閑話 虎の子


 焼き付くように、フラッシュライトが点滅する。

 

 記者たちは一人の少女を取り囲み、カメラのレンズを向けていた。


嶋田風月しまだ ふうげつ選手! 今日も見事な試合でしたね」


 綺麗に切り揃えられたボブカットの黒髪に、美しく整った顔立ち。スタイルは抜群で、脚は長く、女性としての凹凸にも富んでいる。美目麗しい少女の立ち姿は、傍から見ればコマーシャルの撮影現場か何かと見紛うほどだ。


 しかし彼女は、女優でもモデルでもない。一人のアスリートだ。

 少女の流麗な肢体を、漆黒のユニフォームが引き締めている。


「いえ、完璧には程遠いプレイでしたよ」


 少女は、透き通った美声を奏でる。

 その発言一つ聞き漏らさぬよう、記者たちは静まり返る。


「相手も、非常に洗練された機体で、危険な場面が幾度かありました。今回は勝利という形で試合を終えることが出来ましたが、全国に向けての課題点も多く見つかりました」


 少女は、淀みなく言葉を紡ぐ。

 記者のカメラ一つ一つに目を配りながら―――。


 その堂々たる振る舞いは、彼女がを忘れさせるほどだ。


「風月選手の全国優勝の為、必要なものは何でしょうか?」


 記者の質問に、少女は一瞬の逡巡を見せるも、すぐに微笑みと共に返す。


「至らぬことばかりですが…そうですね。強いて言えば、新たなる仲間でしょうか」

「…仲間?」

「はい。我ら〔湘南レグルス〕は優秀なエンジニアチームを組んでいますが、しかし、リーダーの来栖木くるすぎに負担をかけさせているのが現状です。もう一人、


「新メンバーを、募集するということでしょうか?」

「ええ。優秀なエンジニアは何人いてもいい。パイロットは一人で足りますが、機体を組み上げる人員は常に不足している。勿論、今のメンバーに不満があるわけじゃありません。ですがアイデアを生み出す脳は並列の方がいい」


 一瞬、少女の放つ雰囲気に気圧された記者たちが黙るが―――。


「お父上とは、何か会話などはされていますか?」


 その質問に、フラッシュを焚く音が再開する。


「いえ、父とは連絡もしばらく取っていません。しかし、受け継いだ血に恥じぬ戦いをします」

「偉大な父を持ったプレッシャーなどは?」

「ありますよ。こうしてカメラを向けられることが多いですし」


 少女の皮肉めいた言い回しに、記者たちが笑い声をあげる。


「風月選手は今、高校二年生ですが、彼氏さんなどはいらっしゃるんですか?」


 若い男記者がそんな不躾な質問をしても、少女は一切表情を崩さすに応じる。


「いません。競技に集中したいので」

「そのルックスに実績、立候補したい男性も多くいらっしゃるのではないでしょうか?」

「…私より弱い男には興味ないので」


 気の利いた回答に、また記者から笑い声が上がる。


「では、このくらいで。新メンバー、募集中です」


 少女は記者たちを後にする。

 その後ろ姿にまで、カメラのレンズは向けられていた。


 少女が階段を降り、控室が並ぶ廊下に出ると、記者たちの陰も見えなくなる。

 すると角で待ち伏せていたかのように、ぬらりと人影が現れる。

 丸眼鏡をかけた爬虫類じみた顔をした少年だ。


「ヒヒヒッ、随分と人気者だなぁ。風月」

来栖木くるすぎ…先に逃げたな」

「どうせマスコミなんて下らねぇ質問しかしねぇんだ。わざわざ答えてやる義理もねぇ」


 はぁ、と少女は溜息を吐く。


「またネットで彼氏ナシ=年齢とか書かれるんだろうなぁ」

「事実だろ」

「黙れ」


 少女は不愉快そうに口を尖らせる。


「ヒヒッ、それはそうと風月。おもしれえ事が起きた」

「なんだ、藪から棒に」

「俺のエンジニア仲間から動画が送られてきてなぁ。これが傑作なんだよ」

「動画? 意外だな。君にそんな俗な趣味があったとは」

「茶化すなよ。試合の動画に決まってんだろ」

「…わざわざそれを見せるために待っていたのか?」

「そうなんだよ。見たら抱腹絶倒。笑い転げるぜ。ヒヒッ」


 少年はスマートフォンを取り出すと、少女の前に差し出し、再生ボタンを押す。するとファイトギアの試合映像が流れだす。鈍い鼠色をした重量級と、紫のメタリックカラーの軽量級の戦いだった。


「この軽量級…確か関東選抜で」

「ヒヒッ、そうだよ。お前が1Rで葬った紫電とかいう機体だ」

 試合は終盤。軽量級の方が攻勢で、重量級が圧倒的に押されている。平凡な試合だ。特筆すべき点があるような試合には思えなかったが―――、

「!!」


 突如、劣勢だった重量級のコクピットが飛び出した。

 コクピットは重量のある弾となり衝突する。軽量級の機体が吹っ飛ばされる。


 画面越しに見ると、余計に馬鹿みたいな光景だった。


「ははっ」


 これは確かに面白いな。と少女は、年相応の笑みを見せる。


「こんな戦い方をするなんて、初めて見たよ」

「だろぉ? だがな、マジに面白えのはこっからだぜ…」

「?」


 重量級の機体は、軽量級を仕留めようと拳を上げるが、それを止める。

 飛び出たコクピットを仕舞い、背部から展開する。ハッチが開かれ、スロープが下りてくる。そこから出てきたのは重量級を操っていたパイロットのようだ。


 画面に映るそのパイロットを見た途端―――、


「!」


 少女の瞳が揺らいだ。

 笑みを浮かべていた顔が、凍り付く。


「どうして、なぜ」

「……」

「諸星が、乗っている?」

「…ヒヒッ、だから言ったろ。おもしれえ事が起きたって」



 少年が嗤い、少女の瞳は冷徹に研ぎ澄まされる。

 暗く、重く、怒りにも似た情動を込めて――――。

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