『右腕』(2021-11-17)
いらっしゃい、案外早かったのね。
さあ、そこに掛けて頂戴。
ええ、ええ。よろしくお願いします。
もしかして、緊張してるのかしら?
ふふふ。いや、ふふ。ごめんなさい、反応が可愛くってつい。
それに、目線があっちこっちに行ってるわよ。でも時々、ある一点を見つめているの。
……この腕、気になるかしら?
いや、ふふふふ、ふふふふふ。本当にごめんなさい、あんまりにも予想通りの反応するから、面白くって。
大丈夫。そんなに慌てなくたって、取って食う訳じゃ……いや、食う訳じゃあないんだから。安心して頂戴。
落ち着いた? それは良かった。
ねえ、時間までまだ少しあるし、お話しない?
緊張も少しは解けるかもよ。ふふ、また慌てちゃって。
そんなに怯えなくても大丈夫よ。
そうね。まずは、この腕について話しましょうか。貴方も気になっているみたいだしね、ふふふ。
どうして無いんですか、ねぇ。意外と直球ね。
ああ、別に気にたり後ろめたい事がある訳じゃあないから、毎回毎回そう怯えないで頂戴。こっちも段々やりづらいわ……。
謝らなくても大丈夫よ。
そうね、これは私が自分で取ったわ。
あら、どうしたの急に固まっちゃって。
もしもーし、ああ、良かった。耳が聞こえなくなった訳じゃあないみたい。
そういう反応をするのも無理は無いわ。この話をした人は、大体同じような反応をするんですもの。固まっちゃって、可愛い。
話題が逸れたわね。そうね、なんでかって言われると……あんまりパッとした理由は無いんだけれど。強いて言うのなら、〝美しかったから〟かしら。
あらあら、またポカンとして。
ふふ、貴方は面白いくらいに典型的な反応をするのね。ついついからかってしまいたくなるわ。
私、結構美人な方だと思うのよ。
自分で言いますか? ……って、貴方って意外と度胸があるのね。こう、変なところではっきりしてると言うか……いや、何でもないわ。
ええ、ええ。そうなの、綺麗でしょう? ふふふ、やっぱり褒められるのは嬉しいわね。特に外見に関しては、気を遣っているから、尚更ね。
それでね、ある日私は右手をボーッと眺めて居たの。そうしたら、この白くて艶のあり細くて弾力のある右腕を、もっと良く見てみたいと思ったのよ。
だから、取っちゃったの。
そうしたら、不思議なのよね。隅々にまで行き届いていると思っていた私の視線が、まだ捉えられていない、右腕の魅力を見付けてしまったの。
私はそれが嬉しくなっちゃって、それでお友達に自慢したの。あんまり良い顔はされなかったわ。
え、写真じゃ駄目だったのかって?
はぁ……。
分かってないわね、貴方。こういうのは、実物あっての物なのよ。
貴方は旅行で見る風景より、ネットの地図の方が美しいと思うのかしら。貴方は実際の絵画より、コピーされたレプリカの方が良い物だと思うのかしら。テレビで芸能人と一般人が出逢う時「生で見るともっと素晴らしい」なんて言葉を良く口にするでしょう。
私の腕も、それと同じ。私は絶景より、名作より、如何なる著名人よりも、自分が美しいと自負しているわ。だから写真なんて以ての外……あ。
あ、熱く語り過ぎちゃったみたいね……。これはこれは、私とした事が、右腕の事になると、つい熱中しちゃうのよね。
悪い癖だわ、治さなきゃね。
……え? 右腕だけでなく、左腕も見ないのか? 右腕ばかり見ていたら、左腕が可哀想、不公平だって言うの?
初めて言われたわ、そんな事。そういう考え方もあるのね。
そう……。確かに、右腕が細かい作業をしている時、何かを力強く支えているのは、左腕だものね。
縁下の力持ち、という訳ね。
そう考えると、左も左で、中々捨て難い物に見えてくるわね。隅に置けないわ。
両方あってこそ……ふふ、全くその通りね。
……さて。緊張は解けたかしら? ふふふっ。
そろそろ時間ね。
本題に入りましょうか。まず、貴方の先程の質問。あれは、キャンセルかしら? それともセールスかしら?
まあ、本当は分かっていたんだけれどね。一応訊いただけよ。
うん、うん。良い覚悟ね。ふふ、嫌いじゃあないわ。
それじゃあ、値段交渉と行きましょうか。
私ね、最初に貴方を見た時は、精々高くても250が限界かな、なんて失礼な事を思っていたの。でも、それは誤りだったわ。撤回する。謝らせて頂戴。
それで……なんだけれど。片方で、600万。つまりは──両腕で1200万という事になるのだけれど、如何かしら。
確か、貴方の抱える借金が1000万。余裕で返済出来る額よ。
ええ、では手筈通りに。
それじゃあ着いて来て頂戴。ふふふふ、その可愛らしい腕、早く私の物にしたいわ。ふふふふふふ。
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