第15話


 結局リンダは養父母の屋敷近くで見つかった。金なんてものは持ち合わせてはいないから、腹が減っても何も口にすることが出来ず、黒髪であることから人目につきやすいから物陰に隠れてはいたらしい。だが、育ち盛りの幼い体が耐えられるわけがなく、魔力を使って養父母の屋敷へと向かったそうだ。フラフラと歩く小さな黒髪の女の子は、すぐに憲兵に保護された。というわけだ。

 リンダの一件で、俺様たちはますます本気になった。いや、ならざるを得なくなった。適度にサボることは許されるが、挫折することが出来ないと言うことを悟ってしまったのだ。

 何がなんでも神官にならなくてはいけない。結局はこの帝国にも俺様たちは帰る場所なんてものはないのである。それならば、徹底的に知識を得て上り詰めるのが得策だと俺様は悟ったのである。


「今日のおやつはなかなか美味いな」


 俺様はだらしなく自分の部屋の寝台の上で菓子を頬張り経典を読んでいた。それはもう俺様の中では日常だった。まぁ、だらしなくとは言っても寝そべっている訳では無い。いや、若干寝そべっているように見えなくもないかもしれない。なにせ、畳んだ掛け布団の上に枕を置いてそこに肩肘をついた体勢をとっているからだ。

 寝そべってはいないがだらしないと言われれば、十分にだらしないのである。


「またそんな格好で」


 入口付近から声がした。一瞬神官の誰かが咎めに来たのかと思ったが、口調を真似ているだけで聞き覚えのある声だった。


「うるさいぞ、ウェッツ」


 俺様はそちらにチラと目線を向けただけで、顔は経典に向けたまま言葉を発した。神学校の授業が終わり放課後は自由時間だ。朝と夜のお務めの祈りの時間は神殿に行かなくてはならないが、それくらいしか強制はされてはいない。まぁ、お務めをサボっても怒られることは無いのだが。


「なぁなぁ、アトレ」


 許可も何もなく、当たり前のようにウェッツは俺様の横に体を滑り込ませてきた。一人用のベッドであるから、育ち盛りの男二人が乗ればだいぶ狭い。肘を着いた状態の俺様は特にスペースを譲るようなこともせず、改めてウェッツを見た。


「おやつならもう食べたぞ」

「ちげーし、なんなら俺も食ったし」


 そう言いながらウェッツはベッドのうえにあった空の皿をつまんで避けた。


「じゃあなんなんだ?」

「俺が食い物にしか興味がないみたいな言い方するな」

「違うのか」

「ちげーよ、ちげーのよ。あのさ、アトレ」

「なんだ?」

「お前さ、魔力を増幅させる方法ってるか?」

「知らないな」


 素っ気なく答えたつもりだが、どうにも気になりすぎて体を起こしてしまった。俺様とて闇魔法の使い手としての修行をする身なのだ。己の魔力を増幅させられるというのであれば、試してみたいと思うのが道理であろう。


「俺さ、見たんだよ」

「何を?」

「だ、か、ら、魔力を増幅させるのを」

「いつだ?」

「さっき、ついさっき神殿で」


 それを聞いて俺様は完全に起き上がり、ウェッツと顔を合わせてベッドの上にあぐらをかいていた。膝がぶつかるほどに近い距離にいて、そしてウェッツの顔を覗き込む。その目を見れば嘘偽りを話しているようではなさそうだった。


「何をしていたんだ?」


 俺様は興奮してウェッツに続きを催促した。当たり前だ。魔力量が増えたなら、力が増えるわけで新たな可能性が出てくるというものだ。


「キスだよ、キス」

「は?」

「神殿で、神官がキスしてたんだよ」

「…………なんだ、それは?」


 俺様は大いに意味が分からず聞き返した。わかるわけが無い。


「体液だよ。体液。口ん中で唾液を交ぜ合わせたんだよ。そんで、魔力量が増幅させたんだよ」

「何故わかった?」

「そりゃお前、キスする前は魔法陣が発動しなかったのに、キスした後にはちゃんと発動したからだ」

「ほほう、それは興味深いな」

「魔法陣は鎮魂のものだった。定期的にさまよう魂をあそこの神殿跡に導くだろ?」

「ああ、毎日人も魔物も死ぬからな」

「神官が当番でやってるじゃないか。今日の当番はまだ若い神官でさ、一回目は魔法陣が発動しなかったんだ。で、二人がキスして体液を混ぜ合わせてからもう一度呪文を唱えたら、魔法陣が発動したんだよ」

「なるほど、体液を混ぜ合わせるのか……が、口の中で?」

「そうだ、やってみないか?」

「は?」


 何故かウェッツは乗り気で、すぐにでも試したいのか俺様の顔を覗き込んできた。好奇心は猫を殺すと言う。神官がやっていたのだから自分たちにも出来るだろう。とウェッツは踏んだのだろけれど、その考えに俺様は意義を唱えたい。なぜなら、俺様たちはまだ修行中の身なのだ。ようは半人前で、未熟とも言える。体だってまだ幼い子どものそれだ。

 確かに俺様とウェッツは結構な魔力を持っていて、覚えも早いから神殿では補佐的な仕事を割と頼まれてはいる。だが、体液を混ぜ合わせて魔力を高めるという方法が本当にあっているのか?それが安全であるという保証は?そもそも魔力には相性というものがある。相反する魔力を混ぜ合わせれば危険なはずだ。


「相性の心配か?なら大丈夫だ、俺もお前も闇魔法の使い手なんだからな」


 そう言ってウェッツは豪快に笑った。確かにそうだ。俺様たちは皆闇魔法の使い手なのだった。魔力の相性はこの上なくいいはずだ。


「経典には書いてないけど、これには書いてあんだよ」


 ウェッツは俺様の机から教科書を一冊取り出し、ページをめくった。そして目当てのページを開いて俺様に見せてきた。


「ここ、ここに書いてあんだよ。魔力の融合ってな」


 示されたページを見れば確かに書かれてあった。だが、魔力の融合について書かれてはいるが、そのやり方はとてもシンプルで、手を繋いで魔力を循環させて高める。とあった。体液を混ぜ合わせるとは書かれてなどいない。


「神学校の教科書にそんな下世話なことが書かれてるわけねぇだろ」


 俺様が怪訝な顔をしたからか、ウェッツは鼻で笑った。それはそうだ。仮にも神学校だ。教科書に体液を混ぜ合わせるなんて事を書くはずがない。綺麗事で書けば血液になるかもしれないが、それは自傷行為を伴うことになる。そんな行為は許されないことだから、そうなると強く魔力を混ぜ合わせるためにはやはり体液を混ぜ合わせることになり、神官らしく美しくするためにはそうなると唾液を混ぜ合わせる行為、すなわちキスとなるということか。

 俺様は納得しつつも何処か腑に落ちない思いを抱いたまま、ウェッツの手から教科書を奪い取った。もう一度そのページにざっと目をやり、そうして教科書をベッドの向こうに放り投げた。


「で?魔力を高めて何をするつもりなんだ?」

「いやいや、魔力が高まるのを体感するだけでいいんだよ。魔力を高めればそれだけで魔力の器がでかくなるんだぜ?」

「…………なるほど」


 俺様はニヤリと笑った。一般的に魔力量を増やすには、枯渇ギリギリまで魔力使い、満たすことで容量を増やしていく。と言われている。だが、それはリスクが大きい。枯渇ギリギリまで使うなんてことはそうそうないからだ。小さい頃の訓練ならいい。そばに信頼のおける大人がいるからだ。だが、ある程度体が大きくなってくるとその行為は自傷行為に近いものになってくる。魔力の枯渇はすなわち死を意味するからだ。

 ある程度体が成長してしまうと魔力の器も成長しているものだ。そうなれば枯渇ギリギリまで使う機会はそうそうないのだ。冒険者がランク上の魔物とでも戦えばなくもないが、まさにそれは死闘になる。命を危険に晒してまですることでは無い。

 つまりそういうことだ。


「お前は随分と欲張りだな」

「そうか?でも、それはお前もだろう?」


 ウェッツが歯を見せて笑いながら俺様に近づいてきた。片膝がベッドに体重をかけおかしな軋みをたてる。俺様は片膝を立てた体勢でウェッツを受け入れた。

 ウェッツの手が俺様の肩と後頭部にかけられた。俺様も同じようにウェッツの後頭部に手を回す。キスなどしたことはないが、養父母が時折しているのを見たことがあるのでおおよそのことは分かっているつもりだった。

 ウェッツの手が触れる肩とは逆側に頭を少し傾け、ウェッツと唇の角度を合わせるようにする。そうすれば自然と鼻はぶつからないし、歯が当たることもなかった。


「ふっ」


 息を短く吐いた。

 どちらも一度は目を閉じたはずなのに、唇が合わさると何故か目を開けていた。そうして互いに見つめあったまま薄く開いた唇がの隙間から、つたいなく舌をのぞかせ小さくつつきあう。一瞬、ビリッとした刺激が来たがその後に感じる相手の体温が心地よいものだと知ると抑えはすぐになくなった。


「んっ、んぅ……っん」

「ふっ……っはあ、あ、ん」


 口の中がたまらなく気持ち良かった。柔らかく温かな相手の舌から流れてくる心地の良い刺激。それが魔力だと言われれば確かにそうなのだろう。どうにもたまらない刺激と、脳髄から欲する欲がとめどなく溢れてきた。そうなればまだ幼いからかなのか、互いに貪るように舌を動かし始める。


「ふっふっ、ぅん」

「っ……ん…」


 舌がお互いの唾液を絡めとるように動き、そうして喉を鳴らす。まるで獣のような獰猛ささえ感じると言うのに、それを止めるという選択肢は頭のどこにも浮かんでは来なかった。それどころか、もっともっとと飢えが湧くのだ。それはおそらく互いに貪るせいで、飢餓のよつな枯渇に似た状態に陥っているのだろう。

 自分の中の何処か冷静な部分が警鐘を鳴らしていた。これ以上は危険だと。止めろ。と頭の片隅で叫びながらもどうにも歯止めが効かない。


「……あっ、ん、ん」

「んっ、んん」


 いつの間にかに互いに、互いの頭を押さえつけるように手を回していた。そうして互いの瞳を覗き込むように見つめあっていた。ウェッツの灰色の瞳に映るのは俺様の黒い瞳だ。同じように俺様の黒い瞳に映るのはウェッツの灰色の瞳をなのだろう。

 そうして自分の中で何かが引いて、そして一気に満たされていくのを感じた。擬似的に飢餓状態になり混ざりあった魔力で満たされたのだろう。下っ腹の辺りが熱くなり、その熱が渦をまくように広がって行くのを感じた。


「お前たちっ」


 とてつもない高揚感に満たされた時、怒気を含んだ声が頭上でして勢いよくベッドに体が倒された。

 突然のことに驚いていると、そこには仁王立ちした神官の姿があった。ウェッツも俺様と同じようにベッドに倒れ込み、ほうけた顔で神官を見ている。


「魔力の融合は危険な行為です。今すぐ神殿に来なさい」


 そう言うやいなや、神官は俺様とウェッツの手を引き神殿へと引きづるように連れて行った。そうして俺様たちは魔法陣を発動させるために魔力を放出させられたのであった。

 後で聞かされたのだが、俺様が一気に満たされたと感じたあたりで、俺様とウェッツの体が光を帯び、其れが廊下に漏れていたらしい。普段感じることの無い魔力の増幅を感じた神官が慌ててかけて来たのだそうだ。

 ちなみに、混ぜ合わせた魔力は放出しないと体に熱が貯まってしまうで大変よろしくないのだと説教されたのであった。

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