第29話 闇魔法の講義については
「ここで、講義をするのが1番だったな」
あれから闇魔法の研究をしていたアカデミーの校舎は、解放するべくちょっとした細工を施した。500年前にアラザムから立ち去った闇魔法の使い手たちが施した細工は見事すぎて、耐性のない者は数メートルも歩かないうちに倒れてしまうのだ。つまり、鎮魂と忘却の魔法にやられてしまい、安息の地へと旅立とうとしてしまうのだよ。魂が。
そんなわけで、貴重な資料である柱に彫られた詩を丁寧に剥がし(もちろん俺様が)、簡易で闇の神殿を講堂に再現した。アラザムが消滅しなかったのは、この封印されし間のおかげだったようだ。人の目では見つけられなかったが、魂になると見つけられるようで、たどたどしい足取り?で魂がやってきている。すり鉢状の講堂は、闇の神殿と形が似ていて助かった。柱からはずした詩を丁寧に並べ、講義用の黒板に入口を書き込めば、なんちゃって闇の神殿の出来上がりである。
「講義の邪魔をされまくるけどな」
ぶつくさと文句を言っているのはアルフレッドだ。俺様から直々に講義を受けていることを、家庭教師に自慢しているらしい。ついでに言えば、光の神官たちが暴走しないように、ジェダイドも来ている。
「兄さま、これはなんと読みますか?」
闇魔法への耐性が弱いウォルターは、相変わらずアトレの姿をした俺様の膝の上が定位置だ。
「うん、これはダナ……」
かつての俺様の隠れ家で、俺様が闇魔法について講義をする日が来るなんて思ってもいなかった。時々邪魔(解釈を聞きに来る)しに来る光の神官がいるが、それは仕方の無いことだ。
「アトレ様、これはなんて読むんだ?どの古代語になる?」
ウォルターが俺様の膝の上にいるからか、とにかくアルフレッドが対抗意識を燃やしてきて面白い。
「おまたせしましたね。ウォルター、あなたの教師はわたしです」
極上の微笑みをもってジェダイドが俺様の膝の上からウォルターを持ち上げる。
「うげっ」
貴族子息に有るまじき声を上げ、ウォルターがジェダイドの膝の上に移動して行った。
「ぼ、ボクはちゃんと椅子に座れます」
「いけまさんねぇ、ウォルターは闇魔法への耐性がまだ低いので、一人で座ることは出来ないんですよ」
ニコニコしながらジェダイドはウォルターを抱き抱える。絶対に逃がさない。と言う意気込みを感じてなんとも微笑ましいものだ。
「くっ、絶対に耐性を付けてやる」
ウォルターは頬を膨らませながらも、キチンとジェダイドの講義を聞くから、なんとも素直で賢いのである。もちろん、兄の贔屓目ではないからな。
「皆さま方、休憩のお時間にございます」
メイドに呼ばれて振り返れば、テーブルにはおやつの準備が整っていた。
「お飲み物はカフェオレにございます。アトレ様はブラックでよろしかったですね?」
いれたてのコーヒーのなんとも言えない香りがやってきて、俺様は上機嫌である。ちっびっ子たちも嬉しそうにおやつのテーブルに着いた。今日のおやつはキイチゴのタルトだった。赤い木の実がてかてか光っていてなんとも言えない。もちろん、俺様はキイチゴの下に隠されたカスタークリームも大好きなのだ。コーヒーに非常によく合う。
「神官の皆様には、ブラックでお出ししてあります」
メイドがいつもの無表情でそう告げたので、俺様は遠慮なくキイチゴのタルトを頬張った。
「うまい。うますぎる」
キイチゴの甘酸っぱさと、下に敷かれた重たくないカスタードクリームの相性は抜群だ。鼻からキイチゴの香りが抜けて行くのを堪能しつつ、ゆっくりとコーヒーのほろ苦さを流し込む。完璧なマリアージュを堪能して俺様がゆっくりとカップを置けば、ウォルターと目が合った。
「兄さま、いえ、アトレ様、今日もとてもおいしいですね」
ニコニコ顔のウォルターを見て、俺様はふと気が付いた。
「ほら、ウォルターあーーん」
いつもウェンリーの時にされているから、今日は俺様がする番だろう。
「え、え、ええ」
いつもとは違う展開に戸惑うウォルターは、なかなかにかわいかった。戸惑いながらもウォルターは口を開け、俺様の手からキイチゴのタルトを食べた。タルトが少し硬いから、小さめに切り分けてやって正解だった。まるでコリスのように小さい口をもぐもぐと動かす姿は、なんとも愛らしい。はちみつ色の髪が揺れて思わず撫で繰り回したくなるな。
「うまいか?ウォルター」
なんとなくだが、お兄ちゃん気分が味わえて上機嫌になった俺様は、ちびっ子たちの口に次々とキイチゴのタルトを入れていった。
「何をしているのですか、アトレ。あなたの分がなくなってしまったではありませんか」
タルトのかけらだけが残った俺様の皿を見て、ジェダイドがあきれた声を上げた。
「いいんだよ。俺様は大人。チッビコたちには大切なんだ」
そう答えた俺様を見て、ジェダイドは小さく微笑み、自分の皿のキイチゴのタルトを手に取った。
「アトレ、あーーん」
ジェダイドはあろうことか、あの三角の形のままのキイチゴのタルトを俺様の口に入れてきたのだった。
「ん、ぐっぅ」
条件反射で思わず口を開けてしまった俺様は、そのままがぶりと食べてしまった。口いっぱいにキイチゴの酸味が広がった。そして、嚙み砕いたとたん、カスタードクリームが舌の上で酸味を包み込んだ。赤い小宇宙に黄色い銀河が広がっていくようなのである。
「素晴らしい」
俺様はジェダイドに渡されたカップを手にし、ゆっくりと黒い闇を流し込んだ。素晴らしいビックバンを堪能し、俺様のおやつの時間は終了したのであった。
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