『Bん家には美少女が泊まっている』(2022-4-10)
「この前さ、めっちゃ可愛い子見掛けたんだよね」
思い出したかのように、突然Bはそう言った。
Bは俺なんかとは比較にならない顔面偏差値で、昔から良く人にも動物にも懐かれる、爽やかナイスガイだ。
端的に言ってしまえば超イケメン。
こいつに近寄ろうとする女子なんてごまんと居るのだから、きっと物凄い美人だったのだろう。わざわざ女の話をするような柄でもないし。
「へえ、お前がそう言うってことは、大層可愛かったんだろうな」
「ああ。顔もそうなんだけど、歩き方とか仕草っつーの? そう言うのも一々愛くるしいんだよなぁ。こう、庇護欲をくすぐられるっつーか。あ、それから声もすげー可愛いのよ、どれくらい可愛いかっつーと……」
俺の言葉を皮切りに、Bは熱く語り始める。正しく、立て板に水って感じだ。
なるほど、こいつは重症だ。
どうやらBの心は、完全にその可愛い子とやらに夢中らしい。
「おめかしもしててな? すっげーお洒落さんなんだよっ、これがまた! フリフリとかいっぱい付いてて、マジ天使って感じだぜ」
Bの舌は止まらない。
眼は血走っており、流石の親友でも庇い切れないほどの、流石のイケメンでもカバーし切れない気持ち悪さが、そこにはあった。
ラブコメ的レトリックで言うならば、この眼は間違いなく恋をしている眼である──いや、これは可愛い女子に向けて使うヤツか。
断じて、眼力のおぞましい男子に向けて使う言葉ではない。
断じてだ。
「彼女との馴れ初め、聴きたいか? 聴きたいだろうAよそうだろう」
「いや、結構──」
「出会いはそう! 俺が下校している時だったッ!」
訊いて居ない。聴きたくもない。
訊いて居ないが、しかしそれでも、彼は興奮気味に語り出す。
「道を歩いていると、彼女がぽつんと道端に座っていたんだ。可愛いなー、何かあったのかなー、なんて気になったのがきっかけだった」
「道端に一人で座っていたのか。それは何やら、闇が深そうだ」
俺の言葉に、ウンウンと首を大きく降って、Bは頷いた。
うぜー。このテンション、一体何時まで続くんだ。
「そうなんだよ。どうやら道に迷っちまったみたいでな? ひとまず俺ん家に上がらせたんだ」
「お前ん家に!? 初対面なのに!?」
「……? 何驚いてんだよA、これくらい普通だろ」
「あ、ああ。すまないちょっと寝惚けててな。思わずデカい声が出ちゃったみたい……ははは」
どうやら、Bと俺では根本的に恋愛のレベルが違うらしい。
──そりゃあそうだわな。
この顔面なら、さぞかし恋愛経験豊富なことだろう。
当然、女子慣れしまくっているに決まっている。
こいつが困っている人を見過ごせないのは何時ものこととして、だとすれば彼が困っている女子を家に上がらせることなど、訳無いのだろう。
そう言えば俺、一回もこいつの家に上がったこと無くね?
何だかポッと出の、何処の馬とも知れないヤツに負けたみたいで──少しだけ苛付くな。
「んで、結局その可愛子ちゃんは無事マイホームに帰れたのかよ」
「それがねー、今家で寝泊まりしてる」
「ねとまっ!?」
おいおいマジかこいつ。
初対面の女子を家に泊めちゃったよ。
変なこととかしてねえだろうな……。
「めっちゃ懐かれちゃってさ。頭撫でると気持ち良さそうに鳴くんだよ。これがまた可愛くってさ」
「もっ、もう分かった! 分かったから!」
「……どうしたんだよA。お前今日変だぞ」
「別に何でもねえよ。ただお前を見損なっているだけだ」
「何だよ藪から棒に。俺、お前に何か悪いことしたっけ?」
──こりゃあ駄目だ。本気で施しようがない。
確かにこいつはイケメンだけど、それでもこいつは、それを悪用して女を食うようなヤツではないって、信じていたのに。
いや、おかしいのは俺か。
無理矢理だったなんて証拠は一つもない。俺が勝手に決め付けて、勝手に喚いて、勝手に避難しているに過ぎない。
「ああそうだよ、お前は俺に何もしてねー。ただ俺がお前を気に食わないってだけだよ! 悪いかよ、どーせ俺はお前みたいに顔が良くないブスなんだから、自慢話を指咥えて聴くくらいがお似合いなんだよ!」
「え、A……待てって……」
慌てふためくB。
そうだよな、急にこんなこと言われても困惑するよな。
でももう引き返せない。口をついて出た言葉は、留まることを知らないらしい。
「どうぞ、拾って来た美少女とよろしくやってろよ!」
「び、美少女……!? 何の話してるんだよ、何か勘違いしてないかお前」
「ああ!? ここに来てシラ切るつもりかよ! てめえが道端でお優しくも拾ってやった美少女の話をしてんだろうが──ッ!!」
言ってしまった。が、言ってやった。
清々した。なんて清々しい気分だ。
こんな最低野郎と一緒に連むなんて、真っ平だからな。
胸が痛む。きっと叫び過ぎた所為だろう。
けれども、彼の反応は、意外な物だった。
「ぷっ、ははは! ああ、そう言うことか!」
「何笑ってんだよ、てめえ」
「いやごめんごめん。くふ、ふっ、あっはははは!」
Bは俺の顔を見て、噴飯する。
そして、その笑いに震える手でスマホを持つと、画面をこちらに見せ付けて来た。
「これね。可愛い子ってのは」
液晶には──愛くるしい、猫の寝顔が映っていた。
「へ? お前、何ふざけ──」
「ふざけてなんかないって。道端で猫が歩いてて、でもかなり弱ってて服もボロボロだったから、道に迷ったんだって分かったんだよ。んで、取り敢えずウチで保護したって訳」
「あー、あーあーはいはい。なるほどね。……はっ、ははは。可愛いなー、猫すっげえ可愛い。はははは……」
顔から火が噴き出しそうだ。
これじゃあ確かに噴飯物である。噴火しちまいそうだ。
自分が何に熱くなっていたのか、理解すると馬鹿馬鹿しさと恥ずかしさで、死にたくなって来た。
「あ、それとさっき」
「何だよ、まだ笑い足りねえのかよ」
「違うって。それは謝っただろ? ほら、さっきAは自分でブスとか何とか言ってたけど、そんなに悪くないと思うぜ」
「はっ、はぁ!? 何だよ急に気色悪い。ひとしきり笑った後はご機嫌取りかっ!」
急に何を言い出すんだこいつは。
俺はスカートを握る手を強める。
何食わぬ顔で、不意を突くように彼は言う。
「ぶっちゃけ妬いてたっしょ」
「妬いてなんかねえよ! この自意識過剰が、これだから顔の良いヤツは嫌いなんだ!」
「あ、また顔良いって言った」
「──ッ!」
思わず眼を背ける。
顔が熱い。手が汗で滲む。
火照る頬を、額から流れた汗がくすぐるように伝った。
「それに、人間は外面だけじゃあないと思うんだよ」
「出たよ、顔面勝者共の常套句」
「はははは。確かに、他の人よりも顔が良いから言えることかも知れねーよ?」
「自分で言いやがった」
「でもさ、顔が良いからこそ、顔なんてさほど重要じゃねーって気付けたんだ。だからさ──」
Bは、何時になく真剣に、されども何時になく柔らかく、微笑んだ。
「──男勝りな所も、正義感強い所も、素直になれない所も、でも何だかんだ感情ダダ漏れな所も、可愛いと俺は思うぜ」
胸が痛む。きっと叫び過ぎた所為だろう。
取り留めのない思考を何とか掻き集めて、数十秒の静寂の後。
俺はようやく、言語らしい言語を見付け出した。
「猫」
未だ熱の冷めぬまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
スカートを握る手を、一層強める。
ごめんなさいもまだだけど、熱に浮いた頭が、そんなことさえも眩ませる。俺の心には、大きな熱が渦巻いていた。
なるほど、こいつは重症だ。
どうやら俺の心は、完全に夢中らしい。
「今、なんて?」
そうだよな、急にこんなこと言われても困惑するよな。
でももう引き返せない。口をついて出た言葉は、留まることを知らない。
「今日……猫、撫でに行くから。それだけ」
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