第23話

「いやいやいや、こうして再びここに来られるとは、俺様思ってもいなかった」


 柱しか残されていない闇の神殿。この大きな柱は神殿の入り口を示す言わば門の跡だ。昔は扉が付いていたのかと考えたこともあったが、後ろにある向かい合わせに建てられた光の神殿を見ればわかることだった。もとから柱だけで作られた門だったらしい。ただ、その柱にはびっしりと言葉が書き込まれている。おそらくその書き込まれた言葉によって、この門の柱は消失しなかったのだろう。

 書き込まれた言葉は俺様にとって馴染みのある言葉である。いや、俺様だけではない。闇の神官なら誰でも知っている浄化の言葉だ。


「それはこっちのセリフだからな」


 ウェッツが懐かしい笑みを浮かべて言ってきた。灰色の瞳は日の光を浴びて、まるでガラスのようにキラキラと輝いていた。もちろん、その光の中に悪戯な何かが隠れていることは言うまでもないことなのだが。


「おいおい、どういう意味だよ」


 俺様がいつものノリで返事をすれば、ウェッツは「にししし」と笑った。相変わらずわかりやすいノリで大変よろしいやつである。

 はてさて、今年もそうだが、祈りの日は俺様が知る限り必ず晴れている。やはりそういうところも神様の思し召しというやつなんだろうな。なにしろここは屋根がないからな。光の神殿は建物があるから天候は関係なさそうだけど、結局はこの中央大陸に来るために船に乗るからな、天候大事だよな。


「そのまんまの意味だよ。ほんっと、お前ってばいきなりアラザムに行っちまうし、音信不通になっちまうし、いきなり戻ってきたかと思えば頭ん色は変わってるし、めちゃくちゃすぎなんだよ」


 そんなことを言いつつ、ウェッツは俺様の髪を髪を引っ張った。


「いやはや、お前の魔法マジですげえな」


 そんなことを言って、つかんだ俺様の髪を日にかざしたりしていろいろと確認をしている。どうやら、からくりを探し出そうとしているようだが、俺様の魔法は正真正銘の変身魔法なのだ。この真っ黒な黒髪を、月の女神も真っ青な銀髪に変えることぐらい造作もないことなのだ。とはいいつつも、変身魔法とはいいつつ、顔の造形まで変えられるわけではないので、まだまだ改良の余地があるのだがな。


「ふふふん、そうだろう?もっと俺様を褒めたたえていいのだぞ」


 俺様が胸を張ってふんぞり返っていると、ウェッツが一瞬顔をひきつらせたような気がした。だが、灰色の瞳が静かにゆっくりと俺様に向けられて、またゆっくりと俺様の背後へと移動した。その瞬間だけ灰色の瞳が揺れたような気がした。

 俺様は、ウェッツが見る方向にゆっくりと体を向けた。


「っ、アトレ」


 小さく叫ぶように俺様の名前を呼んだのは、

 

「な、お、おまっ、ジェダイド……なんで、いや、まて」


 金色のつややかな髪をそよ風になびかせたジェダイドだった。

 俺様の瞳を覗き込むように見つめてくる金の双眸は、微かに震えているようにも見える。だが、それよりも俺様が驚いていることは、ずいぶんと距離があるにもかかわらず、ジェダイドが俺様に気が付いてしまったことだろう。光の神殿に入ってしまえば外の様子など伺えないはずだ。ジェダイドは俺様よりもずいぶんと速くこの中央大陸に来ていたはずだ、なにしろ俺様はそのために時間を使ったのだからな。わざわざローダ帝国の神官服に着替えてまでやってきたというのに、おまけに、俺様闇の色を纏いし者だぞ?後姿どう考えても別人級だぞ。声だって聞こえるはずなどないのに、なぜジェダイドは俺様に気づいたのだ?

 いやはや、もはや、俺様うかつにもジェダイドが近づいてきていたことにまったく、全然気づかなかったのだが?


「アトレ?なぜ故?」


 ジェダイドは金の双眸を揺らしながら俺様の顔を覗き込んできた。何かしら言葉にできない不安を抱え込んでいる。そんな瞳を見てしまえば、俺様だっておおいに焦るというものだ。


「なぜ、ってーのは俺様のセリフだろうが。何してんだ、ジェダイド」

「なにって、アトレ、あなたのその姿……」


 ジェダイドが俺様をまじまじと見つめている。


「その姿ってなぁ、お前……」


 俺様は頭をガシガシとかいてあきれたようにジェダイドを見た。そしてウェッツをみれば、やはり俺様と同じ不安を感じているようだ。俺様は一つ大きなため息をついてから口を開いた。


「そもそも、なぜお前は俺様が分かったんだ」


 俺様がその疑問を口にすれば、ジェダイドはすぐさま答えを口にしてきた。


「何をおっしゃいますかアトレ。私があなたを姿かたちだけで判断していると思っていらしたのですか?それはあんまりというものです。私はあなたの魂の形を見ているのですよ。たとえ何があってもあなたを見間違えるなんてことはありません」


 まくしたてるかのように一気にそう言われて、俺様は思わず一歩後ろに下がってしまった。てか、こいつ今なんて言ったんだ?なにやら聞きなれないワードがあったんだが。聞き間違いではないいよな?ウェッツの顔を見てみれば、なにやら複雑な顔をしていた。つまり、俺様は聞き間違いなどしてはいないということだ。


「なんだって?」


 落ち着いて、自分なりに極めて冷静に口にした言葉はとてもシンプルでありがちな言葉だった。いや、もっと俺様らしい言葉を紡ぎだしたかったのだが、人間いざそうなるとどうにも語彙力が衰えるらしい。


「ですから、私はちゃんとアトレ、あなたを魂で見ているのです。見間違えるなどありえません」


 そんなことを言われて、素直に喜ぶやはいるのだろうか?少なくとも俺様は若干ひいているのだが……


「た、魂の形?」


 俺様よりもウェッツがそこにちゃんと反応をした。

 そう、そうなのだ。そこなのだ。

 なんなのだ?魂の形ってえのは。俺様魂の形なんか意識したことなんかないぞ。てか、魂に形なんかあったのか?


「おや?ご存じないのですか?」


 ウェッツが呟いた言葉を聞き逃さずに、ジェダイドが聞いてきた。が、いや待て、俺様アラザム王国でそんなことを習った覚えなんぞないんだが?


「まて、ジェダイド。俺様そんなこと教えられた覚えなんてないぞ」


 俺様がそう言うと、ジェダイドはにっこりとほほ笑んだ。


「ええ、教えられてはいませんよ」


 はっきりきっぱりとジェダイドが言い放った。なかなかの破壊力である。


「は?教えられていない?」


 俺様、またもやセンスのない言葉を言ってしまった。


「はい。教えられてはいませんよ。魂の形は私が独自に見つけ出したものなんですから」


 なんとなく、どやっているように聞こえるのは俺様の気のせいだろうか?いやいや、そこは深く考える場所ではなかったな。


「なるほどなぁ、魂の形か。色はなんとなくわかるんだけどなぁ」


 なんてウェッツが言い出すものだから、俺様はちょっと首をひねった。色も形も俺様気にしたことなどないからな。大体あれはふわふわしていて輪郭がぼやけているものだと認識していたのだがな。


「アトレはそのように認識したことがないのですか?」


 一人首を傾げる俺様に気が付いたジェダイドが、なんだか残念そうな目で見てきた。


「ないな。あれはぼんやりとした発光体だと思っているからな俺様」


 そう俺様が答えると、ウェッツが大笑いをした。


「お前らしいな。まぁ、魂の捉え方は人それぞれだからな」


 そうやって笑い飛ばしたウェッツが突然ジェダイドを自分の方に抱き寄せた。


「少し黙れ」


 小声ではあるが少し威圧的な言葉だった。なにが起きたのか理解できていないジェダイドは、何度も瞬きをしている。


「あちらに先輩方がでてきてしまったようだ。アラザムの神官服は目立つからな。炊き出しの飯でも食うつもりかもしれないな」


 俺様が吐き出すようにそう言うと、ジェダイドはウェッツの陰からそちらをそっと覗き見た。


「あれほど炊き出しなどとぼやいていらしたのに、やはり空腹には勝てなかったのですね」


 ジェダイドはあきれたように口にした。

 そう、あの先輩方は、ここで炊き出しとして神官たちに配られる食事を馬鹿にしていた。わかりやすく言えば他国の闇の神官たちと同じ釜の飯を食いたくないだけだった。とても分かりやすい言葉で言っていたから俺様でもしっかりと理解できてしまったのだがな。


「しかたがない。一日中祈りを捧げるんだ。食うもの食わなけりゃ途中で倒れるだけだからな」


 俺様がそう言えばウェッツが頷いた。


「さてジェダイド」


 俺様はあちらの様子をうかがいながらジェダイドに話しかけた。


「わかっています。アトレ。あなたを尊敬してやまない私が、あなたを不利にすることなど口にするはずなどありません」


 まじめな顔をしてジェダイドはそう言うと、あちらを確認してゆっくりと動き出した。


「ではアトレ、船着き場で私を待っていてくださいね」


 そう言って少し日が傾きかけた中央大陸を歩き出した。アラザム王国の白い神官服が茜色に染まっていく。とても美しいのだが、それがアラザム王国の今を表しているようで物悲しくも見えたのだった。

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光魔法の使い手は闇魔法の使い手を何とかしたい ひよっと丸 @hiyottomaru

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