第11話 折れる時


「諸星の親父、知ってるか?」

「あー、あれだろ。チームから契約切られたっていう」

「そうそう。行方不明だって。失踪したらしいよ」

「え、負けすぎておかしくなっちゃったのかな」


 努力すれば何事も成し遂げられる。この心は折れない。挫けない。

 どんな逆境も、漫画の主人公みたいに跳ね返すことが出来る。


「諸星も最近、勝てなくなってきたよな」

「確かに、小さい頃は凄かったけど…」

「中学からは、全然だな」


 大丈夫。いくら負けたって、必死にやれば努力は実る。


 勝てないってことはまだ努力が足りないんだ。そうだ。血の滲むような研鑽を身に刻まなければならない。


「結局、才能だよな」

「それ。嶋田はずっと勝ち続けてるし、遺伝って大事よ」

「諸星が勝てないのは、遺伝子が悪いからか」


 周りが何を言おうと関係ない。最後に勝負を決めるのは積み上げて来た鍛錬だ。生まれ持ったものを言い訳には使いたくない。諦めず、必死に追い求めれば結果は必ずついてくる。

 もっと自分を追い詰めろ。反射速度を研ぎ澄ませ。体幹をブレさせれるな。

 死ぬ気で鍛えろ。血を滲ませろ。一分一秒を勝利に捧げろ。

 そうだ。諦めなければ、夢を掴むことだって出来る!


「なあ。諸星の奴、予選落ちだって」

「え、嘘ぉ」

「試合の途中で動けなくなったらしいよ」

「相手は?」

「嶋田だよ。昔は諸星の方が強かったのに…」

「落ちぶれたなぁ」

「エンジニアの奴らも可哀想だよな。今の諸星の為に機体造ってさ」


 心が折れた音を聞いたことがあるか?

 胸の奥に通った一本の筋が、ぐにゃりと曲がって全身から力が抜ける。

心が折れるときは、鈍くて重い音がするんだ。





 パキリ、とシャー芯が折れる音がした。空也はノックして芯を出す。勉強机に開いた教材の問題をノートに解く。スマホで開いた授業映像をイヤホンで流す。


「やっぱ…独学じゃ限界あるかな」


 三年になれば、貯めた金で予備校に入る。それまでは自分で出来るとこまで学力を伸ばす。完璧とは言えないかもしれないが、妥当な人生設計が出来ている筈だ。


 幸運なことに、物事を鍛える習慣は身についている。

 出来ることから、地道に積み重ねて行こう。継続は力なり、だ。


(美兎子も、一年かけてあの兎火丸を造ったんだもんなぁ)

 教材から目を離して天井を仰ぐ。手を掲げて、右に振る。左に振る。想像上のⅯ・Ⅿモーション・モジュールが鋼鉄の巨人を躍らしてる。


(もし俺が、あの機体の―――)


 ふと過ぎった妄想に、空也は吐き捨てるように笑う。


(馬鹿か、俺は)


 もうファイトギアからは離れた。今は一介の受験生だ。それに、受験だって激しい競争に変わりない。手を抜けば一瞬で転落する。片手間でも夢を追う時間はないだろう。


「さ、勉強勉強」


 シャーペンを手に取り、机に向かう。ノートに芯を突き立てた時―――、


 ブゥゥゥゥゥゥンと唸るようなエンジン音が鳴ったと思えば、キキーッッ! と叫ぶようなブレーキ音が続いて響く。空也の肩がびくりと震える。それは聞き覚えのある音だった。


(…え、まさか)


 静寂の中、勉強の手を止めて固まる。


 瞬間、ドンッドンッドンッ! とアパートのドアがノックとは言えない強さで叩かれる。


「おーい、空也、出てこいよ!!」


 扉が突き破られんばかりの勢いで叩かれている。


「お前は借金取りか!」


 空也は即座に走って扉を開ける。

 案の定、外廊下では小雛がヘルメット片手に佇んでいた。住所は履歴書を見てやってきたのだろうが、この時間に一体どうしたというのだろうか。


「お、やっぱここであってたな」

「確信持ってないのにドア叩いたの?」

「うるせえ、緊急事態だ」


 どう考えても「うるさい」のは小雛の方であり、緊急事態だろうと人の家のドアを叩いて突撃していいわけではない。だが―――、


「美兎子がいなくなった」

「は?」



 小雛の突拍子のない発言を受け、空也も流石に面食らう。


「あいつ、一人で〔寂浜オリオンズ〕にカチコミに行きやがったんだ」


「かち、こみ?」




 空也の理解を置き去りにして、事態は急速に転変する。

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