第14話 無駄じゃない


「あたしが思うによぉ、親子丼ってのは必ず旨えようにできてんだ。鶏と卵にしろ、鮭にイクラにしろ、遺伝子で決められてるっつうかさ。なんか受け継いでるもんがあるんだろうなぁ」


 何の話をしているのだろうか。そう思っても問題はない。


 小雛にその話を聞かされている空也も、それが何の話だか分かっていない。


「つまりよ。ハマチとブリの親子丼、っつうのも、やってみれば旨いはずなんだよ」

「……」

「いや親子丼っつうか。上司部下…同僚丼? おい聞いてんのか。空也」

「箸で人を指さしちゃいけません。小雛ちゃん」


 空也と美兎子、そして小雛の三人はテーブルを囲んでいた。

 市場での出張整備の帰りである。


 バイト三人組は少し早めの昼食ということで、市場の中にある定食屋で海鮮丼を食べていた。因みに宗一が置いていった金での奢りだ。


「つうか空也、お前全然飯が進んでねえじゃねえか。まだ気持ち悪いのか?」


「いや、なんかこんな高そうなもの、本当にご馳走になっていいのかなって」


「安心しな。寂浜町の海鮮料理は産地直送故にリーズナブルってわけよ」


 小雛はそう言って、豪快に鮭とイクラの親子丼をかき込んだ。


「にしてもよぉ」

 ドンッと男勝りに丼ぶりを置いて、空也を見据える。


「お前、すげえな。なんだっけ、小学生チャンプ? 親父の横やりがなきゃ、オリオンズのキノコ頭に勝ってたんじゃねえか?」

「昔の話だよ…それに、あれは兎火丸のギミックが虚を突いただけだ」

「緊急脱出アタック…成功しましたね…」

「へへ、あんがとなお前ら。なんだかあたしはスッとしたぜ」


 〔寂浜オリオンズ〕での野良試合がもう三日前のことだった。空也が一年振りに行ったファイトギアでの試合は、宗一の仲裁によって両者痛み分けと言う結果になった。


「でもよぉ、一回チャンピオンになったってくらいなら、辞めちまったのは勿体ないんじゃねえのか。才能、あったんだろ?」


「中学に上がってからは、まったくだったよ。毎回地方大会で敗退。どんどん周りと離されてってさ…」


 小雛の横で聞いている美兎子が、寂し気な表情で俯いた。


「ま、単純に俺の努力が足らなかったんだろうな」

「スポーツってのは、残酷なもんだなぁ」


 しみじみと言いながら、小雛はセットでついてきたシジミ汁を啜る。


「で、どうよ」

「え?」

「兎火丸に乗ってバトった感想だよ。やっぱすげえか? 美兎子の機体は」

「!」


 美兎子がぎくっと肩を震わせて、鉄火丼を食べる手を止める。しん、と静まり返り二人の視線が空也に集まる。


「正直、想像以上だった」

「…!」

「配電コードが幾つか切断された状態でも問題なく駆動した。反応の伝達もほぼゼロコンマ。高校リーグでも容易に活躍できるレベルだと思う」

「ははっ、やったじゃねえか美兎子。小学生チャンプのお墨付きだぜ」

「そ、そんな、なんだか現実感が湧かないというか…」


 小雛は嬉しそうに、隣に座る美兎子の肩を抱き寄せた。美兎子も恥ずかしそうに頬を染めながら無防備に頬を緩めている。


「…なあ、美兎子」


 すると、空也は真剣な眼差しで美兎子を射抜く。


「空也殿…?」

「あのレベルの機体を、未経験でゼロから造り上げた。その事実はハッキリ言って異常だ」

「……」

「多分、オリオンズなんか目じゃない。全国レベルのチームに入れるレベルの技量がお前にはある」

「!」

「俺なんかが言うことじゃないのかも知れないけれど…無駄なんかじゃない。これまで積み上げて来たものは、きっと未来へと繋がる」


 空也は優しい言葉たちを紡ぐ。美兎子という少女の未来が明日へ繋がるものだと信じて。


「美兎子さえ良ければ、行ってみないか? 俺の昔の仲間のところへ。今じゃみんな全国クラスの選手だけど、きっとその才能を認めてくれる」


「……」


「マジかよ。よかったなぁ美兎子、ずっと夢だったじゃねえか。ファイトギアのエンジニア」


 小雛はわしゃわしゃと美兎子の髪を撫でる。


 けれど―――、美兎子の目には、なぜか複雑な哀しみの色が宿っていた。


 それに空也は、気づかぬフリをして目を背ける。

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