第6話 宗二と春 休暇の過ごし方

 宗二は春の道場に来ていた。

 宗二は門をくぐる。

 道場の庭に春はいた。

 千歳の云う通り木刀を持って素振りをしている。

「何かようかしら」

「えぇ。実は月歩堂の饅頭が買えたので一緒に食べませんか?」

 月歩堂は老舗の和菓子店だ。出羽町の和菓子店で最も人気で、中でも饅頭は朝早くから並んでやっと手に入るほど愛されている商品だ。

 春は甘いものに目がない。春自身は隠しているつもりだが、仲間は皆んな知っている。

「そう…まぁせっかくだから頂こうかしら」

 そんなことを云っているが、目は饅頭を捉えて離さない。穴が開くのではないかという程見ている。

 宗二は道場と一つになっている自宅の居間に通される。そこには先日春についてきた虎がいた。

 今は霊能力で小さい体―手のひらほどの大きさ―になっている。

 居間の座布団でごろごろとしている。

「その子名前決めました?」

 宗二が訊ねる。

「えぇ。みこ、と云う名前にしたわ。千歳さんいわくこの子は虎という海外にいる猫のような動物で虎は音読みでこ、と読むから水の虎で水虎よ」

 いい名前ですね、と宗二が云う

「これからよろしく、みこ」

 宗二がみこの背中を撫でると、みこは気持ちよさそうに目を細める。

 宗二がみこを撫でている間に、春がお茶を用意する。

 そして二人で静かに食べる。

 いつも表情があまり変わらない―見様によっては怒っている―春の表情がほんの少し綻ぶのを宗二は嬉しそうに眺めている。

 春がその視線に気づき、はっとする。

「なによにやにやして。目つぶしするわよ」

「春さんのいつものきりっとした顔つきもかっこいいですけど、今みたいに笑った顔もかわい―ってあぶないっ」

 春の指が宗二の目を狙う。宗二はぎりぎりで顔を逸らして躱す。

「照れてる春さんも…はい、なんでもないです」

 春が指を二本立てて宗二に目潰しの警告をする。

「それで、本当はなんの用かしら」

「せっかく休みが取れたので一緒に「断るわ」ってまだ全部云ってませんよっ」

「私は強くなりたいの。遊びになんて行ってられないわ」

「春さんは千歳さんの右腕とまで云われているくらい強いじゃないですか」

「私は強くなんかないわ。父の足元にも及ばない」

 お父さんですか、と宗二が云う。

 そうよ、と春が返す。

「春さんがそこまで云うなんてよっぽど強いんですね。春さんと同じ祓い屋ですか?」

「えぇそうよ。元、祓い屋だけれど」

「元、ということは今は引退しているんですか?」

「殉職したのよ」

 春がさらりと云う。しかし表情は固い。

「―そうなんですか……すいません無神経に質問してしまって」

 宗二が頭を下げる。

「いいのよ気にしないで」

 春がお茶を一口飲む。

「ごめんなさいね」

「何がですか?」

「千歳さんに云われて来たんでしょ」

「―知っていたんですか?」

「いいえ。ただ薄々は感じていたのよ。千歳さんが心配してくれるのは嬉しいけど、私には成し遂げたいことがあるの。それまで止まる訳には行かないのよ」

 春には春の思いがある。それは簡単に人に話せることではないのだろう。だからこそ春は一人で訓練に明け暮れている。

 宗二は不安に思った。

 春はこのまま、その何かに立ち向かうために一人で何処かへ行くのではないかと。

「僕も…僕も強くなります」

 宗二は春にというより、自分に云い聞かせるように云う。

「そう…」

 沈黙が訪れる。

 少し考えてから宗二が発言する。

「僕に稽古つけてもらえませんか?」

「え?宗二くん、私を休ませるために来たんでしょ。それじゃあ私だけじゃなくて貴方も休めないじゃない」

「僕は元々春さんのおかげで楽できたので、身体は元気です」

 嘘である。

 宗二は、春に追いつくために日々鍛錬しているし、祓い屋としても春の見えないところで全力で補助している。

 それでも宗二は稽古を頼む。

「…わかったわ。ただし後で悔やんでも知らないわよ」

 お願いします、と宗二は少し微笑んでから頭を下げる。

 こうして宗二と春の休暇は訓練に明け暮れて終了した。

 

 宗二と春は身体の疲れは翌日に残さないよう、霊力を操作して回復力を高めているため、なんとか生きているが、一般の人が同じ訓練をしたら死んでしまうので注意しなければならない。

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