第16話


 あれ以来、ウェッツは魔力を増幅させることが癖になったのか、神学校での授業の前や神殿でのお務め前に俺様をちょくちょく誘うようになった。時折他の奴ともしているのを見かけるのだがな。

 そして月日がたち、俺様たちは一人の脱落者もなく神学校を卒業し神官となった。住む所が集合住宅みたいな寮から、神殿に付随した個室に変わった事ぐらいしか変わりは無い。

 それに、俺様が見事神官になったところで、アラザムの態度は変わることはなかった。


「見ろよ。アイツら」


 ウェッツが顎で示すのはアラザムから来ている神官たちだ。中央大陸には光の神殿と闇の神殿跡しかないため、年に一度の儀式の日になると、世界中から集まった神官たちは一番近い帝国の半島に立ち寄るのだ。

 常日頃、中央大陸には熱心な巡礼者が祈りを捧げにやってくる。だが中央大陸には宿泊施設や食堂などは建っておらず、巡礼者はここから出る定期船に乗るしかないのである。

 もちろん、中央大陸であるから他国からでも船で行くことは出来るのだが、潮の関係で航路が難しいらしい。一番安全に中央大陸にたどり着ける航路があるのが帝国のこの半島という訳だ。もちろん、帝国だからでは無い。帝国だからこそ、この半島をおさえたのだろう。中央大陸への渡航者はどこの国の民であろうとも無料である。だから、例えアラザムの神官であっても無料で船に乗ることができるのだ。船の運行管理は帝国がしているんだがな。


「あいつら、神官のくせして巡礼者に席を譲らせていやがる」


 ウェッツの示した神官たちを見れば、巡礼者が席を立ち更に何かを手渡しているのが見えた。定期船が無料なのは神官たちの努力ではなく、帝国が管理運営しているからである。


「船の中だ、逃げ場なんてないからな」

「何をするつもりだ?ウェッツ」


 俺様が問いかけているうちにウェッツが歩き出してしまった。さすがに走るなんてことはしないものの、一歩がでかい。

 が、ウェッツがそこにたどり着く前に前方のデッキから他の神官がやってきた。


「おやおや、これはいけませんね」

「長旅疲れでしょう」

「昨夜はよく休まられましたか」


 神官たちは口々に巡礼者に声をかけ始めた。そうして暗に圧をかけてアラザムの神官たちを、席から立ち退かせた。巡礼者たちは恐縮しているようだが、神官たちは巡礼者たちの足を撫でたり肩に触れたりとしている。そうやって巡礼者たちの意識を自分たちに向けている隙に、他の神官たちがアラザムの神官たちを取り囲んでいた。


「やるもんだな」


 あと少しの所でウェッツは立ち止まり、鮮やかな手際を見せた神官たちを見つめている。アラザムの神官たちは先程巡礼者たちから渡されたものをふところから出していた。それを受け取ると一人の神官が巡礼者たちの元へと向かう。そう、神官は巡礼者から施しを受けてはいけないのだ。神官が巡礼者を施すのである。だが、闇の神殿と闇の神官が存在しないアラザムには巡礼者は足を運ばない。そのためアラザムの神官たちには巡礼者を施すと言う習慣がないのだろう。


「もうちょっとで大事にするところだったな」

「全くだ」


 俺様たちは肩を竦めて笑いあった。やはり大人はこの手のことに慣れているのだろう。なんともそつなく動くから、嫌味でも嫌がらせでもなく感じられる。俺様も見習わなくてはならないところだろう。

 そうして俺様はアラザムの神官たちの態度を何度も目にするうちに、素朴な疑問が生まれた。


 なぜ、ああも闇の神官を見下した態度をとるのか。

 なぜ、あんなにも横柄な態度をとるのか。

 

 頭の中に生まれた疑問はいつまでたっても消えなかった。それどころか、帝国内を回り、近隣の国と交流をしていけばいくほど、アラザムの神官たちのあり方に疑問しか浮かばなくなっていった。

 そもそも、根本的にアラザムの神官たちは何か基本的な概念が俺様たちと違っているのだ。それが何なのか、どんなに考えても、どんな書物を読んでもわからなかった。俺様は、考え抜いた挙句、一つの結論に至った。


「アラザムに行ってみよう」


 そう、わからないのなら直接この目で見て聞くしかない。


「アトレ、アラザムに行くことを容認はできない」


 だがしかし、神学校の学長が許してはくれなかった。


「なぜです?」


 俺様は真っ直ぐに学長を見つめた。


「アラザムは闇魔法の使い手、すなわち闇を纏いしものを悪しき存在としているのだ。黒髪であると言うだけで生まれたばかりの赤子を殺すような国なのだ……だから帝国はギルドを通じてお前たちのような子どもを金100で保護しているのだ」

「金100、ですか……」


 それが軽いのか重いのかはわからない。ただ、我が子に手をかけるより、売った方が罪悪感が減るのは事実だろう。平民なら、罪の重さより金の重さをとるのは必至、貴族なら始末を使用人にさせるだろうから、後味の悪い思いをするなら金に変えるだろう。


「お前がアラザムの出自だと教えておいたはずだが」

「ええ、知っております。だから、なぜこうなったのか知りたくなったのです」

「……ふむ。そう、だな。無知は罪だ。知ることにより理解が生まれる。だが、アラザムは知ることを捨てた。その何故を探すのは容易ではないだろう。それに、お前のその色では入国することもままならん」


 そんなことを言われ、俺様はしばし悩んだ。


「この姿をなんとかすればよろしいのですね?」

「髪と瞳の色を明るいものに変えればいい。アラザムはとにかく光信仰が極端な国だ。学校も、成績優秀者は金髪でなくてはならない。とするほどに、な」

「ふううむ、と、なると……俺様が金髪に?」

「いや、やめておきなさい。平民が光魔法の使い手として完璧な色を纏っているのは危険だ」

「やっかみですか……では、この辺りでいかがでしょう」


 そう言って俺様は全身に魔法を施し纏う色を変えてみせた。


「うむ、まあ、それならいいだろう。だが、アラザムは階級至上主義と言ってもいいような国だ。身を守りたくば自らの手で得るしかないのだぞ」

「わかりました。とりあえず、アラザムの学校に入りたいと思います」

「随分と年の行った新入生になりそうだが」

「どうしても入学したくて冒険者をしていたことにします。それならなんとかなるでしょう?」

「ふむ、冒険者をしていたと言えば、お前の雑な振る舞いもなんとかなりそうだな」

「……俺様、そんなに雑ですか?」

「………………はぁ」


 そんなわけで、俺様は25歳にしてアラザムの学校に入学することにしたのだった。もちろん、冒険者として働いていたことにするためきちんと登録をして、それなりにランクは上げておいた。

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