第22話

「じゃあ、頑張って来いよ」


 中央大陸に向かう定期船に乗り込むジェダイドを俺様は見送った。一緒に行ってもよかったのだが、時間的な関係で、祈りを捧げる神官たちが一斉に同じ船に乗り込んだのだ。神殿で名簿に名前を書き込んだり、もろもろの準備をするのはすべて神官たちなのだ。巡礼に訪れた人々はそんな神官たちを見るところまでが娯楽になっている。と、言うことを知っている俺様は、あえてジェダイドから離れることにしたのだ。

 もちろん、大勢の神官たちの中にお世話係としてやってきた俺様が一緒になっても大した問題にはならない。なぜなら、俺様も神官であるからだ。が、件の先輩たちに見つかると厄介この上ないので、俺様はやんわりとジェダイドを一人にしたのである。


「さすがにもう見えないだろ」


 俺様は見送る船の甲板に立つ諸々の姿が、肉眼で判別出来なくなったのを確認してから踵を返した。もちろん、目的があるからだ。アラザム王国からやってきた目障りな先輩方もあの船に乗っていたのを確認したから、問題は無いだろう。

 俺様はそのまま馴染みの神殿に向かった。海辺の神殿らしく、白い石造りの美しい建物だ。街中に建つ神殿には光や闇の区別は無い。祭壇に光と闇をそれぞれ司る神の像が祀られている。

 俺様は勝手知ったる何たるや、ということで大股でズンズンと突き進み、神殿の裏にある食堂に顔を出した。もちろん、ここの神殿に務める神官たちも、もれなく中央大陸に祈りを捧げに行くわけだから、ほぼ無人なのだが、一人二人は後からゆっくりと赴く者もいるわけだ。


「よう、俺様に闇の神官の服を貸してくれよ」


 食事をしていた神官がいたので声をかけてみた。当然だが、二人は驚いた顔でこちらを見る。


「あ?って、アトレ?」


 変身の魔法を解いて、黒髪黒目の本来の姿に戻った俺様を見て、当たり前だが驚きの顔を見せてくれた。


「おま、それ!アラザム王国の神官の服じゃないか」


 そう叫ぶようにいってきたが、まったく行儀が悪いことだ。


「人を指さしてはいけません。って、習っただろう」


 俺様はそう言いながら、俺様を指さすその指をしっかりと握りこんだ。


「いやいや、なんの冗談なんだよ」


 べしっ、と俺様の手を振り払い、まじまじと俺様の服装を上から下まで、それこそ舐めまわすようにじっくりと見てくれた。


「どうだ?なかなか似合っているだろう?」


 俺様は二人の前でくるりと一回転してみせた。アラザム王国の神官の服は、無駄に作りが良かった。布地も無駄遣いされていて、長くてやたらとドレープの入った作りになっている。だから、ちょっと動いただけで光沢のある布がぐわわわんっと動いて無駄に光沢を放ち、歩けば足元の布がヒラヒラと波打って金糸の刺繍が煌めくという、まるで結婚式の新婦のような見た目に仕上がっているのだ。


「ってぇ、お前なぁ」


 二人は呆れ返った顔をしていた。失礼な奴らだ。帝国にいた時は真っ黒くろすけであった俺様であるが、こんなにも白を着こなせるほどの美丈夫なのだぞ。


「闇の神官抹殺の国であるアラザム王国の神官服を堂々と着るとは、ホントにお前って怖いもの知らずだよな」

「まったくだ。その見事な黒髪でこの真っ白な服を着るとは……いや、ホントに」


 アラザム王国の負の歴史を知っているからこそ、俺様の本日の服装を本気で心配してくれているというわけだ。やはり、持つべきものは友という事だな。


「そんなに俺様を心配するとはな。だが、安心しろ」


 俺様はそう言って、先程までかけていた変身の魔法をもう一度かけた。


「うっわぉ、すっげー詐欺」


 銀髪にすみれ色の瞳という、神話の世界の月の女神を彷彿とさせる俺様の姿を見ての感想である。

 解せぬ。


「なんだそれは?素直に褒めたたえればいいだろう」


 俺様がそう言えば、二人はあきれ返ったような顔をして、一人が席を立ち少しして戻ってきた。もちろん手には闇の神官の服を手にしている。


「飯は食ったのか?とりあえず俺の予備を貸してやる」


 俺様は受け取りながら礼を言い、食事は済ませてあることを告げた。二人は食事をしてからゆっくりと中央大陸に向かうらしい。いまさら慌てていく必要がないのだろう。神官たちが不在となった神殿にはその地域で手の空いた者が簡単な留守番をしにやってくる。神官たちが中央大陸に行ってしまうことはローダ帝国の民ならだれでも知っていることなのだが、いい年をした大人の中に、稀に神殿で悪さをしてしまう者がいるのだ。そう言ったやつらを思いとどまらせるためのお留守番はじーさんだったりばーさんだったり小さな子供のいる家族だったりと、毎年顔ぶれが違うところが面白い。


「お待たせして申し訳ないねぇ」


 そんな間延びした声がしたので、俺様は思わず入り口の方を見た。祈りを捧げる広間はいつでも入れるように扉はついてはいない。扉が付いているのはこちらの居住空間の方で、小さな金属音をたてて扉を開いたのはこじんまりとしたばあさんだった。


「いえいえ、いま食事をしていたところなんですよ」


 そんな風に返す二人を見ながらも、俺様はばあさんの後から入ってきた人物に目を奪われた。


「すみません。私が歩くのが遅くて」


 元気のいい明るい声を上げたのは、腹の大きな女だったのだ。


「いえいえ、転んだりしたら大事なんですから。どうぞごゆっくりと」


 そう言って二人が立ち上がろうとしたから、俺様は自分の傍に置かれた椅子を急いで食堂に運び込んだ。神殿の食堂は、いつでもだれでも食事がとれるように、背もたれのついていない木でできた長椅子が使われていた。さすがにその椅子に、あの腹の大きい女が座ったのでは危ないだろう。


「こいつに座ってくれ」


 俺様が背もたれのあるゆったりとした椅子を差し出すと、ばあさんが驚いた顔をした。


「あれまぁ、アトレじゃないか」

「おうよ。ばあさん、元気そうだな。残念だが、この椅子はばあさんに出したんじゃねぇんだよ」

「そんなことが分からないほどもうろくしちゃいないよ」


 ばあさんは俺様の手を軽くたたくと、腹の大きな女を椅子に座らせた。


「闇の神官様に椅子を出していただけるだなんて、心穏やかに出産できそうです」


 そう言ってにっこりとほほ笑まれると、ご期待にこたえなくてはならないと勝手に俺様思ってしまうではないか。


「心穏やかに時が満ちらんことを」


 俺様はそう言って女の腹を軽く撫でたのだった。

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