第21話 俺様の旅路ジェダイドを添えて

「こ、これが船……ですか」


 帝国につき、俺様は時短のために船に乗ることを提案した。というか、もとからそのつもりだった。なにせ、馬車はケツが痛くなるからな。


「快適だろ?」


 いろいろな国や地域を抱き込んで巨大になったローダ帝国は、立派な街道と関所を作ったのだが、陸路より水路が発展していた。そう、物資や人を運ぶのに、水路の方が簡単だったのだ。巨大な帝国を潤わせるために治水工事をおっぱじめたのが発端だったらしい。氾濫や枯渇をなくすために見事な治水工事を何年もかけて行った結果、巨大な帝国は河川によってつなげられたのだ。

 おかげで帝国の移動はとても楽になった。川の流れにもよるが、結局のところ船は魔石で動くからな、魔物退治も兼ねられて結果は上々というわけだ。


「とても早い乗り物なのですね」


 肌に感じる風を堪能しているのか、ジェダイドは目を瞑り心地よさそうな顔をしている。河川を下っているから多少速度は出ているだろう。まぁ、街乗りの馬車しか知らないシェダイドであるから、さすがにこの速度は未体験だろうに、怯えないあたり肝が座っていると褒めておくべきなのかもしれない。


「そりゃあ馬車に比べれば倍以上の速さだな」


 まぁ俺様も実際どのくらい早いのかなんて知らないけどな。とにかく馬車より速いことは確かだ。しかも移動できる人数が桁違いだし、同時に運搬される荷物の量が桁違いだ。そもそも辻馬車では乗車する客の荷物ぐらいしか積めないが、船ともなると荷物も人も同時に大量に運べる。これこそが帝国が急速に発展出来た理由だ。人も物資も一度に大量に移動できるから、未開の土地をどんどん切り開けたという訳だ。ついでに言えばこの船の技術のおかげで、中央大陸に安全に移動できるようになったということだ。


「先輩方に追いつけるでしょうか?」


 ジェダイドは、今更ながらなことを口にした。


「……先輩方?」


 俺は首を捻った。はて、今回の神殿への祈りの巡礼はジェダイド一人だったはずなのだが。


「あ、すみません。知っているのかと思って、その、私の他に四名程……」


 今更聞かされた人数に俺は口をあんぐりと開ける以外の反応が出来なかった。

 要するに、ジェダイドは一緒の馬車に乗せて貰えなかっただけなのだ。おそらく、王国の神官たちが中央大陸の神殿へ巡礼するための馬車ぐらい用意されていたはずだ。長旅になるから馬車はゆったりとした作りになっているはず。冒険者をしていたことになっている俺様の知識によると、長距離移動用の馬車は八人ぐらいがゆったりと乗れる設計になっていたはずだ。ジェダイドの他に四名か……たしかに、馬車の乗客人数は偶数になるから、ジェダイドを乗せて奇数になるとまぁ、確かにバランスが悪いよな。


「馬車は偶数で乗るからな」


 俺様はそう言ってジェダイドの頭を軽く撫でてやった。まあ、意図的に仲間外れにされたことには気が付いてはいないようだから良しとしておこう。ほかの連中がどんな奴らなのかわからないが、身分至上主義なところがあるアラザム王国の神官たちだ。年下の新米神官が高位貴族子息と一緒に馬車の旅なんて息苦しいだけだろう。それを察していたのはディアレスレイ侯爵なのかもしれないが、なんにしたって結果的にいい方向に転がってくれた。俺様てきにな。


「ええ、そうなのです。乗る気になれば乗れたのですが、やはり狭くなりますから」


 自分から遠慮したらしいジェダイドは、少し悲しそうな顔をして見せたが、すぐにいつもの顔に戻った。


「ですが、そのおかげで道中大勢の方々に祈りを捧げることができました。それに、アトレ、あなたと……」


 最後の方は活舌が悪くてちょっと聞き取れなかったが、どうやらジェダイドも俺様と同じ考えをしていたらしい。これから中央大陸にある神殿で行われるのは年に一度、夏至の日に行われる大規模な祈りの儀式だ。光の神殿から闇の神殿までまっすぐに太陽光が伸びる日だ。それはすなわち魂の鎮魂と再生を意味し、年に一度最大級の浄化がもたらされる日なのだ。

 そんなわけで、俺様は道中ジェダイドが光り魔法を使い魂の浄化を施したところに、闇魔法の鎮魂を捧げ、闇の神殿へと導きを与えていたのだ。こんなことをすれば気づかれてしまうかもしれないところなのだが、闇魔法も闇の神官の祈りも見たことがないジェダイドはまったく気が付くことはなかった。それどころか、場の空気が穏やかになったのを察して俺様に礼を言ってきたほどだ。若干後ろめたい気持ちはあるものの、俺様ローダ帝国の闇の神官だからな。彷徨える魂に正しい道を与えなくちゃならないからな。それがたとえ他国、世界的に大罪を犯したアラザム王国の民の魂であっても、だ。


「先輩とやらと一緒だったら船には乗れなかっただろう?」


 俺様がどやって言ってやれば、ジェダイドは「それもそうですね」なんて笑って言ってきた。どうやら船旅は気に入ってくれたようだ。船にはいろいろな人たちが乗っていて、このローダ帝国の神官の姿もあった。世界中から神官が集まるのだが、全ての神官が集まるわけではなく、各地から代表となる神官が遠路はるばるやってくるのだ。そしてローダ帝国だけはなぜか見習いまでを含めたすべての神官がやってくる。まさに聖地巡礼の装いで、白と黒の正装を身にまとった神官たちが神殿しかない中央大陸に集まるのはなんとも言えず壮大で厳粛な雰囲気があるのだ。


「ええ、そうですね。こうして帝国の日常に触れることもできなかったですね」


 一応旅装束ではあるものの、ジェダイドは白を基調としたいかにも神官らしい服装をしていた。だから、ちょいちょいジェダイドの服の裾を引っ張る幼子なんかがいたりして、そのたびにジェダイドがかがんで簡単な祈りを呟くのがなんともほほえましかった。そう、ここローダ帝国では道のそこはかしこで神官たちが気軽に祈りを捧げるのだ。とくに、こういった逃げ場のない船上では幼子たちから容赦なくせがまれてしまうのはしかたのないことだろう。なにしろジェダイドは見事な金髪を腰まで伸ばして、おまけに瞳の色は金色だからな。


「光の神官様、祝福をちょうだい」


 後ろで慌てている母親が見えるが、ジェダイドは気にはしていないようだ。幼子はわかってはいないようだが、旅装束のジェダイドは明らかに帝国の神官ではない。帝国の神官は羽織るコートでさえ支給されているのだ。だから、見ればわかる。つまり、ジェダイドは帝国の神官ではないのだ。


「かわいらしい子に光の祝福を」


 俺様が危惧することはまるでおこらず、ジェダイドは帝国の言葉を理解し、幼子に祝福を与えた。母親のもとに戻る幼子を、俺様は視線だけで追いかけたが、周りにいる乗客たちはジェダイドに睨むような視線をやめようとはしなかった。そう、俺様とジェダイドがアラザム王国の言葉をしゃべっていたからだ。あまりよろしくはないとわかってはいたが、言わなかった俺様のミスでもある。

 俺様はジェダイドを客室に連れて行った。もともと荷物はそこに置いてあるし、自分たちの席のないデッキにわざわざいる必要はないのだ。


「アトレ、なんだか歩きにくいです」


 船内の廊下をジェダイドはたどたどしく歩いていた。まぁ、何となく予想はしていたけれど、ジェダイドは足腰をあまり鍛えてはいないようだった。


「進行方向と逆に歩くのは山道を登るよりつらいかもな」


 俺様がそんな軽口を叩けば、ジェダイドは踏ん張る足に力を込めた。


「が、頑張ります」


 その後、ジェダイドの一歩一歩はとても力強かった。

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