


「やはり取り込んでいるのか、【グラウス】もそれで……。」


どうするか、戦闘能力は低いのだろうが現状で蹴散らせるだけのパフォーマンスは【ブルー】にはない。

……いや、アレをもう一度出せれば。


「ブーストモード使用許可!」


『アースからの精神値は5%を下回っています。使用することは不可能です。』


「……精神値を上げるにはどうすりゃいいんだよ」


『精神値とはこちらの世界に向けた、アースからの感情量をエネルギー化し、蓄積したものです。しかし、アース側からはこちらを認識できません。』


なんと面倒なシステムか。

よくもまあそんな不安定なものを【マシンズ】に積み込んだものだ。


「じゃあつまり、たまたま都合よくいろんな生物に向けて放った感情を拾えないと無理ってことかよ。」


『それに適した惑星がアースです。』


画面がアースに切り替わる。


「そういう生物がいるってことか?」


『この地同様、人間がいます。ネットワークが発達しており、惑星中の人間が交流できるシステムがあります。』


それらから読み取る感情を蓄積するのだと、AIは語る。


「確率は高いにしてもだ。この状況で都合よく誰かが無償の愛を振りまくのを待てってことかよ。熱心な宗教家だってそこまで馬鹿じゃないぜ。」


『ほかに手はありません。』


「……。」


きっぱりと断言するAIに反論ができなくなる。

心の奥底では、自分もそう思っていたのだ。

しかし


「まぁ、でも」


コンソールに精神値感知の通知。

アースで無償の愛が振りまかれたのだろう。


「こういうとこでの運はいいんだ俺は。」


自惚れはミスを招く。

しかし、ここぞの場面での俺の運はいつも俺を助けてくれたものだ。


『高密度の精神値を放つ音源が見つかりました。女性が歌う歌のようです。』


「そりゃまさに女神、ぜひ聴きたいもんだな。流すことはできないのか」


脱出の目途が立ち、はやる気持ちを抑えるため軽口をたたく。


『現在はそうするべきではないと判断します。』


「そうか?やる気は大事だぜ。」


しかし、美しいその声が聞こえてくるような気がする。

その歌に背中を押され、俺は再度立ち上がる勇気を得た。

ブーストモードを使用する。

【ブルー】の溢れる輝きに、瓦礫では隠れきることはできず見つかってしまうが精神値は26%。余裕で蹴散らし脱出ポッドを探し出す。


「このまま大気圏を抜けるぞ!」


残った片腕で脱出ポッドにしがみつき宇宙へと上がる。

大気圏離脱をする際、黒く蠢くものに取り込まれ切っているタワーの管理室が見えた。

離脱の勢いそのままに、惑星からどんどんと離れていく。

奴らの侵略を止めることができなかった。

家族や教官、助けてくれた管理室、生まれ育った故郷すべてに対して俺は敬礼をすることしかできなかった。


『パイロット、機体損傷およびパイロット自身の疲労がかなり大きいです。至急補給整備が必要です。繰り返します……』


「そんなの俺が一番わかっているよ……。あぁ登録名がデフォルトのままだったな。」


今にも気を失いそうな中、振り絞り音声入力する。


「俺の名前はヴィル。それだけでいい。」


『上書き登録完了。【ブルー】をよろしく、パイロット・ヴィル。』


いまだに見えぬ宇宙の色に抱かれ


輝く星々を眺めながら


深い意識の底へと沈んでいった。


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