第17話


 アラザムの国境を超えるのはたいした労力は要らず、入国料を払っただけで済んでしまった。一番の功績は纏う色を変えた髪だった。本当に馬鹿みたいに光魔法の使い手を盲信しているのだ。入国審査書に学校への入学なんて書いたものだから、「あんたなら平民でも問題ない」とか言ってきたからな。ま、俺様見目はだいぶ良いからな。黙って立っていればお布施が勝手に集まる外道。なんていわれもしたほどだ。

 さて、光魔法の使い手を盲信しているだけに、学校の入学試験は光魔法に特化していた。もちろん、俺様は光魔法だって使えるのだ。単に纏う色が闇の色であっただけで、適性が完全にないわけではない。帝国の魔法学校では魔法に関することは万遍なく教わった。ただ、闇の色を纏いし者は、闇の魔法を己の体を通して拡散しやすいから闇の神官になるのである。

 そんなわけで、俺様の疑問の一つは、入学試験で解決してしまった。アラザムには闇魔法が存在しないのだった。なんともおかしなことである。

 帝国で言われた通り、成績が良すぎないようにほどほど手を抜いたのが良かったのか、入学試験は次席であった。主席はディアレス侯爵家のジェダイドという金髪金眼の綺麗な男だった。帝国で聞かされた通り、光魔法の使い手を盲信しているのがよくわかったし、階級至上主義なのも理解できた。その身に光の色を纏いし者であるうえに、貴族でしかも侯爵家の次男坊、ついでに言えば貴婦人も真っ青になりそうなほどの美少年であったのだ。

 俺様はすでに25歳という年齢であったため、13歳の同級生からすれば完全に大人であり、おっさんであった。まがりなりにも帝国で神官をしていたから、それなりの雰囲気をまとっていたのだろう、あからさまな態度で接してくるやつはいなかった。


「隣いいかな?」


 そんな何気無い感じでジェダイドのやつが俺様に接触してきたのは、入学してから一ヶ月もすぎた頃だった。


「席は自由だ、断る理由はない」

「そう?ありがとう」


 まだ幼さが十分にあるから、ジェダイドの笑顔は庇護欲をそそるものだった。だが、次男とは言えど侯爵家、佇まいは品があるので隣に居られれば俺様の品のなさが際立つというものだった。当然、口さがない連中は俺様の陰口を言い出した。そう、陰口だ。あくまでも本人を前にしたら何も言えないのである。


「なぜいつも一番後ろに座るのですか?」

「え?」

「失礼ながら、あなたのお年で入学されたということは、並々ならぬ努力と時間がかかったということなのでしょう?それならば、誰よりも良く学びたいと最前列に座りそうなのに」


 そう言ってジェダイドははにかんだような笑顔を見せてきた。それは確かにそのとおりで、俺様が自己申告した通りの男であるならば、一も二もなくそうしたであろう。だが、実際はそうではない。帝国において神学校で学び、魔法学校を卒業した闇の神官である。単なる好奇心と知識欲を満たすためにここにいるのだ。表向きは生まれ故郷の学問を学びたい。なんてことにしてはあるけどな。


「うん、そうだな。俺様は大人だからな、俺様が最前列にいたのでは後ろのやつらが見えなくなってしまうからな」

「お優しいのですね」

「大人なだけだ」


 俺様は素っ気なく返した。なにせ、本音を言えば知っている内容なのだ。それこそ、基礎の基礎を教えられているのだ。今更なので復習として聞いているだけなのだ。だから対してノートもとってはいない。念のため重要事項だけはメモのように書いてはいる。


「聞くだけでよろしいのですか?」


 ジェダイドは俺様のノートを見て聞いてきた。


「試験を受けるために勉強した内容だからな」

「そうでしたか。まぁ、私もなのですが、ね」


 そう言って笑ったジェダイドのノートは、俺様のよりももっと真っ白だった。

 そうして、とにかく俺様はジェダイドよりも成績を一つ落とせるように工夫をした。実技は必ずジェダイドが見本を見せる役になるため、それを見て魔力量を調整したり、テストでは必ず二問はあえて間違えるようにした。そのおかげで俺様は十番以内を移行することができた。ジェダイドは、常に周りから期待されているのだろう、主席を取り続けていた。


「あ、あの、待ってください」


 ある日の放課後、ジェダイドが息を切らせて俺様の後を追いかけてきた。髪には魔力が宿るからと伸ばしているのだが、なぜか縛られてはおらず、走ったせいで乱れていた。だから俺様はその髪を手でそっと直してやった。


「あ、ありがとうがざいます」

「いや、別に。なにをそんなに慌てているんだ?」

「その……寮に、住んでいないと聞いて」

「ああ、冒険者をしているから街中にある下宿屋を借りているんだ」

「下宿屋?」

「ああ、お貴族様にはわからないか。風呂なしのアパートだ」

「風呂なし?風呂?お風呂がない?」

「ああそうだ。庶民は毎日風呂に入ったりしにからな」

「りょ、寮に入れば風呂があるではありませんか」

「寮はタダで入れるわけじゃない。朝晩の飯代だって取られるんだ。それなら下宿屋に住んでタダでもらえる固いパンにスープにするさ」

「固いパンに、スープ……」

「おっと、俺様だけがしているわけじゃないぜ。平民の生徒には一定数いるからな。誤解するなよ」


 俺様がそう言えば、ジェダイドは真面目な顔でこちらを見た。何か考えているようで、首を傾げた。


「だって、冒険者は魔物と戦うのですから、汚れるではありませんか」


 なるほど、俺様に汚れがないか確認していたわけか。そうなると、こいつ匂いも嗅いだのか?


「冒険者ギルドには風呂があるんだよ。ギルドカードを見せれば無料で入れる」

「そうなのですね」

「それに、大抵の冒険者はクリーンの魔法を使えるからな」

「そうなのですか」


 どこかホッとしたような顔をしたジェダイドは、なぜか俺様の制服の裾をつまんでいた。


「なんだ?」

「お伺いさせていただけませんか?」


 はにかんだ笑顔を浮かべてそんなことを言ってきたのだった。

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