第28話 大人たちもある意味純粋なのである

「あちゃ~」


 封印されし間を、つまりはアカデミーの闇魔法の校舎をみて俺様は頭を抱える事態になった。

 まさか、アラザムの光の神官たちがここまでポンコツだなんて思いもしなかったからだ。木のうろに擬態された入り口から封印されし間、つまりは闇魔法の研究などが行われていた校舎に入れば、廊下にバタバタと光の神官たちが倒れていた。どいつもこいつも500年も前にかけられた鎮魂と忘却の魔法にあっさりと囚われてしまったのだ。まあ、ある意味純粋な魂の持ち主たちなのだろう。ある意味、な。


「申し訳ございません」


 ジェダイドが謝ってきたのだが、ジェダイドのせいではない。ジェダイドはちゃんと、俺様が教えたコーヒーを飲んで予防する策を実行しようとしたのに、こいつらが無視したんだからな。

 しかし、だ。


「外にあったありぇはなんだ?」


 アカデミーの庭に似つかわしくない豪華な椅子が並んでいたのだ。


「はい。外のあれは……光の神官たちが紅茶を飲んだあとです」


 ジェダイドが恥ずかしそうに告げた。なるほど、それは恥ずかしいな。どこから運び込んだのかは知らないが、出しっぱなしは良くない。ここはアカデミーなのだから、学生が使わないものを放置してはいけない。


「ふにゅ、まっちゃくけちからん」


 俺様プンスカプンなんだからな。しかし、困ったぞ。このままこいつらを放置したら、魔法の効果でバカになっちまう。


「ジェダイド、兵士を呼べ!あとは荷車を用意しろ」


 そう叫んだ俺様は、いつの間にかにアトレの姿になっていた。緊急事態だからな。致し方がない。この空間には間違いなく500年前の闇魔法が色濃く残っている。それを全身で吸収したせいだろう。


「……っ、は、はいっ」


 ジェダイドは慌てて外に飛び出すと、魔法で伝達を放った。ジェダイドの伝達なら、誰に確認するまでもなく兵士は動くだろう。


「濃密な空気ですね」


 ちびっ子の一人がそんなことを呟いた。まぁ、選ばれし子どもたちであるから、この空間にかけられた闇魔法を全身で感じ取っているのだろう。なかなか才能がある。


「ここはかつて闇魔法の研究をしていたアカデミーの一部だからな。教授たちが闇の神殿のように壊されないよう、鎮魂と忘却の魔法をかけたんだ」


 俺様が解説をすると、4人のちびっ子はみな納得したようだ。感じ取れるのだろう。闇魔法の波動を。


「この柱には、鎮魂の詩が彫られていますね」


 背が低いからか、俺様でさえ気づかなかったものに気がついたのは商人の息子ジョエルだった。柱の下の方に掘られていたため、大人の背丈では気づけなかったようだ。


「こっちの柱にも彫られてる」


 アルフレッドが、嬉しそうに声を上げた。それを皮切りに、ちびっ子4人は柱を調べ始めてしまった。持ってきていたノートにその詩を書き込んでいる。


「鎮魂の詩と忘却の詩、闇の神殿で歌われる詩だ」


 さすがは貴族の息子である。どうやって入手したのかは知らんが、まぁ、財力だろうが。闇の神官たちが歌う歌の歌詞を知ってたようだ。


「父上が取り寄せてくれた書物に書かれていたのと同じ文字だ。つまりは古代語。素晴らしい。500年も効力が衰えていない」


 セスはさすが、ディアレスレイ侯爵家と並ぶ貴族の家の息子である。財力と権力と人脈を使って古代語で書かれた闇魔法の法典を手に入れていたようだ。まぁ、アラザムの言葉で書かれた闇魔法の法典は、ここの奥に隠されているからな。どう頑張っても手に入れることが出来なかったんだけどな。


「凄いな。セスは古代語が読めるのか」


 俺様がそう褒めると、アトレの姿となった俺様を見てセスは一瞬驚いたようだったが、そこは貴族の息子、スっと表情を消して答えた。


「父上がアラザムの文字を教えずに古代語を教えたのだ。お陰で古代語は読めるが、アラザムの文字は読めない」


 そなことを威張って言うものではありません。って誰か突っ込んでやれよ。俺様はおもったのだが、


「ぼくは帝国の法典なら読める」


 ジョエルが恥ずかしそうに告白してきた。手にしているのは、確かに帝国の闇魔法の法典だった。俺様ももちろん持っている。商人の家だから、仕入れのついでに帝国で購入してきたのだろう。


「俺だって、古代語の法典ぐらい持っている。あと帝国の法典もあるぞ」


 アルフレッドの場合、どう考えても家庭教師のせいだろう。俺様にドヤ顔で見せてきたから、俺様、アルフレッドの頭を撫でておいた。なんだかそうしないと治まらない気がしたからだ。もちろん、ウォルターが可愛らしく頬を膨らませているのが見えたので、そっと抱き上げた。


「ウォルターは闇魔法の耐性が低いから、俺様に抱かれていろ。奥の講堂に1人いるらしいから、そこまで歩くぞ」


 モジモジしているディオの手を取ると、控えめに法典を見せてきた。こちらも同じく古代語だ。やはり貴族は金と権力と人脈を駆使して手に入れていたようだ。


「ああ、光の君……」


 講堂の端の席にもたれ掛かるように座っている光の神官が、俺様の姿を見て呟いた。ん?俺様いまは闇を纏いしアトレの姿なんだが?


「ジェダイドの言った通りだ……魂の形が、見える」


 なんだとぉ!俺様未だに理解できない、魂の形がわかるだとぉ。


「それは実に興味深い話です」


 俺の腕の中でウォルターが言った。


「ああ、ぼくにも見えます。兄さまの姿が……」


 ゆっくりと呼吸をしながらウォルターが言った。濃密な闇魔法のかかった空気が重たいようだ。


「魂の形が見えるのか?」

「はい。兄さま。そこに今の兄さまとアトレの姿が映り込んでいます。ぼくにはそのように見えます」


 なるほど。なかなかに、興味深い。


「うーん。何度観ても俺様にはちっこいボールにしかみえんな」


 講堂の椅子でぐったりとしている光の神官は、俺様に余程憧れていたのか、まるで拝むような仕草をしながらいったのだ。


「私には、光の君アトレの姿が正しく光の形で見えています。それが時折小さくなって、今のあなた、ウェンリーの姿になるのです。ただ、光なので顔形がある訳ではありません」


 ふぬぅん。人によって見え方が違うというわけか。なんとも興味深い。


「げっ、こいつはまずい」


 俺様、床に倒れている光の神官たちの魂を見てやろうと、そちらに視線を向けて驚いた。なんと、光の神官たちの魂がフルフルと震えながら鎮魂の詩が彫られた柱に向かおうとしていたのだ。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ」


 俺様は慌てて魔法を放った。アラザムで覚えた光の魔法だ。覚醒の魔法とも呼ばれるそれを放つと、フルフルと震えたいた魂たちは光の神官たちの体に引っ込んだ。


「ここが闇の神殿みたいになっちまってる」


 濃密なら闇魔法が展開され、挙句柱には闇の神官が歌う詩が彫られているものだから、簡易の闇の神殿となってしまっていたようだ。どこからがやってきた小さな魂が、詩が彫られた柱に吸い込まれるように消えていった。ぼんやりと見えたのは牛のような姿だった。動物の方が本能が働いて、真っ直ぐにここに来られるようだ。


「アトレ」


 外からジェダイドの声がした。


「おう」


 返事をしながらそちらに向かえば、ジェダイドが呼び寄せた兵士たちか荷車を並べて待機していた。


「よし、俺様が光の魔法を展開するから、ジェダイドは兵士たちに祝福をかけてやれ」

「分かりました」


 ジェダイドが展開した祝福は、所謂覚醒の魔法だ。コーヒーなんぞ飲まなくても、忘却の魔法に囚われず倒れている光の神官たちを運ぶことができるだろう。何せ、俺様がガードしているからな。


「足元に気をつけて、倒れている神官たちをはこびだしてください」


 木のウロに擬態している校舎の扉が姿を現すと、兵士たちはどよめいた。そりゃそうだろう。話には聞いていたが、本当に黒髪の闇魔法の使い手が立っていたんだからな。


「驚いている時間は無いからな。さっさとこいつらをあっちの講堂に運んでやってくれ」

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