第20話

学園を卒業し、無事神官になったものの、俺様はまだまだ勉強がしたいとアカデミーにも席を置いた。ジェダイドは才能豊かであるから、光の神官として忙しい毎日を送っていた。俺様はアカデミーで件の学者を探したが、やはり見つけることは叶わなかった。やはり闇の神殿については、このアラザム国内ではタブーとされているのだろう。


「あなたにそんなに見つめられたら、地図に穴が空いてしまいます」


 考え事をしながらの作業だったから、俺様は先程から動かずに地図の一点を見つめていたらしい。もちろんそこに特別な意味などなく、深い思考に耽っていたから、たまたまそこに焦点がいっていただけなのだ。


「視線で紙に穴が空くわけが無い」


 顔を上げておどけて見せれば、隣には見知った顔があった。眉根を寄せて、それでいて瞳は悲し気な色をまとっているジェダイドだ。


「どうした?」


 俺の顔を見て、口を開こうとしないジェダイドに用件を催促してみる。何かあったのだろうことはすぐに分かった。なにしろジェダイドはアラザム王国において、重要な神官である。日々神官として務め、穢れを浄化しなくてはならない多忙な存在だ。まあ俺様も神官ではあるのだが、ジェダイドほど忙しくはないのである。そもそも髪色が銀色であるから、アラザム王国においては半人前の色をもつ神官として軽んじられているのだ。髪の色で能力を決めつけるとは、全くもってナンセンスなことだ。まあ、そのおかげでゆっくりとアカデミーを探検できるので俺にとってはありがたいことではある。


「遠方に、行かなくてはならなくなりました」


 そう口にしたジェダイドは、心底悲しそうな顔をしていた。まあ、理由はわかる。貴族の、しかも高位貴族の侯爵家の生まれであるジェダイドは、ぶちゃけていうと箱入り息子であるから、この王都から出たことがないのだ。つまり、初めてのお使いってところだ。


「どこまで行くんだ?」


 俺はジェダイドの様子を探るように聞き出すことにした。こいつは俺になつきすぎるぐらいなついているのだが、甘々に育てられたせいでなんとも撃たれ弱い一面があるのだ。俺がちょっとからかったつもりで発したひとことを思いっきり深く受け止めていたりする。


「し、神殿、です」


 ものすごく小さな声で言ってはきたが、俺様の耳にははっきりと聞こえたのだ。つまり、ジェダイドはついにアラザム王国の神官として、他国の神官たちと顔を合わせることとなったのだ。つまりは世界デビューってやつだな。


「神殿ってえと、中央大陸か?」


 わかっていながら俺様はあえて聞いてみた。年に一度の儀式に参加するなら、そろそろ出立するころではあったな。なにしろこのアラザム王国からはまっすぐに中央大陸にはいけないのだ。まあ、空でも飛べれば簡単なのだが、潮の流れが激しいところは、風の流れも急だったりするわけだ。陸路でローダ帝国まで行くだけで十日以上かかるだろうし、その後ローダ帝国での移動が船になるわけで、箱入り息子のジェダイドには未知すぎて不安しかないだろう。


「はい。そ、その……神殿の儀式に参加することになったんです」

「それは名誉なことだろう?」


 俺様がそうやってからかうように褒めてやるとジェダイドはなんだかはにかんだような笑顔を見せてきた。


「はい、そうなんです。とても、名誉なこと、なのですが……」


 そう答えつつもなんだか歯切れが悪かった。


「あの、ご存じかと思いますが、その、私は、ですね」

「ああ、知ってるさ。箱入り息子過ぎて王都から出たことがないんだろう?」

「ッ、し、知っているのなら、そ、そのあたりを……」


 ジェダイドはなんだかしどろもどろな感じで、いつものきらきらした目で俺様を見てこない。うん、これは年上としてわかってやらねばならねばなところだったな。


「なるほど、なるほど。つまり、ジェダイドおぼっちゃまは、この俺様に一緒に行ってほしい。ってことなんだな?」


 俺様がそう言ってジェダイドの顔を覗き込むと、分かりやすいほどに耳まで真っ赤になってしまった。うん、かわいいやつだ。


「あ、あなたがっ、アカデミーで研究をなさっていることはもちろんわかっています。だ、だからこそですね、その研究の糧にするためにも一緒に神殿に行ってはみませんか?」


 おうおう、なかなかな理由を言ってきたな。まぁ、俺様の設定である冒険者をしていたっていうのを信じるのなら、中央大陸にある神殿は見るだけで赴くことなんかできない聖地ってところだろうからな。まあ、何回も行ってるけどな。内緒だけど。行ってやってもいいけど、身バレしたら厄介なんだよな。ううん、でも、まぁ、俺様いま変装してるからな。万が一あいつらと遭遇しても察してくれる、よな?


「おいおい、神殿へ祈りを捧げるのはエリートの証だろ?俺様みたいな平民の冒険者あがりの奴の同行なんて許されないだろ?」


 なんて言ってみたりする。


「そ、それはっ、大丈夫です。一人は同行者を許可されていますから」


 慌てて口を開いたジェダイドはとても必死な顔をしていた。


「その一人の同行者ってぇのは、身の回りの世話をする侍従だろ?」


 俺様が軽口の口調で言えば、ジェダイドはガバァって効果音が付きそうな勢いで顔を上げ、俺様の手をつかんできた。


「そ、そんなつもりはありません。あなたをっアトレを侍従だなんてっ」


 わかっちゃいるけど、こういう反応を素直にしてくるジェダイドはなんともかわいいものだ。これが他の神官だったらさも当たり前の顔をして言ってきただろう。「冒険者をしていたのだから旅の手伝いなどかんたんだろう」なんてな。


「はいはい、わかってるって、俺様に任せておけって。快適な旅を提供してやるよ。もちろん、荷造りもしてやるから安心しろ」


 そう言ってジェダイドの頭を軽く撫でてやる。なかなかどうして素直でかわいいやつなんだよな。片道一か月近くかかる旅なんて、この王国の連中ではまったく頼りになんかならないだろう。そもそも先輩の神官に聞いたところでどうしようもないだろうな、なにせ俺様がかつて見た連中はろくでもなかったからな。お貴族様のバカンスみたいなもんだったからな。


「ば、馬車は我が家のものを用意いたしますので」


 って、やっぱりジェダイドの口からは予想通りの言葉が出てきた。


「わかった。できるだけシンプルな外装のやつでな」

「はい。わかりました」


 俺様の同行の許可が取れたからか、ジェダイドやつは軽やかな足取りで部屋を出ていった。

 さて、片道約一か月、この部屋の施錠をしっかりとしておかないとだな。いろいろと揃えた文献たちは、一つ一つは単なる論文や国史ではあるが、作者に共通点がある。それがばれると非常に厄介なのだ。だが、こうして堂々とこの姿でローダ帝国に行けるのは願ったり叶ったりというものだ。これらの作者たちを探すことができるというものだ。おそらく名前ぐらい変えているだろうが、絶対に中央大陸にある神殿に足を運んでいるはずだ。名簿に偽名を書くことはないだろうから、じっくりと探させてもらおう。これらの書物を王国から持ち出す奴はいなかっただろう。国境を超えるときに手荷物検査で引っかかるだろうからな。だが、光の神官であり侯爵家の次男であるジェダイドと一緒なら、カバンの中を検められるなんてことはおそらくない。


「悪いなジェダイド」


 俺様は、独り言ちた。

 利用しているのは俺様の方なのだ。恐ろしいほど素直になついてしまったジェダイドを利用しているのは俺様なのだ。





 アラザム王国を移動中、まじめなジェダイドは至極まじめに神官としての役目を全うしてくれた。つまり、道中で穢れに悩んでいる人々に施しを与えたのである。王都を少し離れただけなら、それなりに神官が在中してはいるが、周辺の小さな村になれば、当然神官などいるわけもなく、土葬が主流となり穢れが蔓延していた。そこを馬鹿正直にジェダイドは祈りを捧げて祓っていくのだ。だから当然時間がかかってしまうのだが、俺様はジェダイドの祈りに便乗して闇の神官としての力を放っていた。

 なにせ、ジェダイドがそれはもう完璧に穢れを祓うものだから、彷徨う魂に途を示さないわけにはいかないというものだ。ちょうど年に一度の祈りの時期だからな。まっすぐに海を渡って神殿に向かえばいい。門しかないが、闇の神殿にたどり着けば魂は浄化され輪廻の輪の中に入れるからな。焼け石に水だとは思うが、せっかくジェダイドが救ったのだ、俺様が導いてやってもいいだろう。

 そんなわけで、ちょっと時間がかかったが、俺様たちは予定通りにローダ帝国にたどり着いたのであった。

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