第4話 エンジニアガール



 (…!)


 

 息を呑むほどの美少女だった。

 ふんわりとしたショートカットの髪が揺れる。

淡く色素の抜けた髪色は、柔らく光を反射する。

 瞳は吸い込まれるようなブルーで、サファイアのような深い輝きで世界を射抜く。


 肌は陶器のように白く、頬は体温でほんのりと紅く染まっている。

 歳は空也と同じくらいだろうか。幼さの残る、あどけない容姿ながらも、その儚げな佇まいは、どこかお伽話の精霊のような神秘性すら纏っている。


 しかし、愛くるしい顔立ちと、洒落っ気のない無骨なつなぎ服のミスマッチが、どうにも不思議な印象を醸し出していた。


「う、内海殿。お久しぶりです。か、神橋美兎子、ただいま参上しました!」


 彼女の口から発せられるのは、ぎこちないけれど、聞く者の心を軽やかにするような声だった。


「おお、美兎子ちゃん。久しぶりだね」と内海が快活に笑う。


「修理終わってんなら、一応試運転させてやれ」

「は、はい」


 宗一の言葉に従い、美兎子は「こちらをどうぞ」とゴーグルとメットを内海に差し出す。内海はゴーグルとメットを被り、小型ギアに乗り込む。内海の恰幅のいい体は、操縦席にすっぽりと収まった。


「おお、動かしやすい」


 内海がレバーとペダルを操るに合わせて、小型ギアが四肢を動かす。


「ガハハ! 白鳥さん。こりゃすごいよ。下手したら買った時よりいいかもしれない」


「そんな…こ、光栄極まりないです」


 美兎子は嬉し恥ずかしそうに頬を染めた。


(…これを、この子が?)

 空也もジュニアチームで、幼少からギアのパイロットとしての訓練を受けてきた身だ。機体性能の良し悪しは傍目にもわかる。


(騒音もほぼゼロ…操縦伝達のラグも僅かだ)


 修理前の状態がわからないので確かなことは不明瞭だが、このレベルで機体の修繕を行ったのが同年代の少女であることは衝撃だった。


「…!」


 一瞬、空也は美兎子と目が合ったような気がしたが、すぐにそっぽを向かれてしまう。


「…?」

 どうしたのだろう。と思っていると―――、


「古くても、俺の大切な相棒だからなぁ。買い換えなくて済んだのは、嬉しいなぁ」


 危篤状態の飼い犬が息を吹き返した。そんな風にしみじみと、内海は頬を綻ばせた。


「そいつは、良かったんだが…」


 しかし、店主の宗一はどうにも浮かない表情を浮かべている。


「おい美兎子。このボタンはなんだ」

「…?」


 宗一は腫れ物に触れるように、ギアの操縦席を指差した。

 空也も覗いてみると、操縦レバー脇に、青・黄・赤の三つのボタンが埋め込まれている。不自然な位置だ。何の機能と連結しているか見当もつかない。

 すると、美兎子が妙なことを口走った。


「お、追加機能オプションです」

「……あ?」


「しゅ、修理が思いのほか早く終わりまして、サービスとして三つほど新機能を…」


「…お前まさか」


「内海殿…も、もしよければ、赤のボタンを押していただいても…」


 美兎子に言われるがまま、内海は赤色のボタンを押し込む。

 その途端に、機体右腕部から突起物が射出された。円錐型で、側面には螺旋状の窪みが描かれ、先端は鋭利に尖っている。

 これはまるで―――。


「ドリルです」

「どりるぅ?」


「は、はい。こ、こ、これで、凍った魚も即時粉砕できます」

「……」

「じゃあこの青いボタンには…」


 内海は、青色のボタンに指を当てる。

 ボタンが押し込まれると同時に、機体胴体部の先端が展開し、ぽんっと〈それ〉が放られる。

 かなりの速度と放たれた〈それ〉は、空也の全身に覆いかぶさった。


「と、投網です」

「???!!???」

「これで、もし魚群が目の前を横切ってもすぐ捕らえることができます」

(網、網が絡まって離れねえ!)

 空也は唐突に漁獲された。

 慌てふためきながらも、なんとか障害物競走の容量でくぐり抜ける。


(…? なんだこれ)


 理解が追いついてないのは、どうやら空也だけではないらしい。

 内海は相棒の新機能(いらない)に困惑の汗を浮かべている。

店主の宗一はと言うと、眉間にシワを寄せてピキピキと青筋を額に刻んでいた。


「おい美兎子」

「は…はい」

「お前、あれだけ言ったよな。余計なことはするなって」

「…ぇ、ぁ、いやその、つい」

「馬鹿野郎!」

「むやっ!」

「何勝手にドリルと投網付けてんだ!」


 人生で二度と聞くことはないだろう怒り文句だった。


「うぅ…ご、ご、ごめんなさい」


 美兎子は素直に謝罪を口にして、顔面蒼白で俯いた。


「ま、まあまあ白鳥さん。もしかしたらこれも何かの役にたつかもしれないしな。ガハハ」


 咄嗟に内海がフォローに入る。自分の愛機が魔改造されたというのに、その口調に怒りは見えない。人間が出来ているとはこういう人のことを言うのだろう。


「お。じゃあ、最後のボタンは何かな…」

「あ、それはダメ…」

 

 美兎子の静止は間に合わず―――、

 ポチっ! と黄色いボタンが押し込まれる。

 内海が吹っ飛んだ。

 座席のバネが弾けて、恰幅の良い体が真上に打ち上げられる。

 射出された中年男性は、天井に頭頂部からズドンッ! と激突する。


「内海さぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 宗一はすぐさま駆け寄る。内海はヘルメットを被っていたとはいえ、脳天に撃った衝撃と、宙へ打ち上げられた恐怖でへたり込んでいる。


「大丈夫か。内海さん。この指何本かわかるか!」


「お、俺の相棒が……うぅ。どうして」


変わり果てた愛機に擦り寄って、涙をこぼす内海の背中には哀愁が漂っていた。


「おい美兎子! なんだこれは!」

「そ、その…こんなつもりじゃなくて…」

「とにかく、なんだこれは!」

「そそそ、それは、緊急脱出装置です!」

「緊急、脱出装置…?」

「もし危機が訪れた時に、それで脱出してくれればと……思って……そのぉ」

「……」


 宗一は眉間にしわを寄せ、呆れ混じりの溜息を吐く。


「おい諸星」

「え、あ、はい」

「俺がお前に頼みたい仕事。これでわかったろう?」


「………?」


 諸星空也。十六歳。通信制に通う高校生。


 元ファイトギアのパイロット。


 才能不在で夢破れた彼は、中古ギア専門店『白鳥モーター』でアルバイトを始める。


 そして、彼はまだ知らない。

 

 この出会いがいかに数奇な運命を織り成すのか―――。


 自身の運命を、どう変えていくのか―――。

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