第12話 寂浜オリオンズ
夜風を突っ切る。エンジンの振動を感じながら、灯りの消えた店の並ぶ、海岸沿いの道を駆け抜ける。
(相変わらず、怖えぇぇ!!!)
一週間振り、二度目のバイク二人乗りだが、まだ恐怖は付きまとっていた。
「で、何があったんだよ」
振り落とされないように、小雛の腰にしがみつきながら、空也は声をかける。
ロクに説明もないまま、家までバイクでやって来た小雛に「乗れ」と攫われたので、ひとまず事情を確認するのが先決だ。
「だからぁ、美兎子がいなくなってたんだよ」
「? 普通に外出したんじゃないのか?」
「コンビニに行くのも怖がるようなコミュショーだぜ。あいつはあたしらに何も言わずにどっか行くような奴じゃねえ」
「いや、高校生だろ。そんくらい」
「それに、車が無くなったんだよ」
「は? 車?」
「あのでけえレッカー車だよ。あれが美兎子のギアごと無くなってた」
「……え? 店長が乗ってったとかじゃなくて?」
「親父は家にいる。美兎子しかいねえ」
「…免許とかって」
「大型の補正免許なら私と取ってるぜ」
先日の直立歩行テストでもしようされた直立補正システムであるが、近年の車にも似たようなものが搭載されており、ハンドルを離していても、目的地まで走行補助が掛けられる。
追突事故や違反行為を未然に防ぎ、交通事故の件数がめっきりと減ったギア技術発展による最大の恩恵の一つだ。免許取得の年齢制限も引き下げられ、補正システムが搭載された車両であれば十五歳からの運転が可能である。とはいえ、こんな夜中に女子高生が大型車を保護者に無断で持ち出すことは、褒められた行為では決してない。
「…店長は?」
「親父には黙ってきた」
「え、じゃあ家出したのが二人に増えただけじゃ………」
「迷惑かけたくねえんだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃ…って、じゃあ俺はなんで連れ出されてるんだよ」
「お前は冷静だからな。あたしが万一、賀蒙のやつをぶっ殺しそうになったら止めてくれ」
「賀蒙って、あの〔寂浜オリオンズ〕の……ってそういやカチコミだなんだって言ってたけど、なんで美兎子はそのオリオンズに向かったって確信してる?」
「さっきもあのクソ禿がウチに来てたんだよ。あたしの部屋から見えてた。多分そこで美兎子の逆鱗に触れたんだろ。いなくなったのも丁度そのあとだ」
「……じゃあ、ギアごと無くなってたんだとしたら」
「抗争だなこりゃ。白鳥モーターとオリオンズの」
「そんな大それた…」
本当に、あの大人しそうな子がそんなことをするだろうか。
と空也は疑問に思うが、そういえば最初の彼女に対しての印象は、もっとぶっ飛んでいた気がする。客のギアに緊急脱出装置やらドリルやらを無断で取り付けるほどに―――
「昔からアイツは危なっかしいんだよ。その場の思いつきだけで行動しやがる」
「……取り敢えず、その〔寂浜オリオンズ〕にはどんくらいで着くんだ?」
「もうすぐだ」
小雛はアクセルレバーをぶん回す。エンジンが吹き、バイクが加速する。
彼女の言った通り、〔寂浜オリオンズ〕には数分足らずで到着した。
体育館のようなシンプルな建物だ。オリオン座の六つの星が刻まれたロゴマークが壁に塗装されている。裏に回ると、競技スタジアムが展開されていた。サーカステントを思わせる円形だ。かなりの規模だ。これなら、観客を入れて試合を行って興行を得ることもできる。
関東選抜レベルと言う実績に恥じない、立派な設備だ。
耳を澄ますと、スタジアムから音が聞こえてくる。
金属が瞬間的に削り合うような―――、
(…まじか!)
ファイトギアが、試合をしている。
互いの装甲板を削りあっている。練習で鳴るようなレベルじゃない。
試合の音だ。相手の機体を破壊する為に戦っている殺伐とした気配が漂っている。
「美兎子!」
小雛がバイクを止めて叫ぶ。施設裏の競技スタジアムに踏み入る。
搬入口には店のレッカー車が停めてあるが荷台は空だ。開いた搬入口を進んでスタジアム内部へと入って行く。視界が開ける。スタジアムが目に飛び込んでくる。
「…!」
ラバー素材のフィールドに佇むのは、二対の格闘競技用ギア―――、
片方は、不格好な和風甲冑を想起させる機体・兎火丸だ。
兎火丸は、もともと不揃いだった装甲をより削られ、内部構造の歯車が晒されている。配電コードが露出しており、数本断裂しているのが目視でさえ確認できる。
満身創痍。
美兎子が一年懸けて造り上げた努力の結晶は、無残にも打ちのめされていた。
兎火丸は無残に破損した状態で、膝をつき、相手の機体に首を垂れている。
『どうやらギャラリーが増えたみたいだ』
もう片方の機体の背部スピーカーから、軽薄な声が響き渡った。
(…
空也は瞬時に見抜く。
美しい曲線美。スラリと伸びた手足。悠然とした立ち姿。
紫の塗装で統一されたスマートなフォルムデザインだ。統一感のない兎火丸の見た目とは、その洗練具合に天と地ほどの差がある。
一方的な戦いだったのだろう。
満身創痍の兎火丸に対して、紫の軽量級は傷一つついていない。
『丁度4分30秒。1ラウンド終了だ。一回休憩を挟むかい? それとも負けを認める?』
この声、間違いない。今日の昼やって来たキノコ頭の榎田だ。
「美兎子!」
小雛が膝をついた兎火丸の方へ駆け寄って行く。
同時に、背部装甲が展開され、コクピットのハッチが開く。
スロープから、息を切らした白髪の少女が崩れ落ちるように降りてくる。
美兎子はその場にへたり込んで、小雛に抱えられる。
「お前、バカ! 体力ないんだから…」
「ごめんなさい…っ、わたし、結局、なにも…」
汗を浮かべる美兎子の顔は疲弊しきっている。
当然だ。
ファイトギアは格闘技。ただギアを歩行させるのとはワケが違う。その運動量は経験のない少女が耐えられるようなものじゃない。ましてや美兎子は、幼少期を病院で過ごしていたのだ。今は元気になったと言っても―――、
『おいおい。これじゃ僕が悪役みたいじゃないか』
「そうだぜぇ。美兎子ちゃんがわざわざ試合させてくれって言うから、俺たちはそれに従ったんだ。道場破りにしちゃ、ちょいと弱すぎだが…なんなら医務室貸してやろうかぁ」
賀蒙がワンカップの焼酎を片手に、下卑た笑い声をあげながらやって来る。
『オーナーは、酒の肴が欲しかっただけでしょう?』
「ひひ。違いねえ。ファイトギア見ながら飲む酒は格別だ」
賀蒙はニヤつきながら焼酎を煽る。
「小雛ちゃんも、宗一殿も…わたしのせいで……」
息を切らしながら、涙ぐむ美兎子は、自分の無力感に苛まれているようだった。
「家族なのに、二人になんにもできないのです。何にも、生み出せない。だから、証明しようと…でも…無駄だった。わたしのやっていることは…みんなに迷惑をかけるだけで…なんの意味も、ない…」
「美兎子…」
「私は、何のために、生き残ったんですか…」
「っっ!」
小雛は自らの血管の千切れる音を聞き、ギロリと賀蒙を睨む。
今にも飛び出して殴りかかりそうな気配が漂う。
「待てって」
空也は小雛の震える肩を掴む。
「何があったかは察しがつく。でもこうなった以上、喧嘩を吹っ掛けたのはこっち側だ。機体の損傷もあれじゃあもう動くかどうか…」
「……」
「それに美兎子も休ませたい。ここは退くべきだ」
冷静に、理論立てて、小雛を宥めようと言葉を紡ぐ。
「行こう。店長を呼んで、撤収しよう」
「ははっ。もう終わりか。ならさっさと帰れ」
わざと、煽るような口調で賀蒙が声をかけてくる。
だが空也の冷静な対応のおかげで小雛も納得したのか、美兎子に肩を貸して、賀蒙らに背を向ける。
空也は、携帯を取り出して宗一から教えてもらった番号に電話を掛けようとする。
「とにかく、さっさとここから離れよう」
これ以上、事を荒立てるわけにはいかない。
きっとこれが正しい選択だ。
間違っていないはず―――、
「そのポンコツを、早く撤去してくれ。練習の邪魔だ」
賀蒙が言った。嘲る声だ。
舐め腐った笑みが、背中越しにも伝わってくる。
「!……………」
「おい、どうした空也」
突然動きが止まった空也に、小雛が声をかけるが、その声は彼には届いていないように見える。彼は据わった目で、地面を睨みつけている。
世界が凍ったように立ち尽くしている。
「なんだ、なんか文句あるってのか?」
賀蒙の声は遠い。彼の耳に届くのは己の心臓の音だけだ。小刻みに脈動して全身に血液を循環させている。その速度が高まる。段々と、その音が煩わしくなってくる。
空也は耳元から携帯を降ろす。
「そんなガラクタを敷地に置かれてこっちは困ってるんだ。さっさと白鳥を呼んで―――」
「選手交代だ」
「あ?」
「2ラウンドからは俺が乗ります」
空也は振り返る。鋭い眼には幽かな炎が揺らめいている。
その表情は、いつもの腑抜けたものとはまるで違っていた。
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