第14話


 普段は取り立てて騒ぎ立てるようなことは無い。

 神学校ではほぼ毎日が同じことの繰り返しだった。午前中は一般教養を学び、午後からは光と闇、それぞれの役割について学ぶ。光魔法の使い手たちの殆どは帝国の裕福な家庭の子どもだったから、親元から離されたことにより情緒不安定になる者もいた。反対に闇魔法の使い手のほとんどがアラザムから来ているため、自分の居場所を無くすまいと必死で、それにつられて帝国の子どもも精神的に強くなっていくようだった。

 

 もちろん、途中で挫折するものは一定数いる。


「リンダがいなくなった」


 俺様が自分の寝台の上で経典を読んでいると、ウェッツが飛び込んできた。リンダは俺様と同じようにアラザムから来た黒髪の女の子だ。癖のある長い黒髪に大きな瞳は深い緑色で、見た目だけならまるで人形のように愛らしい姿をしていた。


「いなくなったって、なぜ?」

「……消えた」


 ボソリとウェッツが言うのを俺様はぼんやりと聞いた。ウェッツの言葉の意味を理解するのに時間がかかったからだ。


「人は消えたりしないだろう」


 俺様がそう言うと、ウェッツは少し視線をさ迷わせ、それから口を開いた。


「いなくなった。出ていった……らしい」


 ウェッツが躊躇いがちに言葉を紡ぐのには理由がある。俺様たちアラザムから来た子どもは、里親の元にいられるのは神学校に入るまでであり、たとえ卒業したとしても里親の元には帰れないのだ。つまりリンダはこの帝国において孤児となってしまったという事だ。


「そんなに授業は厳しくないだろう」

「授業じゃなくて魔法の方らしい」

「魔法?闇魔法なんか、まだ習いだしたばかりだろう」


 俺様だって経典はスラスラ読めはするが、まだ闇魔法はからきしだ。豊富な魔力は持ち合わせてはいるものの、上手く使うことが出来ないのだ。しかしそれは誰もが同じことだ。だからこそこうして神学校で魔法の使い方を習い、神官になるべく修行をするのだ。


「闇魔法を使うと聞こえるだろ?」

「んあ?」

「経典の魔法だよ。鎮魂のやつ」

「ああ、この間のやつか」


 そうだ、闇の神殿跡で読んだ経典。あれは長々とした闇魔法を展開するための呪文でもある。あれを読みながらゆっくりと魔力を流すと、彷徨う魂が正しき道を見つけ安寧の地へと旅立つのだ。アラザムの暴挙により破壊されてしまったから、安寧の地への入口は俺様たち闇魔法の使い手の体となるわけで、彷徨う魂が通過する時に声が聞こえるというわけだ。


「死者を弔うのだから当たり前だろう」

「それが嫌なんだとさ」

「はぁ?」


 俺様は少しイラついた声を出した。嫌とはなんだ。この世界における魂の数は有限だ。安寧の地を通過しなければ魂は新しい器に宿ることは出来ないと言うのに。


「人ならざる魂の声が怖かったんだとさ」


 ようやくウェッツが本音を口にした。可愛らしい見た目の女の子がそんなことを口にすれば、確かに周りの大人たちはチヤホヤすることもあるだろう。だが、闇魔法の使い手として神官への道を拒んでしまえば先は無い。この神学校に通えるのも、寮に住むことができるのも、全て神官になるものであるからこその恩恵なのだ。


「養父母の家に行ったところで迎え入れてはくれないだろうに」


 俺様がボソリと呟けば、ウェッツは苦い顔をした。


「魔力はあるからな。人買いに攫われていなけりゃいいけどな」

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