第24話 夕焼け色の約束


「お帰り。疲れただろう?」


 無事にお勤めを終えて中央大陸から戻ってきたジェダイドを、俺様はさも待っていたかのように出迎えた。

 もちろん、一つ前の船で先に戻っただけなのだが、あの先輩方に見つかることなくできたので良しとしておこう。


「お供は気楽でいいことだな」


 ジェダイドを抱きしめる俺様に、例の先輩たちは軽い嫌味を言ってきたが、まぁ無視だ。なにしろ俺様も一晩中祈りを捧げていたからな、眠たくて仕方がないんだよ。先輩方が高級宿屋に入っていくのを確認して、俺様はジェダイドを馴染みの神殿に連れて行った。ジェダイドは箱入り息子ではあるが、世間知らずのお坊ちゃんというわけではなく、勤勉でまっすぐな性格をしたやつなのだ。


「アトレ、その、私がここに入っても問題はないのでしょうか?」


 ジェダイドが小声で俺様に聞いてきた。外観からもはっきりとわかるぐらいの闇の神殿である。ド金髪で真っ白な衣装を身に着けたジェダイドは、居心地が悪いのだろう。それに、行きの船でずいぶんときつい視線を向けられたから、俺様の腕にしがみつくような体勢をとっている。十分成人した男なので、俺様からしたらバランスが悪くて歩きずらいことこの上ないのだがな。


「おやまぁ、新しい神官様かね」


 ばあさんが目ざとくジェダイドに声をかけてきた。とはいっても、目線は完全に俺様に向けられているんだがな。


「そ、俺様がアラザムで世話になってんだ。だから、今日はそのお礼をしようと思ってな」


 俺様がそう言うと、ばあさんは探るような目線を投げてきたが、俺様はそれを完全に無視して食堂にジェダイドを連れ込んだ。


「おお、来たな」


 食道で真っ先に声をかけてきたのはウェッツであった。他の神官たちは物珍しそうにジェダイドを見るが、隣にいる俺様の顔を見るとすぐさま目線をそらした。


「おう、ほらジェダイド、ここに座れ。帝国の神殿の飯はこういうもんなんだ。炊き出しとたいして変わらねえだろ?」


 俺様がそう言うと、ジェダイドは首を横に振った。


「いいえ違います。炊き出しは祈りのための活力でしたが、こちらの食事は神からの施しです。私が神に生きることを許されているのだと思い知らなくてはなりません」


 ジェダイドは大まじめに質素な食事に感謝の祈りを捧げ、そして一口スープを口に運んで目を閉じた。どうやら本当に感動しているらしい。ジェダイドの口から神に対する感謝の言葉が紡がれるのだ。食堂内は微妙な空気に包まれたが、ジェダイドは大満足をしたのだった。もちろん、その晩簡素な寝台で横になる際もジェダイドは神に感謝し、出立をする際にはばあさんたちに何度も何度も頭を下げたのだった。


「あいつらやっぱり首都で観光するつもりなんだな」


 例の先輩方が乗った馬車が違う方向に向かったのを見て俺様はそうつぶやいた。片道一か月もかかるので。一日二日は誤差の範囲である。俺様たちが使った船は、川の流れを利用はしているが、魔法で風を起こしているので、行も帰りも時間に大差がないのが強みである。俺様は、ジェダイドを連れてもう一度中央大陸に向かった。祈りの期間が終わったため、中央大陸も通常営業に戻っていた。俺様はジェダイドと連れ立って、光の神殿に足を踏み入れた。閑散とした内部では、熱心な神官が祈りを捧げていた。俺様は怪しまれないようにアラザムでしていた色を纏い、目的の部屋に向かった。たくさんの書物と、貴重な文献、それらを自らの手で書き写す光の神官たちの姿が見える。ジェダイドも見たことのない貴重な書物を前に興奮したのか、気になる一冊を手に取っていた。


「落ち着いてゆっくり読むんだな」


 俺様はジェダイドにそう言い残し、目的の書物があるだろう棚を探した。年代順に並べられているのはこの神殿に暮らす神官の日記である。国を捨て出奔した神官の日記には、悲壮感はなく、満ち足りた心情がつづられていた。そうして俺様はようやくお目当ての人物の日記を見つけたのである。

 アラザム王国アカデミーの教授であり、アラザム王国の黒歴史を知る人物の日記。俺様の予想通り、この中央大陸に逃げ込んでいた。なかなか日記が見つからなかったのは、著者名をアラザムの言葉ではなく、隣接する島国の言葉で表記してあったからだった。


「まったく、警戒心が半端ないねぇ」


 俺様はそれを手に取り中身を確認した。その棚に並ぶ他の日記も手にしてみれば、外側は島国の言葉で飾れれていたが、中味はアラザムの言葉で綴られていた。その場にしゃがみこんで夢中になって読みふける俺様に、幼い子どもが声をかけてきた。


「お腹空かないの?もう夕方だよ」


 俺様のいた場所は貴重な書物がある場所だったため、窓がないのだ。半地下のような状態の部屋で、椅子に座るでもなくひたすら本を読んでいたらしい。今更だけど、ケツが痛いときたものだ。


「教えてくれてありがとな」


 俺は声をかけてくれた子どもの頭をひと撫ですると、最初の部屋に戻ってみた。赤い光の差し込んできた室内には、もうほとんど人が残ってはいなかった。貴重な書物を保管しているため、ランプなどの明かりの使用ができないからだ。それに、船の問題もある。


「ジェダイド」


 俺は周りを完全に遮断して書物の世界に没頭しているジェダイドに声をかけた。


「っ、アトレ」


 そうとう驚いたらしく、ジェダイドは俺の顔を見て両目を大きく見開いていた。そして瞳だけがゆっくりと動き、周囲の様子を探っている。


「随分と熱心に読み込んでいたな。……まぁ、俺も人の事言えた立場じゃないけどな」


 すっかり夕闇色に染まった図書館は、とても静かだった。

 


 

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